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古事記百景 その二十一

八俣遠呂知

 又食物乞大氣津比売神マタヲシモノヲオホゲツヒメノカミニコヒタマヒキ
爾大氣都比売ココニオホゲツヒメ
自鼻口及尻ハナクチマタシリヨリ
種種クサグサノ味物タメツモノヲ取出而トリイデテ
種種作具而クサグサツクリソナヘテ
進時タテマツルトキニ
速須佐之男命立伺其態ハヤスサノヲノミコトソノシワザヲタチウカガヒテ
為穢汚而奉進キタナキモノタテマツルトオモホシテ
乃殺其大宜津比売神スナハチソノオホゲツヒメノカミヲコロシタマヒキ
故所殺神於身生物者カレコロサエタマヘルカミノミニナレルモノハ
於頭生蠶カシラニカヒコナリ
於二目生稲種フタツノメニイナダネナリ
於二耳生粟フタツノミミニアハナリ
於鼻生小豆ハナニアヅキナリ
於陰生麥ホトニムギナリ
於尻生大豆シリニマメナリキ
故是神産巣日御祖命カレココニカミムスビミオヤノミコト
令取茲コレヲトラシメテ
成種タネトナシタマヒキ

故所避追而カレヤラハエテ
降出雲国之肥河上在鳥髮地イヅモノクニノヒノカハカミナルトリカミノトコロニクダリマシキ
此時箸從其河流下コノオリシモハシソノカハヨリナガレクダリキ
於是須佐之男命ココニスサノヲノミコト
以為人有其河上而ソノカハカミニヒトアリケリトオモホシテ
尋覓上往者マギノボリイデマシシカバ
老夫興老女二人在而オキナトオミナトフタリアリテ
童女置中而泣ヲトメヲナカニスエテナクナリ
爾問賜之汝等者誰イマシタチハタレゾトトヒタマヘバ
故其老夫答言僕者国神ソノオキナアハクニウカミ
大山津見神之子焉オオヤマツミノカミノコナリ
僕名謂足名椎アガナハアシナヅチ
妻名謂手名椎メガナハテナヅチ
女名謂櫛名田比売ムスメガナハクシナダヒメトマヲストマヲシキ
亦問汝哭由者何マタイマシノナクユエハナニゾトトヒタマヘバ
答白言我之女者自本在八稚女アガムスメハモトヨリヤヲトメアリキ
是高志之八俣遠呂智ココニコシノヤマタヲロチナモ。…此三字以音…
毎年來喫トシゴトニキアクフナリ
今其可來時故泣イマソレキヌベキトキナルガユエニナクトマヲス
爾問其形如何ソノカタチハイカサマニカトトヒタマヘバ
答白彼目如赤加賀智而ソレガメハアカカガチナシテ
身一有八頭八尾ミヒトツニカシラヤツヲヤツアリ
亦其身生蘿及檜榲マタソノミニコケマタヒスギオヒ
其長度谿八谷峽八尾而ソノタケタニヤツニヲヤツニワタリテ
見其腹者ソノハラヲミレバ
悉常血爛也コトゴトニイツモチアエタダレタリトマヲス。 (此謂赤加賀知者ココニアカカガチトイヘル今酸醤者也イマノホホヅキナリ)

爾速須佐之男命詔其老夫カレハヤスサノヲノミコトソノオキナニ
是汝之女者コレイマシノムスメナラバ
奉於吾哉アニタテマツラムヤトノリタマフニ
答白恐不覺御名カシコケレドミナヲシラズトマヲセバ
爾答詔吾者天照大御神之伊呂勢者也アハアマテラスオホミカミノイロセナリ。…自伊下三字以音…
故今自天降坐也カレイマアメヨリクダリマシツトコタヘタマヒキ
爾足名椎手名椎神ココニアシナヅチテナヅチノカミ
白然坐者恐シカマサバカシコシ
立奉タテマツラムトマヲシキ
爾速須佐之男命カレハヤスサノヲノミコト
乃於湯津爪櫛取成其童女而ソノヲトメヲユツツマグシニトラシテ
刺御美豆良ミミヅラニサッシテ
告其足名椎手名椎神ソノアシナヅチテナヅチノカミニノリタマハク
汝等イマシタチ
釀八塩折之酒ヤシホオリノサケヲカミ
且作廻垣マタカキヲツクリモトホシ
於其垣作八門ソノカキニヤツノカドヲツクリ
毎門結八佐受岐カドゴトニヤツノサズキヲユヒ。…此三字以音…
毎其佐受岐ソノサズキゴトニ
置酒船而サカブネヲオキテ
毎船盛其八塩折酒而待フネゴトニソノヤシホヲリノサケヲモリテマチテヨトノリタマヒキ

故隨告而カレノリタマヘルママニシテ
如此設備待之時カクマケソナヘテマツトキニ
其八俣遠呂智ソノヤマタヲロチ
信如言來マコトニイヒシガゴトキツ
乃毎船垂入己頭スナハチフネゴトニオノモオノモカシラヲタレテ
飲其酒ソノサケヲノミキ
於是飲醉ココニノミヨヒテ
死由伏寢ミヲフシネタリ
爾速須佐之男命スナハチハヤスサノヲノミコト
拔其所御佩之十拳劒ソノミハカセルトツカツルギヲヌキテ
切散其蛇者ソノヲロチヲキリハマリタマヒシカバ
肥河變血而流ヒノカハチニナリテナガレキ
故切其中尾時カレソノナカヲヲキリタマフトキ
御刀之刃毀ミハカシノハカケキ
爾思怪アヤシトオモホシテ
以御刀之前ミハカシノサキモチテ
刺割而見者サシサキテミソナハシシカバ
在都牟刈之大刀ツムガリノタチアリ
故取此大刀カレコノタチヲトラシテ
思異物而アヤシキモノゾトオモホシテ
白上於天照大御神也アマテラスオホミカミニマヲシアゲタマヒキ
是者草那芸之大刀也コハクサナギノタチナリ。…那芸二字以音…

故是以其速須佐之男命カレココヲモテソノハヤスサノヲノミコト
宮可造作之地ミヤツクルベキトコロヲ
求出雲国イヅモノクニニマギタマヒキ
爾到坐須賀地而詔之ココニスガノトコロニイタリマシテノリタマハク。…自須以下二字以音下效此…
吾來此地アレココニキマシテ
我御心須賀須賀斯而アガミココロスガスガシトノリタマヒテ
其地作宮坐ソコニミヤツクリテマシマシケル
故其地者カレソコヲバ
於今云須賀也イマニスガトゾイフ
茲大神初作須賀宮之時コノオホカミハジメスガノミヤツクラシシトキニ
自其地雲立騰ソコヨリクモタチノボリキ
爾作御歌カレミウタヨミシタマフ
其歌曰ソノミウタハ

夜久毛多都ヤクモタツ 伊豆毛夜幣賀岐イヅモヤヘガキ 都麻碁微爾ツマゴミニ 夜幣賀岐都久流ヤヘガキツクル 曽能夜幣賀岐袁ソノヤヘガキヲ

於是喚其足名椎神ココニカムアシナヅチノカミヲメシテ
告言汝者任我宮之首イマシハワガミヤノオビトタリトノリタマヒ
且負名号稲田宮主須賀之八耳神マタナヲイナダノミヤヌシスガノヤツミミノカミトオホセタマヒキ


速須佐之男命ハヤスサノオノミコトは食べ物を大気都比売神オホゲツヒメノカミにお求めになりました。

すると大気都比売神オホゲツヒメノカミはご自身の目や鼻、口から、挙句は尻から食べ物を取り出し、料理し速須佐之男命ハヤスサノオノミコトにお出しになりました。

速須佐之男命ハヤスサノオノミコトその様子をご覧になり、わざと穢くして出しているのだと勘違いされ、大気都比売神オホゲツヒメノカミを殺害してしまわれました。

するとご遺体から様々なものが生まれます。

まず、頭からは蚕が、二つの目からは稲が、二つの耳からは粟が、鼻からは小豆が、陰部からは麦が、尻からは大豆が生まれました。

生まれたものを種として取り上げ、地上に授けられたのが神産巣日御祖命かむむすひのみおやのみことです。


速須佐之男命ハヤスサノオノミコトは出雲国かわ上流の鳥髪の地に降りられました。

この時、箸が川を流れ下っていくのを見た速須佐之男命ハヤスサノオノミコトは、川上に人がいると思い、上流へと行きます。

すると、老夫婦が娘を間に泣いているところに出会いました。

『あなたたちは誰だ』と速須佐之男命ハヤスサノオノミコトはお尋ねになりました。

『私はくにかみ大山津見神オオヤマツミノカミの子孫で、足名椎アシナヅチといい、妻の名は手名椎テナヅチ、娘の名は櫛名田比売クシナダヒメといいます』と年老いた夫がそれに答えます。

『あなたたちは何故泣いているのか』

『私の娘は八人おりましたが、高志こし八俣遠呂知やまたのおろちが毎年やって来て一人ずつ食べていってしまうのです。そして今年もその時期が来たので泣いております』

八俣遠呂知やまたのおろちの姿形はどのようなものか』

『その目は赤加賀智あかかがちのようで、その身は一つなれど、八つの頭と八つの尾を持ち、その身には苔がなり杉や檜が生え、長さたるや八つの谷と八つの峰に及び、その腹は這いまわるほどに、常に血がにじみ爛れています』

『その遠呂知おろちから、娘を救ってやろう。その代わり、見事救うことができれば娘を嫁にくれるか?』

『恐れ多いことではございますが、あなた様のお名前も存じ上げません』

『私は天照大御神アマテラスオオミカミの弟の速須佐之男命ハヤスサノオノミコトと申す者。今しがた天より降って来たばかりだ』

足名椎神アシナヅチノカミ手名椎神テナヅチノカミは、『恐れ多いことなれど、それなら娘を嫁がせましょう』と言いました。

そこで速須佐之男命ハヤスサノオノミコト櫛名田比売クシナダヒメ湯津爪櫛ゆつつまくしに変えて自らの髪に挿し、足名椎神アシナヅチノカミ手名椎神テナヅチノカミには次のように指示されました。

『あなた方は、八度繰り返して醸した強い酒を用意し、垣根を巡らし、そこには八つの門を拵え、その門ごとに酒船さかぶねを置き、強い酒を満たして待つように』

すべての準備が整い待っていると、果たして八俣遠呂知やまたのおろちがやってきたのです。

また、八俣遠呂知やまたのおろちはそれぞれの酒船にそれぞれの頭を入れ、酒を飲み始めます。

そして酒に酔ったのかグッスリ寝行ってしまいます。

その時を待っていた速須佐之男命ハヤスサノオノミコトは腰に佩く十拳剣とつかのつるぎを抜き放ち、寝ている八俣遠呂知やまたのおろちに切りつけたのです。

溢れかえった八俣遠呂知やまたのおろちは肥の河を血の色に変えてしまうほどでした。

速須佐之男命ハヤスサノオノミコトが尾を切った時、刃毀れが起こるほど固いものに当たりました。

そこには立派な剣がありました。それを草那芸之大刀くさなぎのたちと申します。

天照大御神アマテラスオオミカミに事の次第をお伝えになり、献上されました。

その後、速須佐之男命ハヤスサノオノミコトは、出雲の国にご自身の宮を造る場所をお探しになります。

そして須賀の地に至られました。

『この地に来て私の心はとても須ゝ賀ゝすがすがしい』と仰り、この地に宮をお造りになりました。

この土地は今に至るも須賀と呼ばれています。

速須佐之男命ハヤスサノオノミコトが初めて須賀の宮をお造りになった時、雲が立ち上がったのを見て御歌を詠まれます。


夜久毛多都やくもたつ 伊豆毛夜弊賀岐いずもやへがき 都麻碁微爾につまごみに 夜弊賀岐都久流やへがきつくる 曽能夜弊賀岐袁そのやへがきを

速須佐之男命ハヤスサノオノミコトは、義理の父である足名椎神あしなづちのかみをお呼びになり、
『あなたをこの宮の首長になっていただく』と仰り、稲田宮主須賀之八耳神いなだのみやぬしすがのやつみみのかみの名をお与えになりました。


※大気都比売神は文字が違いますが、伊邪那岐と伊邪那美の神生みで生まれ
 た大宜都比売神と同一神だと考えられています。
※神産巣日御祖命は造化の三神の一柱である神産巣日神と同一神です。
※大気都比売神が殺されたのも、その結果、様々な穀物や蚕が生まれたの
 も、重要ではないようで、わずか数行の記載のみです。
※肥の河は斐伊川と言われています。
※高志とは越の国のことか?
※加賀智とは酸漿(ほおずき)のことだと言われています。
※速須佐之男命は櫛名田比売を櫛に変えてしまわれますが、さすが神。何で
 もできるのですね。
※酒船とは酒を入れる器のことだと言われています。
※須賀は島根・雲南市にあります。


「太安万侶です。ゲストは速須佐之男君と櫛名田さんのご夫婦です。まずは須佐之男君、大活躍でした」

「計算通りに事が運びましたのでホッとしています」
「彼女を奥さんに迎えられたのも計算通りなのかな」

「実はそちらの方が本題なんです」
「というと?」

「八俣遠呂智を倒せるかどうかは、データが少なすぎたので、確証はありませんでした」
「それで?」

「とりあえず彼女を櫛に変え、我が身につけておくことで、少なくとも彼女が襲われるのは防げます」
「なるほど」

「八俣遠呂智が酒に酔って早々に寝てくれましたから手遅れにはなりませんでしたが、酒も飲まずに先に櫛名田を要求されていれば打つ手はありませんでしたよ。思いのほか酒好きで、しかも酒に弱かったのが功を奏しましたね」

「結構な偶然が重なったという感じで、まさに薄氷を踏む思いだった?」
「最悪は逃げることも考えていました。その場合は、櫛名田の両親の足名椎と手名椎は見殺しになっていたでしょうね」

「すべてが上手く運んだから良かったけれど、その考え方には賛成できないわ。私の親を贄にするなんてあなた最低よ」
「そうは言うけど、あの遠呂智に僕一人で勝てたと思ってるの?」

「そのつもりで私を妻にしたんじゃないの」
「もちろんそのつもりだったよ」
「だったらそんな言い方しなくても」
「でも上手くいかないことも考えておかないと、その時になって慌てても遅いからね」

「それはその通りだと思うよ。奥さんもそこは認めてあげれば?」
「今後は両親も大事にしてよね。そうしてくれるなら許してあげるから」
「分かりました」

「ところで須佐之男君、須賀の地に宮を築いたようだけど、根之堅州国に行くんじゃなかったっけ?」
「妻ができましたから、そう簡単には行けなくなりましたね」
「母上の国に行くんだって、あれだけ泣いていたのに?」

「えっ? あなたってマザコン?」
「そうなんだよね。父親の言うことなど全然聞かなくて、母上の国に行くんだって泣いてばかりだったんだよ」
「あなた、やっぱり最低ね。お父さ~ん、勝手に決めてくれちゃったけど、ちょっと考え直した方がいいかもよ。ねえ、聞いてる?」

「ここでも私は除け者か」
「そうだ、除け者と言えば、葦原中国は那岐君に追い出されたんじゃなかったっけ」

「あの言葉ってまだ活きてるんでしたか?」
「那岐君から許すって連絡もらったの?」
「いいえ」

「じゃあなぜ大丈夫だと思ったの?」
「そう思ったんですよ」

「そういうとこだよ、君があまり好かれていないのは」

「せっかく宮も建てたのになあ」


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