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小説《魂の織りなす旅路》

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光たちからのメッセージ小説。魂とは?時間とは?自分とは?人生におけるタイミングや波、脳と魂の差異。少年は己の時間を止めた。目覚めた胎児が生まれ出づる。不毛の地に現れた僕は何者なの…
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2023年5月の記事一覧

連載小説 魂の織りなす旅路#28/手紙⑴

連載小説 魂の織りなす旅路#28/手紙⑴

【手紙⑴】

 あのときはどうもありがとう。君のおかげで動揺した僕は落ち着くことができた。帰国しなければ後悔していたに違いない。父はあれから2ヶ月頑張ったよ。短い期間ではあったけれど、僕は僕なりにできる限りのことを父にしてやれたと思う。
 父は僕の帰国をとても喜んでくれた。悪いなと言いながら、嬉しさを隠し切れないんだ。母は大丈夫なのにと言いながら、何につけても僕を頼ってくれた。
 父の死は穏やかな

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連載小説 魂の織りなす旅路#29/手紙⑵

連載小説 魂の織りなす旅路#29/手紙⑵

【手紙⑵】

 ところで、僕は日本にいたとき、君に伝えるつもりでいたことがあった。このまま伝えないでいようかとも思ったけれど、君がよく口にしていたように、後悔しない選択をすることにした。
 僕は君を愛している。君が僕のことをどう思っているかはわからない。けれど、君はいつも僕の気持ちを大切にしてくれた。僕はそのことに感謝しているし、だからこそ、この気持ちを伝えずにはいられなかった。
 今、僕はここか

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連載小説 魂の織りなす旅路#30/書道教室⑴

連載小説 魂の織りなす旅路#30/書道教室⑴

【書道教室⑴】

 「また明日来てもいい?」

 「もちろん!待ってるね。」

 茜は腰をかがめた私にぎゅっと抱きつくと、嬉しそうにスキップしながら帰っていった。
 この書道教室に、丁寧なお辞儀をして帰っていく子どもは1人もいない。師匠はそういう儀礼的な所作が大嫌いなのだ。ひとつくらい型のない場があってもいいだろうと師匠は言う。
 ここでは己の本質と向き合うことが求められる。そのためには本質を閉じ

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連載小説 魂の織りなす旅路#31/書道教室⑵

連載小説 魂の織りなす旅路#31/書道教室⑵

【書道⑵】

 「ああ。何日か前に連絡をくれたよ。悠(はる)もよく頑張ったよ。最期まで自宅で看病して。穏やかに亡くなったと言っていたよ。」

 「悠さんも、きっと思い残すことなく送り出せたでしょうね。」

 生徒がいなくなりしんと静まり返った教室に、師匠と私の声がぼんやり浮遊する。私は、熱いお茶の入った茶碗をゆっくりと口元に当てた。

 「ああ。本人もそう言っていたよ。できる限りのことができたって

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連載小説 魂の織りなす旅路#32/書道教室⑶

連載小説 魂の織りなす旅路#32/書道教室⑶

【書道教室⑶】

 最初のうち土曜日に来ていた悠(はる)さんは、そのうち個別指導が受けたいと、個別指導限定の日曜日にも来るようになった。個別指導日は、対象者だけが13時から19時まで自由に出入りでき、師匠と一対一の時間以外は私が助言することになっている。
 悠さんはいつも2時間ほど早めに来たので、私たちはほどなく打ち解けていった。教室には私たち2人しかいないことも結構あって、そんなときはよく語り合

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連載小説 魂の織りなす旅路#33/書道教室⑷

連載小説 魂の織りなす旅路#33/書道教室⑷

【書道教室⑷】

 しかし、そこは駐車場になっていた。広々とした道路沿いにオフィスビルや高層マンションがそびえる街並みからは、最近区画整理されたであろうことがわかる。
 誰かに尋ねてみようにも、父親が日本に住んでいたのは半世紀も前のことだし、あの封筒もかなり古いものだった。果たしてそんな前から住んでいる人など、この街に残っているだろうか? 残っていたとして、どのマンション、どのビルを探せば会えるの

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連載小説 魂の織りなす旅路#34/書道教室⑸

連載小説 魂の織りなす旅路#34/書道教室⑸

【書道教室⑸】

 興信所が調べてきた内容に、悠(はる)さんは言葉を失った。悠さんの祖父は、金銭を盗むため人家に押し入り、その一家を殺害するというむごたらしい事件の首謀者だったのだ。
 祖父は死刑となり、祖母は自ら命を絶っていた。悠さんの大伯父が離婚しているのは、この事件が原因なのかもしれない。殺人犯の兄という素性が知られるたびに、もしくは知られる前に住まいを転々としていたのだろう。定職には、就か

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連載小説 魂の織りなす旅路#35/書道教室⑹

連載小説 魂の織りなす旅路#35/書道教室⑹

【書道教室⑹】

 悠(はる)さんは、悠江と私に書いてみせながら言った。

 「父はね、こんな過去を背負っているようにはとても見えない人なんだ。いつも朗らかで、どんなときも穏やかでね。それは、こういう過去を内包していたからこそだったんだと思ったよ。
 父は強い人だ。そして、とても暖かい人だ。僕は日本に来て、父の過去を知ることができてよかったと思っている。」

 私はぬるくなった茶碗を口元から離すと

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連載小説 魂の織りなす旅路#36/時間⑴

連載小説 魂の織りなす旅路#36/時間⑴

【時間⑴】

 炎の変幻自在な動きに、魂の波動が共鳴する。この波動が身体のあらゆる組織を振動させると、私は物質世界からの解放を感じて恍惚となる。
 本当は、休日のたびにひとりキャンプがしたいのだけれど、女性のひとりキャンプは危険がつきものだ。危険を回避するために、キャンプ場で人の多い場所を選ぶなど本末転倒なので、休日のたびにとはいかないけれど、私はグランピングを利用している。

 「これは夜にお勧

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