見出し画像

西野博之 『カナカナ』 : 誰もが憧れる〈彼〉

書評:西野博之『カナカナ』第1巻(少年サンデーコミックススペシャル)

書店で見かけて、表紙に描かれた少女の可愛らしさにイカれてしまった。いわゆる「萌え絵」ではないけれど、ちょっと困ったような表情を浮かべながらも、頰を赤らめている少女の様子が、とても愛らしかったのだ。
少女の後ろには、左目上下に縦に切られたような傷のある若い男が、少女の方を見てニッコリと、とても人の良さそうな笑みを浮かべている。きっと少女は、この青年が好きなのだろう。

画像1

「カナカ」には、他人の心が読めてしまう特殊能力があった。ごく幼い頃に事故で両親を失い、彼女を女手一つで育ててくれた祖母からは「差別されないために、その能力を隠しなさい。お前は、一人で生きているようにならなければならない。そのためにも早く大人になりなさい」と強く言われて育った。特殊能力とそうした生育環境のせいもあり、「カナカ」は、なかなか人に馴染むことのできない、歳に似ず大人びた思考能力の持つ少女なのだが、ついに祖母まで失ってしまった彼女は、いまだ所詮は身寄りのない無力な子供でしかなかった。「カナカ」は、彼女を食い物にしようとする親戚の男につけ狙われるが、あとで親戚であったことの判明する、主人公の「マサ」に救われて、同居することになる。

「マサ」は、見かけどおりの元ヤンキーだが、今は更生して、自分の料理屋を持つまでになった独身青年である。頭はあまり良くないが、彼は、直感的にふかく他人を思いやることのできる、心優しい男だ。

そんな彼に救われた「カナカ」は、「マサ」が、普通の人のような「裏表」を持たないことを知って、不思議に思うと同時に、安心して彼を慕うようになる。そして、しっかり者の「カナカ」は、天然ゆえにかなり抜けたところのある「マサ」を、自分が支えようとまで考えて、見事な凸凹コンビが成立するのだ。

 ○ ○ ○

このように、本作は、主として「カナカ」の視点で語られる物語だ。しっかり者で常識人である「カナカ」から見た、非凡人である「マサ」を描いた物語だとも言えるだろう。

読者は、「カナカ」の可愛らしさや健気さにうたれ、「マサ」の男前さに惹かれるだろう。
だが、作者が描きたかったものは、やはり「カナカ」よりも、「マサ」の方だったのではないだろうか。作者は、「カナカ」の目を通して、自分の憧れである「理想の男」を、本作でも描こうとしたのではないか。

本作で初めて西野博之を読んだのだが、本書を手に取ったのは「表紙の絵」に惹かれただけではなく、作者が『今日から俺は!!』の作者であることを知ったからである。

もともと私は「ヤンキーもの」のマンガというのは、ほとんど読まない。読めばそれなりに面白いのだろうが、「ヤンキーもの」というのは、どうにも「男のファンタジー」に過ぎるという否定的な印象があって、手が出ないのである。
ところが、昨年たまたま、テレビドラマ版の『今日から俺は!!』の再放送を視て、かなり惹きつけられてしまった。「ワルを気取っているけれど、本当は優しいバカな男たち」を描いた、ある意味で「型通りの友情物語」に、しっかり惹かれてしまったのである。だからこそ、本作を手も取った。

今日から俺は 画像

『今日から俺は!!』と『カナカナ』の共通点は、主人公が「バカだけど優しく、侠気がある」という点だろう。彼らは、損得を考えず、自身の本能的な美意識にしたがって生きる。あれこれ考えずとも、それは男としてカッコいい行動だ、それは男としてカッコ悪い行動だ、と判断して、それ以外の諸条件に配慮することなく(つまり、世間的な損得抜きで)、その美意識に生きるのだ。
無論、こんな人間など、いるわけがない。一一しかし、だからこそ私たちは、そんな彼らに、どうしようもなく「憧れる」。

西野博之の描く男たちは、現代風に、決して「深刻」ぶらない。彼らは、深刻ぶることをカッコ悪いことだと思っているからこそ、ことさらにふざけてたり茶化して見せたりするけれども、その本質は、弱きを助けるために傷を負いながら、それでも心配させないために、傷の痛みを隠してまで強がって見せる、古風な「男の美学」であることに違いはないし、その意味で彼らは、間違いなく「高倉健の系譜」だと言えるだろう。

「男の美学」などといったものが、もはや「勘違い男」たちの抱えていた「過去の遺物」だと考えられがちな、この時代であっても、やはり「男の美学」というものは、あっていいと思うし、今も生きていると思う。
もちろん、それも今や、男の独占物ではなく、むしろ今この時代には、それを持った女の方が多くなったのかもしれない。それでも、私たちの憧れる「男の美学」が失われないのであれば、それでいいではないかと、『カナカナ』を読みながら、「カナカ」の立場に立って、私はそんなふうに考えていた。

初出:2021年1月10日「Amazonレビュー」
  (2021年10月15日、管理者により削除)

 ○ ○ ○



 ○ ○ ○



この記事が参加している募集

読書感想文

マンガ感想文