古事記百景 その十四
禊の前に
是以伊邪那岐大神詔。
吾者到於伊那志許米志許米岐穢国而在祁理。…岐上九字祁以下二字以音…
故吾者為御身之禊而。
到坐竺紫日向之橘小門之阿波岐原而。…自阿以下三字以音…
禊祓也。
故於投棄御杖所成神名。
衝立船戸神。
次於投棄御帯所成神名。
道之長乳歯神。
次於投棄御裳所成神名。
時量師神。
次於投棄御衣所成神名。
和豆良比能宇斯能神。…此神名以音…
次於投棄御褌所成神名。
道俣神。
次於投棄御冠所成神名。
飽咋之宇斯能神。…自宇以下三字以音…
次於投棄左御手之手纒所成神名。
奧疎神。…訓奧云於岐下效此訓疎云奢加留下效此…
次奧津那芸佐毘古神。…自那以下五字以音下效此…
次奧津甲斐弁羅神。…自甲以下四字以音下效此…
次於投棄右御手之手纒所成神名。
邊疎神。
次邊津那芸佐毘古神。
次邊津甲斐弁羅神。
右件自船戸神以下。
邊津甲斐弁羅神以前。
十二神者。
因脱著身之物。
所生神也。
『私は穢れた国に行ってしまったので、禊をして身を清めなくては』
と、黄泉の国からお戻りになった伊耶那岐神は仰せになりました。
そして、竺紫の日向の橘小門の阿波岐原で禊祓いをされます。
まず、伊邪那岐神は身に着けたものを次々と投げ捨てられます。
その時投げ捨てた杖からは衝立船戸神がお生まれになりました。
次に投げ捨てた帯からは道之長乳歯神がお生まれになりました。
次に投げ捨てた嚢からは時量師神がお生まれになりました。
次に投げ捨てた衣からは和豆良比能宇斯能神がお生まれになりました。
次に投げ捨てた褌からは道俣神がお生まれになりました。
次に投げ捨てた冠からは飽咋之宇斯能神がお生まれになりました。
次に投げ捨てた左手の腕輪からは奥疎神、奥津那芸佐毘古神、奥津甲斐弁羅神がお生まれになりました。
次に投げ捨てた右手の腕輪からは辺疎神、辺津那芸佐毘古神、辺津甲斐弁羅神がお生まれになりました。
ここに衝立船戸神から辺津甲斐弁羅神までの十二柱の神は伊邪那岐神の身に付けた物からお生まれになりました。
※竺紫の日向の橘小門の阿波岐原の場所は特定されていません。
※衝立船戸神は海の道標の神と言われています。
※道之長乳歯神は長い道の岩の神と言われていますが意味不明です。
※時量師神は時を司る神と言われています。
※和豆良比能宇斯能神は煩いの主の神と言われていますが意味不明です。
※道俣神は分岐点の神と言われています。
※飽咋之宇斯能神は穢れを食べてくれる神だと言われています。
※奥疎神は沖の神と言われています。
※奥津那芸佐毘古神は沖の渚の神と言われています。
※奥津甲斐弁羅神と辺津甲斐弁羅神は沖と浜辺の間の神と言われています。
※辺疎神は浜辺の神と言われています。
※辺津那芸佐毘古神は浜辺の渚の神と言われています。
「太安万侶です。場面は次のステージへと移りました。ゲストは那岐君です」
「禊をする前にこれだけの神が生まれるとは思ってなかったぜ」
「私は経験がないんだけど、そもそも禊って何をするの?」
「超簡単に言えば水浴びだな」
「夏場に庭でする行水みたいなものなの?」
「汚れを落とすという意味では同じだ。ただ行水では穢れは落ちないけどな」
「どこが違うんだろ」
「そもそも水には物事をキレイにする作用があると言われているんだ。つまり浄化してくれるってことだな」
「じゃあ、川や海や池や湖で泳ぐと浄化してくれてるってこと?」
「泳ぐってのはどうかな? それは遊びじゃねえのか? それでも浄化してくれるんなら、禊って何だよってことにならねえか?」
「そうだよね。だったら浸かってるのは」
「禊ってのはさ、罪や穢れを祓ってもらうってことだから、そのように念じるとか、海にも川にも、池や湖にも神がいるから、お願いしてみるとかしないとダメだろ」
「水に流れた罪や穢れはどうなるんだろ」
「考えたことなかったけど、ホントだよな、水の中は罪や穢れだらけだったりするかもな」
「あまり考えたくない光景だね」
「そう考えると、池や湖より、川や海の方には流れがあるから罪や穢れが溜まることがないかもな」
「そもそも溜まってるかどうかも分からないのに、あっちがいいとか、こっちはダメだとかは言っちゃダメだよ」
「それもそうだな」
「話は変わるけど、身に着けてた物から多くの神が生まれたよね」
「それは俺もびっくりしたぜ」
「あれだけの神と一緒に過ごしてたってことだよね。なんなら、背負ってたと言ってもいいけど」
「背負ってた訳じゃねえと思うぜ。もう一度服を着た時に、別に軽くなってなかったからな」
「着替えなかったの?」
「禊の前にあの騒動だからな。着替えも持って行くの忘れてたし。だから、とりあえず服着てさ、着替えを取りに帰ったよ」
「君は何をしてるんだい?」
「そう言うな、新しく神が生まれたんだからいいじゃねえか」
「やっぱり一人では色々と差し障りがあるんじゃないの」
「那美の代わりを探せっていうのか?」
「まだ早いかな」
「ずっと有り得ないよ」
「奥さんとは言わないけどさ、せめて身の回りの世話をしてくれるとか」
「それも当分は必要ねえな」
「無理にとは言わないけど、少し考えてみれば」
「必要最低限のことは、娘たちや近所の奴らがやってくれてるよ」
「それでも淋しい夜もあるんじゃないの」
「あるけどいいんだよ」
「だって禊に行くのに着替えを忘れていくんだよ?」
「温泉へ行くんじゃねえんだから、別にいいんだよ。それにさ、例えば着替えを忘れて禊をしたとするじゃん」
「うん」
「俺が裸で帰ってこようが、同じ服を着て帰ってこようが、なんなら同じ下着を何日も履いてたって、きっと誰も何も言わないぜ」
「それはそうかもしれないけど、この後改めて禊に行くんだろ?」
「ちゃんと着替え持って行くから安心しろ」
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