#ショートショート
母の夕焼け【ショートストーリー】
あんな夕焼けは見たことがない。
恐ろしいほど包み込まれそうだった。
思わずそう叫んでしまいそうな聖母のような優しさがそこには広がっていて、沈む間はずっと亡き母を思い出していた。
母は看護師の仕事をして僕を女手一つで育ててくれた。
「拓也くん、いい? ここでおとなしく待っているんだよ」
その日も僕は母の勤務する都内の病院に来ていた。学校が終わってから、毎日こうやって母の近くに来ていた。
いやんズレてる【ショートストーリー】(青ブラ_第3回変態王決定戦参加作品)
「わたくしカブラギ商事の葛城桂子と申します」
「はっ」
「かつらぎ・けいこです!」
「ボヘミア〜ン?」
「はあ? あっ、すみません」桂子は、言われることを分かっていつつも恥じらった。
「はあ、とは何ですか。顧客に向かってその言葉遣いは?!」
「だって、山根社長あまりにもふざけているものですから」
「・・・・・」山根は思わず黙りこくった。
「私がカツラだからって少し軽く見ていません
神々のオッサン達【ショートストーリー】
病室にいる間はずっと、何か自問自答を繰り返していた。誰かの声掛けがまるで病室を彷徨う羽虫音のようにも聞こえていた。
ーまるで、暗くまどろむような空間だった。
「裕人よ、どうしてこうなった?」鬼沼のようなドス黒い声だ。
「前日、仕事中に軽い眩暈がして、そのままフラーっと歩いたら三途の河が見えて・・・」裕人は大柄な体躯を揺らせて言う。
「第一だな、お前は死人リストには入っていないのだよ」
筋書きのないストーリー【ショートストーリー】
「いいですか、みなさん。今日の宿題は、家族全員分の座右の銘ですからね」
教室中の皆が一斉に無口になり、状態が引き潮と化した。教師よ、どうしてくれるこの空気。
家族間のコミュニケーション不足が昨今の問題とはいえ、座右の銘を家族全員から聞き出すなんてあまりにも野暮過ぎないか。世知辛さを通り過ぎて、もう笑うしかない。
帰宅した後は自室に一人こもった。誰か話しかけてくれないかな、と考えてみてもすぐ
追憶【ショートストーリー】
拳の記憶よりも、愛の追憶は遥か深い。
ボクシング世界タイトルマッチで僅か1R59秒で惨敗を喫した松下タツヤは絶望の淵にいた。
古びた病院の個室にはユリがずっと付き添っている。両親のいない彼はユリ無しでは生きられない。この試合に勝てばプロポーズをするつもりだったのだ。そんな絵に描いたような幸せを目前にしたまさかの出来事・・・一命は取り留めたが、医師からは引退勧告を受けざるを得なかった。
「タ
夏の忘れもの【掌編小説】
「お客様、お忘れものにはお気をつけくださいね」
或る夏の日、私は年配の運転士にそう言われた。夏になるとバス内の忘れ物が急に増えるらしい。その言葉はすっかり他人事だと思っていた私はフーンという感じでその声かけを気に留めることなく聞き過ごした。その翌日も、その次の日も私は通学で同じバスでしかも同じタイミングでバスに乗った。同じ年配の運転士から同じ言葉を掛けられた。そのうちに、少ししつこく感じるよう
私の失くしたもの【掌編小説】
夏の新幹線は感傷さを呼び起こす。
数多くの子供の声、故郷へ帰省をする大人達の先祖を想う寂寥感を帯びた表情。それら全ては夏でなければ何とも思わなかったかもしれない。ただ例年以上の猛暑も相まって何か長く感じた。特に、あの車中では。
毎年、長男として義務的に帰省することだけを考えていた。なぜならば、妹や弟の子供の成長を見るぐらいしか楽しみが無かったからだ。いつもは、東京から仙台までの約1時間半は
あなたがいなくても【掌編小説】
※文字数2,223字
私にとってあなたは生きる神のようだった。生きる希望そのものとも言えた。思い出だから、いなくなって良かったのだ。もっと言うと最初からいなくてもそんなに影響はなかった。いや、急にいなくなったことを誤魔化す為に、私はあなたの存在を消そうとしていたのかもしれない。
あなたとの出逢いは突然だった。
小説投稿サイト「カクモヨムモ」に純文学小説を投稿した私に初めて「イイネ」マーク