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古事記百景 その十二

黄泉の国

於是欲相見其妹伊邪那美命ココニソノイモイザナミノミコトヲアヒミマクオモホシテ
追往黄泉国ヨモツクニニオヒイデマシキ
爾自殿騰戸出向之時スナハチトノドヨリイデムカヘマストキニ
伊邪那岐命語詔之イザナギノミコトカタラヒタマハク
愛我那邇妹命ウツクシキアガナニモノミコト
吾興汝所作之国アレミマントツクレリシクニ
未作竟故イマダツクリヲヘズ
可還カヘリマサネトノリタマヒキ
爾伊邪那美命答白ココニイザナミノミコトノマコシタマハク
悔哉不速來クヤシキカナトクキマサズテ
吾者為黄泉戸喫アハヨモツヘグヒシツ
然愛我那勢命シカレドモウツクシキアガナセノミコト。…那勢二字以音下效此…
入來坐之事恐故イリキマサルコトカシコケレバ
欲還カヘリナムヲ
且興黄泉神相論アシタニツバラカニヨモツカミトアゲツラハム
莫視我アヲナミタマヒソ
如此白而カクマヲシニ
還入其殿内之間ソノトノウチニカヘリイリマセルホド
甚久難待イトヒサシクテマチカネタマヒキ
故刺左之御美豆良カレヒダリノミミヅラニササセル湯津津間櫛之男柱一箇取闕而ユツツマグシノオバシラヒトツトリカキテ。…自美以下三字以音下效此…
燭一火ヒトツビトモシテ
入見之時イリミマストキニ
宇士多加禮斗呂呂岐弖ウジタカレトロロキテ。…此十字以音…
於頭者大雷居ミカシラニハオホイカヅチヲリ
於胸者火雷居ミムネニハホノイカヅチヲリ
於腹者黒雷居ミハラニハクロイカヅチヲリ
於陰者拆雷居ミホトニハサクイカヅチヲリ
於左手者若雷居ヒダリノミテニハワキイカヅチヲリ
於右手者土雷居ミギエイノミテニハツチイカヅチヲリ
於左足者鳴雷居ヒダリノミアシニハナルイカヅチヲリ
於右足者伏雷居ミギリノミアシニハフシイカヅチヲリ
并八雷神成居アワセテヤクサノイカヅチガミナリヲリキ


伊邪那岐神は、哀しみの余りもう一度逢いたくて、亡き伊邪那美神を追って黄泉の国へ参られます。
黄泉の国まで辿り着いた時、伊邪那美神のお住まいになるところの門が開き、二柱の神が再開されることになりました。
伊耶那岐神が仰います。
『ああ、我が愛しき妻よ、我々が行ってきた国造りも未だ完成を見ていない。だから一緒に帰っておくれ』
それを受けて伊耶那美神がお答えになります。
『私の愛しき夫よ、もう少し早く来てくださればよかったのに。私はすでに黄泉の国の食べ物を食べてしまいましたから、元の世界に戻ることは叶いません。ですが、帰りたいという思いを黄泉の国の神に伝えてみます。ですからその間、私の姿を決して見ないと約束してください』
伊邪那岐神は締め出された門の前で待ち続けます。
しかし、いくら待っても伊邪那美神は現れてくれません。
辛抱も限界を過ぎ、そっと門の中へ入られるのですが、中は真っ暗で何も見えません。
伊邪那岐神は、左の髪に挿してある湯津ゝ間櫛ゆつつまぐし男柱おばしらを一本折り、火を灯しました。
そこに見えたのは、腐敗が進み、蛆にたかられ、変わり果てた姿で横たわる伊邪那美神でした。
さらに伊邪那美神の身体からは、頭には大雷おおいかづち、胸には火雷ほのいかづち、腹には黒雷くろいかづち、陰部には析雷さくいかづち、左手には若雷わかいかづち、右手には土雷つちいかづち、左足には鳴雷なるいかづち、右足には伏雷ふすいかづちの八柱の雷神いかづちのかみが生まれようとしていました。


※比婆山に埋葬されたはずの伊邪那美神がどうして黄泉の国に現れるのか、
 いささか不自然に思いますが、考えてみてください。あなたが仏教徒であ
 れば、亡くなった後、お墓に埋葬されますが、お墓がそのまま西方浄土で
 はないということはご理解いただけると思います。それと同じで、埋葬さ
 れたのは比婆山ですが、比婆山は西方浄土ではなく、黄泉の国が西方浄土
 でもありませんから黄泉の国に現れることも不自然ではないとご理解くだ
 さい。
※湯津ゝ間櫛とは神聖な櫛のことと言われています。
※男柱とは櫛の両端の太い部分のことと言われています。
※八つの雷神には、それぞれに役割があるのでしょうが、古事記には記載さ
 れていません。


「太安万侶です。今回もゲストは那岐君です。那美ちゃんに会いに行ったんだね」
「ちょっと気持ちの整理がつかなくてさ、もう限界だったんだろうな」
「那美ちゃんを見てどう思った?」
「そりゃビックリしたぜ。さっきまで話してたんだぜ」
「話してる時に気が付かなかったの?」
「薄暗かったからよく見えなかったし、そもそもお互いの顔を晒して話すなんてことが、あの時代はなかったからさ、声を聞いて疑いもしなかったよ」
「夫婦でもそうだっけ?」
「俺と那美は生まれた時から双子のように育ったからそんなことはなかったけど、普通の場合は、昼間は御簾が下がってたり、紗が掛かってたり、夜は明かりが乏しかったりする訳じゃん」
「ジロジロ見ないのが礼儀ってとこあるよね」
「現代のようにスイッチ一つで部屋中が明るくなるなんてことはないから」
「不便ではあったけど、情緒もあったよね」
「むしろ情緒しかなかったっしょ」
「そうだね。噂だけで、見たこともない女性に文を書いて、返事がOKなら、夜こっそり忍んで行って……の世界だからね」
「そうだな。女性の心を動かすような優れた文章の書ける者が持て囃されてたよな。安万侶もそうなんだろ?」
「私は確かによく文章を書いたし、それが認められて古事記の編纂にも携われたと思ってるんだけど、色恋の類はさっぱりだな。私が得意なのはお堅い行政文書だから」
「それでも奥さんとはそういうことがあって一緒になったんだろ?」
「奥さんがいるって話したことあったっけ?」
「聞いたことはねえけど、いつも小綺麗にしてるし、やもめでございって感じはしないからさ」
「なるほど。今の那岐君はやもめでございって感じ満載だもんね。それにしても素晴らしい観察眼をお持ちですな」
「それよりどうなんだよ」
「確かにそうだよ。仰る通り。今から思えば、行政文書みたいに堅苦しいのに、よく一緒になってくれたよなあ」
「その堅苦しさが、この方信用できるわってなったんじゃねえの?」
「全然面白味のない人物なんですけどね」
「一夜だけのつもりだったとか」
「一夜だけの思いもあれば、ずっと続く思いもある。どちらになるかは思い次第だよ。嫌われてないだけ良しとしなきゃね」
「少なくとも俺は安万侶のこと好きだぜ」
「嬉しいねえ」
「ここに那美がいたら冗談でも盛り上がるんだろうになあ」
「那美ちゃんへの思いは?」
「さすがに俺でも、あの状態じゃ一夜は無理だけど、那美への思いは変わらねえと思う」
「私も変わらないでいてほしいと思うよ」
「安万侶との関係もな」
 
「さて、今後の展開は?」
「次回は俺が逃げるとこから始まる」
「そんなのバラしていいの?」


古事記百景 その一 はこちらから、
古事記百景 その二 はこちらから、
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