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Kashmir 『ぱらのま 5』 : ヒマがあってこその天国

書評:Kashmir『ぱらのま 5』(白水社・楽園コミックス)

「平常運行」と言ってしまえば、それまでなのだが、それで十分以上に面白いところが、『サザエさん』や『ちびまる子ちゃん』や『クレヨンしんちゃん』などとは違うところだ。習慣でなんとなく読んでしまい(視てしまい)、それなりに楽しい、というのではなく、もっと積極的に「面白い」のだ。
1話完結で、各巻に7話前後収められていて、すでに第5巻である。当然、斬新なネタなどというものはすでにないに等しいのだが、逆に「平常運行=いつものとおり」なのに、「それでも」ではなく、「それが」楽しいというのだから大したものだ。

本作は「鉄道オタク(乗り鉄)」マンガだから、それ以外の人は、普通なら手には取らない。私だって、同じ作者の「幻想鉄道旅行記」である『てるみな』でこの作者の存在を知らなかったら、このシリーズを読むことはなかっただろう。つまり、本書は「鉄オタ」ではなくても、十分に面白い作品なのだ。
事実、Amazonのカスタマーレビューにも「鉄分控えめな自分でも楽しめる」といった趣旨のレビューも寄せられているし、昨年(2022年)6月刊行の本巻だと、すでに402件も寄せられている評価の平均点が「5点満点の4・8点」というハイスコア。決して4巻までに劣らないところが、この作品の凄さなのである。

で、この作品の凄さが奈辺にあるのかについては、これまでのレビューにも書いてきたとおりだが、基本的には「のんびりと流れる自由な時間」といったところにあるといえるだろう。
「旅」というのは、もともと「日常(的拘束)」からの離脱であり、そのことによって「非日常の自由」を楽しむということが目的だと言っても良いのだが、そのせいだろう、前にも書いたとおり、本作の主人公である「鉄オタ兄妹」の「妹」の方は、兄が会社員なのはハッキリ描かれているのに反して、何をやっている人なのかが、さっぱりわからない。
お酒を楽しんでいるので、成人で二十代半ばまでだというのはわかるのだが、大学生ではなさそうだし、勤めをしているようにも見えない。かと言って自由業なのかというと、そうした描写も一切ない。ただ、いつでも旅のことを考えて、のんびり暮らしており、時間に融通が利いて、それでいて贅沢はせずとも、お金の心配はないようなので、無職でもなさそうだ。
無論、兄は普通のサラリーマンで、休日や有給で鉄道旅行を楽しんでいるから、二人が若くして大金持ちだということでもなさそうである。そういう言えば、二人の親の話は出てこないが、そこは問題ではないということなのであろう。

 ○ ○ ○

そんなわけで、今回も主人公である「乗り鉄・妹」は呑気に、遠近を問わない鉄道の旅を楽しんでいる。
例外的に「苦手なバス旅行にも挑戦してみる」というお話も、収録作全7話の中には含まれているが、基本は「鉄道」である。

で、その「のんびり」「呑気」がどんな具合かというと、本巻冒頭のお話では、主人公は「どこかへ何かをしに行く」つもりだったのだろう、JR中央線「武蔵境」駅に来ているのだが、事故による運休で復旧の目処が立っていないというアナウンスをうける。そこで、一応『まいったなー。(※ 武蔵境駅と接続している、西武)多摩川線で迂回するかー』と考えるのだが、すぐに『しかし、こういうのって、迂回を選ぶと、すぐ復旧したりするんだよね』と思い至る。一一ここまでは常識の範疇内である。
ところがすぐさま『まぁでも多摩川線なら楽しめるし、いいか。ヒマだし。』となる!

おいおい、どこかへ行くつもりだったんじゃないのか? ヒマだったのか? 特に決まった目的はなかったのか? と言いたくなるのだが、なかったようだ。
で、多摩川線に乗ると、主人公の頭は、すっかり多摩川線を楽しむという発想に切り替わっている。

『 でも(※ 短い多摩川線の)大体の駅は降りたかな…』

と、こういう発想である。だが、

『競艇場前…(※ 降りたこと)はないか。全然知らないけど寄ってみようかな』

となる。もはや、当初の目的など眼中にはないようだ。

初めて「競艇場前駅」で降りて、付近を散策してみると、当然のことながら、競艇場がある。
そこで、普通なら「ここかあ」で終わりなのだが、とにかく「ヒマ」な主人公は、競艇にはまったく興味がないのに、これも経験だと競艇場に入り、競艇場の中を見物して、堀に鯉がたくさんいることに感心したり、こういう場所の売店料理は意外に美味しいのだと食べてみて「大正解」だとか、ビールは少し値段が高めに思えるけれど、これは競艇で勝った人が自分へのご褒美で飲むためのものかもしれないなどと考えて、ビールは遠慮しておくとかする。

そして、ここまで来れば、舟券というのを買ってみるかと思いたつが、舟券の買い方もわからないで、教えてもらって買ってみて、当然、負けるわけだが、それも当然だと納得して、競艇場でののんびりとした時間に満足するのである。

『あー、こういう一日。日向ぼっこしながら、ちょっとずつ賭けて、うまいもん食べて。ちょっといいかもしんない』

と、そう思うのだが、ふと、

『でもまあ、一日同じとこにいるなんて、ちょっともったいないと思っちゃうけどね』

となって、競艇場をあとにしたようである。
この後、家に帰ってから、兄に「競艇場に行ったことある?」といったような話を振って、その最後に兄が、行ったことはあるけれども、自分なら、

『 そもそも(「おいおい、近くに〇〇線じゃん、〇〇神社も」とか思ってしまうから)同じとこに一日ずっといるの、ムリだわオレ』

というのを聞いて、「妹」は「乗り鉄」として共感の乾杯をする、というオチである。

 ○ ○ ○

このほかにも、「夢」をテーマとした収録作第6話が、私の好み。

兄と「夢」の話をしていて、夢の風景って、どうして絵に描いたような広々とした風景は出てこないで、ごちゃごちゃした狭っ苦しい町だとか迷路めいた町並みがよく出てくるんだろうという話になって、兄は、現実に存在するそうした町として、「飛騨金山」の名を挙げる。兄の言葉で言えば『あそこは、なかなかやばかった』『すごかった』ということになり、これは行かない手はないと主人公が「飛騨金山」の町に降り立ち、本当に兄がいうほどすごいのか「それではお手並み拝見」と、少し上から目線で町へと入ってゆき、兄の助言どおりに路地へと踏み込んだ途端、たしかに夢に見るような、ちょっと怖いような、迷路めいた町の裏側を体験する、というお話だ。

一一観光には、まったく興味のない私だが、ここなら「行ってみても良い」と思わず思ってしまった。

あと、「バスタ新宿」の話も、初めて知ったこととして、面白いと思った。
関東在住の方は、すでにご承知のことなのだろうが、大阪在住の私は、この施設の存在を本書で初めて知ったのだ。

そんな私と同様、地方在住の方のために簡単に説明すると、「バスタ新宿」とは「パスタ屋」のことではなく「バスターミナル新宿」の略称である(正式名称は「新宿南口交通ターミナル」)。
以前は、新宿駅周辺に散在し、付近の道路交通の妨げにもなっていた高速バスの乗降場を、ひとつのビルの中にまとめてしまったという画期的な施設なのだ。

で、私が感心したのは、その「乗り場」が、このビルの4階にあると紹介されていたこと。
このビル、1階は道路(国道)で、2階は「歩行者エリア 駅施設」、3階は「高速バスおりばフロア」で、4階が「高速バスのりばフロア」となっている。
つまり、路線バスまで全部というわけではないのだが、『新宿駅南口地区にある、鉄道駅や高速バスターミナル、タクシー乗降場などを集約した交通ターミナル。』で『新宿駅西口周辺の19か所に分散していた高速バス乗降場が集約された。』そうである。そりゃあ、ずいぶんスッキリしたことだろう。

(バスタ新宿「4F 高速バスのりばフロア」)

だが、私が感心したのは、バスターミナルがビルの4階にある、という事実。
バスターミナルを集約した新施設ができたと言われれば、私のイメージでは、駅前の再開発で、きれいだが、だだっ広いバスターミナルでも駅前に作ったのかと思うのだが、まさか立体にするとは思わなかった。
立体駐車場もあるのだから、立体のバスターミナルがあってもおかしくはないのだが、バスターミナルとか列車ターミナルなどというと、どうしても「平面的な広がり」を連想してしまうので、おお、その手があったかと、意外な「タネ明かし」をされたような感動があったのである。

 ○ ○ ○。

そんなわけで、「平常運転」ではあるものの、現実世界の中に「まだ見ぬ世界」を見出していく、主人公の呑気な旅は続く。

「でも、これはヒマがなくては、どうしようもないよなあ。実に、うらやましい…」一一と、ヒマなしの暇人である私は、つくづくとそう思うのであった。

(2023年11月23日)

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