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にがいよもぎ
2021年1月24日 16:21
気が付いていたら書いていた。詩、とはっきりは言えない。詩のようなもの、でいい。日記だと思ってもらっても構わない。「わたしはあの日、」様々なあの日の記憶が蘇ってくる。わたし自身のあの日。しかし、全てのあの日は「わたしだけ」の日々ではなく、必ず誰かが、何かが共に在った。はっきりとした言葉にはならない、できない、何か、何者か。無理やり葬ったものでもあり、傍観してきたものでも
2021年1月5日 20:37
大荒れの海。なかなか航海に出られないとしても、広げた地図を畳んで仕舞いこむ必要はないし、想像の中ではすでに海に出てる。いつもそういう状態でいたい。心が八方塞がりになって「窮屈」に感じることが、一番自分を弱らせる。どんな苦境に立たされようが、自分の心だけは常に自由でいさせる。どんなに美しい未来を想像していても、突然自分の予期せぬ事態に陥って、休むこと、停滞を余儀なくされることなんて
2020年8月6日 11:31
わたしはあの日、たしかに青空に向けて一匹の子羊を放ちましたわたしはあの日、たしかに放たれた子羊がかつて駆けていた麦畑に立ち地平線に向けて 歩き出しましたわたしはあの日、たしかに地平線を跨いで地に降り立った虹の根源を探しはじめましたわたしはあの日、たしかに辿り着いた虹の地点が暗闇に飲まれていくさまを 見届けましたわたしはあの日、たしかに暗闇に映されたオリオン座
2020年7月2日 04:38
公園でお散歩中の夫婦が、匂いにつられて買ったパンを食べながらお茶の時間を過ごす。そんな夫婦の元へ絵描きの青年がやってきて、近くで油絵を描いてもいいかと尋ねてくる。変わった匂いが好きな妻を通して、その夫と絵描き、全く別のタイプのふたりが会話を交わすこととなる。たぶん正解なんてないよねってはなし。バベルの塔の魚たち短編3本(午後、夕方、夜の時間軸)の夕方はこちら。戯曲「下駄占い」
2020年7月2日 00:45
夕暮れ時、ひとりの青年が何か探し物をしている。そこへ通りかかった警官が、彼の探し物を手伝うことに。しかし青年は、無いことは確かだが、何を無くしたのかがわからないという。みんな、何かを探してるなあってはなし。登場人物は青年、警官、占い師、看護婦の4人。下駄占い言うまでもなく、別役実さんの影響をモロに受けています。改行の都合で読みにくい箇所もあると思いますが、ご容赦下さい。ちなみにわた