古事記百景 その三十三
木花佐久夜毘売
於是天津日高日子番能邇邇芸能命。
於笠紗御前。
遇麗美人。
爾問誰女。
答白之。
大山津見神之女。
名神阿多都比売。…此神名以音…
亦名謂木花之佐久夜毘売。…此五字以音…
又問有汝之兄弟乎。
答白我姉石長比売在也。
爾詔。
吾欲目合汝奈何。
答白僕不得白。
僕父大山津見神将白。
故乞遣其父大山津見神之時。
大歓喜而。
副其姉石長比売。
令持百取机代之物。
奉出。
故爾。
其姉者。
因甚凶醜。
見畏而。
返送。
唯留其弟木花之佐久夜毘売以。
一宿為婚。
爾大山津見神。
因返石長比売而。
大恥。
白送言。
我之女二並立奉由者。
使石長比売者。
天神御子之命。
雖雪零風吹。
恒如石而。
常堅不動坐。
亦使木花之佐久夜毘売者。
如木花之榮。
榮坐。
宇氣比弖貢進。…自宇下四字以音…
此令返石長比売而。
独留木花之佐久夜毘売故。
天神御子之御壽者。
木花之阿摩比能微坐。…自阿以下五字以音…
故是以至于今。
天皇命等之御命不長也。
故後木花之佐久夜毘売。
参出白。
妾妊身。
今臨産時。
是天神之御子。
私不可産故請。
爾詔。
佐久夜毘売。
一宿哉妊。
是非我子。
必国神之子爾答白吾妊之子。
若国神之子者。
産不幸。
若天神之御子者幸。
即作無戸八尋殿。
入其殿内。
以土塗塞而。
方産時。
以火著其殿而産也。
故其火盛焼時。
所生之子名。
火照命。…此者隼人阿多君之祖。…
次生子名。火須勢理命。…須勢理三字以音…
次生子御名。
火遠理命。
亦名。
天津日高日子穂穂手見命。…三柱…
天津日子番能邇ゝ芸命(略:邇々芸命)は笠沙の御前にて麗しい美人にお逢いになりました。
邇々芸命が、
『そなたは誰の娘か』
とお尋ねになると、
『私は大山津見神の娘で名を神阿多都比売、またの名を木花之佐久夜毘売と申します』
とお答えになりました。
また、
『そなたに兄弟はあるか』
とお尋ねになると、
『私には姉の石長比売がおります』
とお答えになりました。
それから、
『私はそなたと結婚したいと思うが、どうだろう』
とお尋ねになると、
『私からお答えすることは出来ません。父の大山津見神がお答えするでしょう』
とお答えになりました。
そこで大山津見神に使いを遣り結婚の話をすると父は大喜びし、木花之佐久夜毘売に姉の石長比売を副えて多くの結納の品を持たせて嫁がせました。
ところが姉はとても醜かったので、邇々芸命は驚き畏れ送り返してしまい、木花之佐久夜毘売だけを留めて一夜を共に過ごされました。
大山津見神は石長比売が送り返されたと知ると大いに恥、こう仰いました。
『我が娘を一緒に嫁がせたのは、石長比売がいれば天つ神の御子の命は雪が降ろうと風が吹こうと常に石のように揺るぎなく、木花之佐久夜毘売がいれば木の花が咲くように栄え誇れるようにとの願いからです。しかし石長比売を返し、独り木花之佐久夜毘売だけを留めたために、天つ神の御子の命は木の花のように儚くなることでしょう』
これ以来、今に至るまで天皇の命は限りあるものとなり、長くはないのです。
ある日のこと、木花之佐久夜毘売が邇々芸命に申し上げます。
『私は妊娠しております。そして今、臨月を迎えました。この天つ神の御子は私の一存で産むわけには参りませんのでお伝えに参りました』
それをお聞きになった邇々芸命は、
『一夜の契りで孕んだというのか? それは我が子ではないだろう。きっと国つ神の子ではないのか』
と仰せになりました。
それに対し木花之佐久夜毘売がお答えになります。
『私の孕んだ子がもし国つ神の子であれば、無事には生まれてこないでしょう。ですがもし天つ神の御子であれば無事に生れることでしょう』
そして出入り口のない広い産殿を建て、その中に入り、土で出入り口を塞ぎ、いよいよ産まれようとする時にはその産殿に火を放ち、その火炎の中で子を産むのです。
火の盛んな時に産まれた子の名は火照命。
これは隼人の阿多君の祖です。
次に産まれた子の名は火須勢理命。
次に産まれた子の名は火遠理命、またの名を天津日高日子穂ゝ手見命。
これら三柱の神です。
※大山津見神は神生みの時に伊邪那岐と伊邪那美から生まれた山の神です。
※姉妹を同じ夫に同時に嫁がせるなど現代では考えられませんが、結婚とは
家同士の結び付きによるものだとする考えに基づき、姉妹婚などは比較的
多く行われていました。
※産殿とは子を産むための建物のことです。通常は産屋と記されますが、木
花之佐久夜比売が姫なる故か、夫が天つ神の御子なるが故か、豪華な産屋
だったようです。
※阿多君とは鹿児島県南さつま市近辺豪族のことです。
「太安万侶です。今回は石長比売と木花之佐久夜毘売の姉妹に来ていただきました。まずはお姉さん、妹の夫とは言え、ひどい仕打ちを受けましたね」
「わたくしが何と思われようと、妹が幸せであれば一向に構いはしませんが、そうでもなかったようですね」
「夫のことを悪くは言いたくありませんが、酷くないですか?」
「具体的に仰っていただけますか?」
「そうね、そうでないと伝わらないわね。まずはお姉さまのことよ。お姉さまが不細工だからって送り返すことないじゃないの。だいたい女は顔が命なの? 愛嬌のある方や、家事や育児が得意な方や、ひょっとすると夜のことが得意な方もいらっしゃるかもしれないじゃない。それなのに、不細工だからって送り返したりするから、夫も含め子供たちにも寿命ができちゃったのよ。せっかく産んだのに寿命があるなんて悲しすぎるじゃないの」
「佐久夜、あなたって何気に失礼よね」
「どうして?」
「確かにわたくしは美人ではないかもしれないけれど、他の者に不細工呼ばわりされる謂れはないわよ」
「そこに引っ掛かっちゃったんだ。いまさらそんなことで傷付かないでよ。それに言いたいのはそこじゃなくて、寿命のことね」
「そんなことってどういうことなの?」
「お姉さまって根に持つタイプだったっけ?」
「まあ良い。佐久夜もツラい思いをしたのだろうから」
「ツラい思いなんてしてないわよ。ただ、腹立たしかったし、熱かったし、今になってみると何のためにあんなことしたんだろうって思うわ」
「それは産屋を塞ぎ、火を放ってその中で子を産んだことですか?」
「そうね」
「それについて質問があるのですがよろしいですか?」
「何のこと?」
「お腹の子を国つ神の子と疑われたんですよね?」
「そうよ」
「国つ神に対して天つ神と仰ったのでしょうが、国つ神も天つ神も大勢いらっしゃって、特定の方を指す言葉じゃありませんよね」
「それは夫以外の天つ神の子じゃないのかと疑っているってこと?」
「いえいえ、疑ってはいませんよ。ただ、疑われるだけの余地が残ってるなあと思いまして」
「やっぱり疑ってるんじゃないの」
「実際のところはどうなのですか?」
「実際も何も、家にいる時は箱入り娘で、嫁いでからは初夜の契りの後は籠の鳥よ。浮気なんかできると思ってるの? それに初夜の契りと言ったって、一度じゃないのよ。明け方まで延々と続いたんだからね、もうクタクタだったわよ。あれだけやっといて自分の子じゃないってどういう神経してるんだか、ああ思い出したらまた腹が立ってきた」
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古事記百景 その三 古事記百景 その四
古事記百景 その五 古事記百景 その六
古事記百景 その七 古事記百景 その八
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古事記百景 その十一 古事記百景 その十二
古事記百景 その十三 古事記百景 その十四
古事記百景 その十五 古事記百景 その十六
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