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あなたがいなくても【掌編小説】

※文字数2,223字

 私にとってあなたは生きる神のようだった。生きる希望そのものとも言えた。思い出だから、いなくなって良かったのだ。もっと言うと最初からいなくてもそんなに影響はなかった。いや、急にいなくなったことを誤魔化す為に、私はあなたの存在を消そうとしていたのかもしれない。

 あなたとの出逢いは突然だった。
 小説投稿サイト「カクモヨムモ」に純文学小説を投稿した私に初めて「イイネ」マークを送ってくれた。その頃の私はプライベートではドン底そのもので、毎日死を想像していた。作品名は「死に神」というタイトルだった。
 ある日、アルバイトで帰宅して何げ無くパソコンを開いたら、あなたからのメールが来ていた。イイネどころかコメントまで入っていた。
 「死に神」良かったです。死にたい気持ちになれば誰でも救いの神が現れる、って面白いですね。また、ヒロインのカミちゃんがクライマックスで神様に捨てられてしまうのは少し悲しかったです。
 そうなのだ。救いの神のはずが実は捨てるほうの神だったというどんでん返しのストーリーだった。
 ペンネームは筆吉というらしい。最初は男かなと思ったが女性らしい。同性のほうが安心だし、共感されやすい。変に下心を持たれても困る。恋愛感情なんて、小説投稿サイトで芽生えない。だけど、私の作品に共感するなら私と相性は悪くはないかな。いや、下心があるのは実は私だったのかもしれない。
 筆吉さんも小説を書いているようでジャンルは歴史小説らしい。人情ものも書いているらしい。
 筆吉さんは江戸時代〜明治時代が元ネタになっていることが多かった。特に勝海舟、坂本龍馬、西郷隆盛がよく登場した。
 私は歴史小説はよく知らないのでただ読んでいるだけだった。でも、なぜか筆吉さんの歴史小説はスラスラと読めた。人は共感されると、つい相手を自ら理解しようと思うのだと知った。20年間も生きてきて、初めて感じる思いだった。
 私はなぜか筆吉さんの作品をもっと知りたいと思うようになった。そのうちに、筆吉さんの小説の時代背景をネットで調べるようになった。本当に不思議だった。薩長同盟は勝海舟によって成されたものであること、西郷隆盛は実は写真が一枚も残っていないこと。などなど、筆吉さんの小説を通じて沢山の人間ドラマを知ることが出来た。私は、いつしかコンビニのアルバイト先でも積極的にお客様と話が出来るようになった。
 次第に私は積極的になり、アルバイトから正社員に昇格した。でも、小説投稿どころか小説を読むことすらなくなった。日々忙しく仕事をするようになり、小説を書く時間がなくなったとも言えた。
 そのうちに活字から離れていった。
 小説を思い出す時は書店に入った時ぐらいになった。
 ある日、仕事場に強盗が入った。普段あまり入らない深夜の時間帯だった。
 よくニュースなどで銀行強盗を見たことはあるが、まさか自分がそんな目に合うのかショックだった。私はそれがトラウマになり仕事場に行けなくなった。

 また引きこもる毎日を過ごした。
 これからどう生きていこうかと思っていたところで、またサイト内で筆吉さんの作品と再会した。再会と言っても、人ではなく物だ。小説だ。私は人を求めない人間になっている。コンビニを辞めて気がついた。私は人間が嫌いだったのだ、と。
 筆吉さんの歴史小説は相変わらず面白かった。以前に増してボリュームもあって、短編小説から中編小説へ進化していた。それから毎日引きこもり筆吉さんの小説だけを読む生活を送った。
 私は感想を書くようになった。
 筆吉さん、いつも面白い作品をありがとう。歴史に興味がなかった私が歴史小説にハマってます。
 返事はこうだ。
 マリさん、コメントありがとうございます。マリさんはもう小説は書いてないのですか?また「死に神」みたいな作品読んでみたいです。
 筆吉さんは私が小説を書いていたことを覚えていた。私自身ですら、そんなことは忘れているのに。
 筆吉さんに動かされるように私はまた執筆を再開した。彼女に喜んで貰えるように。喜んでもらう? いや、読んでくれるだけでいい。認めて貰えるなんて、夢のまた夢だろう。
 私は一カ月ぐらいで50枚程度の短編小説を書いた。タイトルは「生き神」。筆吉さんだけに読んで貰う為に。
 投稿して、一日で10人もの人が「イイネ」マークを送ってくれた。しかし、筆吉さんからは何の連絡もない。何とも言えない寂しい気持ちになった。
 逆に筆吉さんの別の作品に「イイネ」マークをつけた。コメントも書いた。

 その翌日も、翌々日も筆吉さんからは音沙汰は無かった。一気に嫌な予感がした。
 まさかと思い、筆吉さんのマイ紹介ページを見てみた。自分のプロフィールなどが書いてある箇所だ。
 なぜか。パソコンを触る指が震えた。私は急に寒気がした。
 筆吉さんは何と一週間前にサイトから退会していた。一気に涙が溢れ出た。身体のありとあらゆる部分が軋んだ。
一週間前、私は「生き神」の推敲をしていた。筆吉さんを想いながら。そんな情景が懐かしく、とてつもなく寂しく思い出された。
 生きる希望をテーマに書いた小説が、死にたい衝動に駆られた。
 私は筆吉さんの姿を追うように、彼女の残した、いや私にとっては遺された歴史小説を今日も読んでいる。筆吉さんに、いつの日か「生き神」を読んで貰えるように。どうしようも出来ないことは分かっていても。
 作品を読み終えたら一日が終わる気がした。完読後の筆吉さんのマイ紹介ページを追う目は、不思議なくらい虚ろだった。

【了】 

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