古事記百景 その五
水蛭子と淡島
於是問其妹伊邪那美命曰。
汝身者如何成。
答曰吾身者成成不成合処一処在。
爾伊邪那岐命詔。
我身者。
成成而成余処一処在。
故以此吾身成余処。
刺塞汝身不成合処而。
以為生成国土生奈何。…訓生云宇牟下效此…
伊邪那美命答曰然善。
爾伊邪那岐命。
詔然者吾興汝行廻逢是天之御柱而。
為美斗能麻具波比。…此七字以音…
如此之期。
乃詔汝者自右廻逢。
我者自左廻逢。
約竟以廻時。
伊邪那美命先言阿那邇夜志愛袁登古袁。…此十字以音下效此…
後伊邪那岐命言阿那邇夜志愛袁登売袁。
各言竟之後。
告其妹曰。
女人先言不良。
雖然久美度邇興而。…自久以下四字以音…
生子水蛭子。
此子者入葦船而流去。
次生淡嶋。
是亦不入子之例。
伊耶那岐神が『不思議に思うことがあるが、そなたの身体はどうなっているのだろうか』と問いかけられます。
伊邪那美神が仰るには『私の身体には一か所だけ窪んで何かが不足しているところがある』と。
それを受けて伊耶那岐神が仰るには『私の身体には一か所だけ何かが余って出っ張っているところがある』と。
伊耶那岐神は『それでは、あなたの窪んでいるところを、私の余って出っ張っているところで塞いで、国生みをしよう』と仰せになり、伊耶那美神も『それはいい』と賛成されました。
伊耶那岐神は左から、伊邪那美神は右から天之御柱を巡って、出逢ったところで麻具波比をしようということになります。そして実際にそのようにされます。
天之御柱を巡り行き逢ったところで、先に伊耶那美神が『あなたは何と素晴らしい男なんでしょう』と声を掛けます。続いて伊耶那岐神が、『あなたは何と素晴らしい乙女なんだ』と。
伊邪那美神は『私から先に声を掛けたのは良くなかったのではないか』と仰せになりますが、当初の予定に従い麻具波比をされました。
しかし生まれたのは五体満足でない水蛭子。この子は葦船に乗せて流してしまわれます。次に生まれたのは、形もはっきりとしない泡のような子、淡島。この子もまた、子の数には含まれませんでした。
※麻具波比は夫婦の交わりのことで、性交を意味します。
※水蛭子と淡島は、残念ながら認知されていません。因みに、この水蛭子が
恵比寿神となられます。
「太安万侶です。引き続き那岐君と那美ちゃんに来ていただきました」
「私、ちょっと横にならせてもらっていいかしら、尋常じゃないくらいに体力が消耗してるんだよね」
「それは大変でしたね、じゃあそこで横になって彼の話を聞いててください。ちょっと、誰か那美ちゃんに枕と上掛けをお願いします」
「さて那岐君、お兄さんお姉さんが大勢いらっしゃるのに、日本初、二柱の神のセックスが公になった気分はどう?」
「どうと言われてもなあ。それは気持ちを聞いてるの? それとも行為そのものを聞いてるの? だけど公にしたのって安万侶だよね」
「そうだね、私が広めたんだよね」
「どうして広めたんだよ。普通こういうことは秘め事なんじゃないの?」
「理由は一つ。伝承に残ってる唯一の事例で、日本初だから。当初はこんなに詳しく書くつもりはなかったんだけど、稗田阿礼君が何度も何度も、微に入り細に入り語ってくれるものだからついついね」
「下世話な話はいつの時代も好物とされるのね」
「那美ちゃん起きてるんだ、寝ててもいいよ」
「古事記が書かれた頃は、今以上に男女の愛憎ってドロドロしてたんだろうな」
「これって、神事とは言わないけど、神聖な行為なんでしょ?」
「国を生み、国土を増やすための行為だからね」
「那岐は、ちゃんと神聖な気持ちで臨めたの?」
「神聖な気持ちだったかはよく覚えてないけど、行為そのものは凸と凹がキッチリ嵌ったから、やったねって感じで気分は良かったよな」
「気持ちはどうだった?」
「それこそ秘め事だろ」
「私はそっちが聞きたいな」
「そうか? 最初はさ、鼓動が早鐘のようにドキドキしてきてさ、それが鎮まることもないままに一瞬にして力が抜けちゃったんだよ。ドキドキが落ち着くまでにしばらくの時間が必要だったし、どう表現するのが正しいのか分からないけど、今までにない体験だったな。恥ずかしいけど、那美がたまらなく愛しく思えたんだよね」
「嬉しい。私もそうだったよ。でも生まれてきたのはちょっと違ったよね。何が悪かったんだろうね」
「後で、高天原に戻って聞いてみようよ」
「今後も国生みを続けるんでしょうか?」
「だって、まだ淤能碁呂島しか造ってねえし」
「やり直しってことね」
「でも、那美が体力的に厳しいのなら、別の方法も考えないとな」
「有難いけど、今のままでいいよ」
「でも辛そうだぜ」
「今回は残念続きだったけど、那岐と私の子が、私から生れるっていう感動みたいなものがあったんだよ。だから今のままでいいよ。というか、今のままがいい」
「こいつは昔から俺に対して好き好きオーラ全開でさ」
「那岐がイヤなら別の方法でもいいよ」
「そんなことは言わない。俺も今のままがいい」
「はい、ご馳走様でした。これからも頑張ってね。そう言えば今年は私の没後一千三百年になるのだそうです。目出度いのかどうなのかよく分かりませんが、遥か昔であることには変わりありません。ずいぶんの時間が経ったのだなぁ。ではまた次回」
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