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【短編】『逃げ惑うジャグラー』

逃げ惑うジャグラー

 ピーターは固唾を飲んで巨大なワイン色に染まった帯の隅で、自分の出番が来るのを待っていた。向こうでは、まるで80年代のハリウッド映画のワンシーンで懐中電灯を持った警官が逃走犯を追いかえるように、身体を曲げて舞う女性にあらゆる方角から光が差し込んでいた。女性は床に這いつくばっては、股を270度にまで曲げて軟体動物と化していた。ピーターはさらに重圧に押し潰されそうになりながら自分の出番が来るのを足を震わせながら待っていた。

 気づくと、女性はお辞儀し満面の笑みでてピーターの方へと向かってきていた。誰かに背中を押されたせいで、ピーターは足をくじいてしまい、様々な色のついた小さなボールがいっぺんに目の前に散らばった。それと同時に緊張は解け、次第に我を取り戻し始めた。誰もが、次の演目を待ち詫びていた。ピーターはボールを腕いっぱいに抱え、警官の照らす懐中電灯の方へと自ら近寄って行った。いざ定位置に着くと、背後から大音量でリズミカルな曲が流れ始めた。

 ピーターは凄まじい腕力の持ち主であった。まずは、その腕力を利用して綺麗な細長い弧を描くように15個のボールを空高く投げると、ボールはしばらく宙を浮いて次第にピーターの左手へと吸われるように落っこちていく。すぐに右手に移し替えて再び空高くボールを投げる。それを何回か繰り返す間、それぞれのボールを投げた順番を記憶しておく。今度はボールが左手にたどり着いた瞬間、右手に移すのではなく、少し角度を変えて反対側へと投げ返し始める。同じ要領で右手にボールがたどり着くと同時に反対側へ角度を狭めて投げ返す。すると、今まで一つの線を追っかけていたボールの軌道が変わり、まるで龍が天を泳いでいるかのようにボールが舞い始めた。その瞬間一斉に観客席から拍手喝采が送られた。

 曲調がゆっくりになると、ピーターはボールを等間隔で床に落とし始め、最終的には10個が宙に浮いた状態で残った。龍は突如として容姿を変え引き続き天を泳いだ。再びピーターに拍手喝采が送られた。ボールが左手に落ちると、1テンポずつタイミングをずらして投げ、龍が身体をくねらせた。途端にリズミカルな曲が復活し、ピーターはさらに5つ、3つ、1つとボールを落としていった。それと同時に徐々に龍の外見も変化していき、そこにはボールが1つ宙に浮いているだけであったが、観客の目にはいまだ龍が写っているように見えていた。そして、曲が終わろうとしているのを見計らって、ゆっくりとボールが右手に着地すると、ピーターは観客席に向かってそのボールを軽く放り投げた。その瞬間、

「ワァッ!」

という壮大な声が室内全体に響き渡り、龍は姿を消した。演目が終わった途端、ピーターはお辞儀をして素早く警官の照らす懐中電灯の光から逃げ去っていった。しかし、観客の前には龍の抜け殻がそっと取り残されていた。


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