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細田守監督 『竜とそばかすの姫』 : 闇に生まれし者は、 闇に帰れ

映画評:細田守監督『竜とそばかすの姫』

映画を鑑賞し終えて感じたのは、「面白かった」ということだった。しかし、何が「良かった」のかと言えば、「音楽」部分が良かったというのは間違いないが、映画として、アニメとして、物語としては、特にこれと言うほどのものは無かった。
むしろ、こんな、ほとんど無内容な作品なのに、どうしてこれほど楽しめたのかと言えば、それはまず「音楽が良かった」ということであり、次に「映像的迫力」であった。物語の「中身」でなかったことだけは確かだ。
つまり、「中身」など無いけれど、楽しめる作品だったのであり、その意味では「ハリウッドのジェットコースタームービー」と同種のもの、日本のアニメで言えば、新海誠監督の『天気の子』と同じような、「頭を使って鑑賞してはいけない作品」だったのだと言えよう。

要は、故・高畑勲が、新海作品や宮崎駿作品を批判的に評して言った、絵面の迫力と勢いで最後まで観る者を惹きつけ引き釣り回す作品だ、ということである。
いまどきは、そういう頭をつかう必要のない作品の方が、ヒットするのだろう。客を選ばないと言うよりも、頭を使う客は選ばないような作品の方が、多くの人に受けるというのは間違いない。そして、どんな世界でもそうだが「勝てば官軍」なのである。

それにしても、やっぱり、多少は頭を使ってしまう。

どうして、主人公すずの〈As〉(アバター)だけ、ベルのような、まともな人間形態だったのだろう?

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他の〈As〉の多くは、多かれ少なかれ「普通の人間」ではなかった。いちおう人間形態だったのは、〈U〉の世界の秩序を守る、ちょっとマンガチックな「ヒーローズ」だけだったのではないか? やっぱり、主人公は、主人公だから特別扱いで魅力的な人間キャラにされていたのだとしか思えない。

現実生活での父親からの虐待の故に、 〈U〉の世界では「強い竜」になった、あの恵くんは、何やら武闘会で掟破りの大暴れをして顰蹙をかっていたようだが、どうして、そんなところで八つ当たりめいたことをしていたのだろうか?

また、ベルがそんな竜に惹かれたのは、なぜだろうか?
〈U〉の世界にも、きっと他に大勢、虐待を受けている人の〈As〉や、いろいろな不幸を背負って屈折している人の〈As〉がいたはずだが、なぜ竜なのか?
竜が、見かけ上カッコ良かったからだろうか? だとすれば、これもやはり、創作上の御都合主義でしかないのではないか?

また、〈U〉の世界の秩序を守る、ちょっとマンガチックな「ヒーローズ」は、いかにも憎たらしい、絵に描いたような敵役で、その結果、あまりにも薄っぺらな「勧善懲悪」っぽい話になっているのだけれど、ヒーローズの頭目(恵の父親のAs)の考え方自体が、紋切り型の「秩序維持型勧善懲悪」なのだとしたら、細田監督はむしろ、この悪役と同じ倫理観に立って、この勧善懲悪の世界を描いていることにはならないか。何しろ、主人公の側は美しくてカッコよく、敵役はただただ憎たらしいだけ(実物は、ヘタレなのだが)という描き方なのだ。

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また、こうした薄っぺらかな勧善懲悪でもって「ネットの世界を、肯定的に描く」ことをしたとて、あまり意味がないのではないだろうか。それこそ、単なる「現実逃避」でしかないはずなのだが、それでいいのだろうか? 現実とは関係のない、願望充足的な「綺麗事の絵空事」として、ネットを肯定したら、それで万事OKなのか?

以上のようなことは、普通に頭をつかって生きている大人なら、否応なく感じてしまうことだと思うのだが、あの素晴らしい「音楽と映像」で、多くの人の脳髄は麻痺(ドグラ・マグラ)されてしまい、あるいはさらに快楽中枢を刺激されて、わけもわからず「感動」させられてしまうのだろうか? だとすれば、かなりヤバイのではないだろうか?

ノベライズ版角川文庫に「信仰心と星の数は比例するのだと思います。」というタイトルの「星一つ」レビューを書いているレビュアー「Kindleユーザー」氏が、『感動ポルノ』という言葉をつかって「脊髄反射的な感動コジキ鑑賞者」と「餌撒き作家」を批判していらしたが、私はさらに一歩進めて、本作『竜とそばかすの姫』は、リアル『パプリカ』だと言いたい。そう、故・今敏監督による傑作アニメ、あの『パプリカ』である。

つまり、本作『竜とそばかすの姫』における、鑑賞者を酔わせる「ローレライ」ベルの歌声は、『パプリカ』における、あの躁病的不気味さ漂うマインド・コントロール音楽の、それとは気づかれない、リアルバージョンなのではないだろうか。

まあ、映画で描ききれなかった部分について、ノベライズ版(角川文庫)でフォローがなされているようだが、そんなフォローが必要な段階で、映画版ってやっぱり「不完全な良心回路」しか持ち得ていない作品なのではないだろうか。
だからこそ、この作品のどこからか、不気味な笛の音と共に、「闇(ダーク)に生まれし者は、闇に帰れ」というプロフェッサー・ギルの声が聞こえてくるように思うのだが、さて、いかがなものであろう?

初出:2021年8月18日「Amazonレビュー」
  (2021年10月15日、管理者により削除)

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