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古事記百景 その十七

別れの挨拶

故於是速須佐之男命言カレココニハヤスサノヲノミコトノマヲシタマハク
然者請天照シカラバアマテラスオホミカミニ大御神将罷マヲシテマカリナムトマヲシタマ
乃参上天時スナハチアメニマイノボリマストキニ
山川悉動ヤマカハコトゴトニトヨミ
国土皆震クニツチミナユリキ
爾天照大御神聞驚而ココニアマテラスオホミカミキキオドロカシテ
詔我那勢命之上來由者アガナセノミコトノノボリキマスユエハ
必不善心カナラズウルハジキココロナラジ
欲奪我国耳アガクニヲウバハムトオモホスニコソトノリタマヒテ
即解御髮スナハチミカミヲトキ
纒御美豆羅而ミミヅラニマカシテ
乃於左右御美豆羅ヒダリミギリノミミヅラニモ
亦於御鬘ミカヅラニモ
亦於左右御手ヒダリミギリノミテニモ
各纒持八尺勾璁之五百津之美須麻流之珠而ミナヤサカノマガタマノイホツノミスマルノタマヲマキモタシテ。…自美至流四字以音下效此…
曽毘良邇者負千入之靫ソビラニハチイリノユギヲオヒ。…訓入云能理下效此自曽至邇以音…
附五百入之靫イホイリノユギヲツケ
亦所取佩伊都之竹鞆而マタイツノタカトモヲトリオバシテ。…自伊以下二字以音…
弓腹振立而ユハラフリタテテ
堅庭者カタニハハ
於向股蹈那豆美ムカモモニノミナヅミ。…三字以音…
如沫雪蹶散而アワユキナスクエハララカシテ
伊都之男建蹈建而イツノヲタケビフミタケビテ。…自伊以下二字以音訓建云多祁夫…

待問マチトヒタマハク
何故上來ナドノボリキマセルトトヒタマヒキ
爾速須佐之男命答白ココニハヤスサノヲノミコトノマヲシタマハク
僕者無邪心アハキタナキココロナシ
唯大御神之命以タダオホミカミノミコトモチテ
問賜僕之哭伊佐知流之事故アガナキイサチルコトヲトヒタマヒシユエニ
白都良久マヲシツラク。…三字以音…
僕欲往妣国以哭アハハハノクニニマカラムトオモヒテナクトマヲシシカバ
爾大御神詔オホミカミ
汝者不可在此国而ミマシハコノクニニハナスミソトノリタマヒテ
神夜良比夜良比賜故カムヤラヒヤラヒタマフユエニ
以為請将罷往之状マカリナムトスルサマヲマヲサムトオモヒテコソ
参上耳マイノボリツヤ
無異心クシキココロナシトマヲシタマヘル
爾天照大御神詔アマテラスオホミカミ
然者汝心之清明シカラバミマシノココロノアカキコトハ
何以知イカニシテシラマシトノリタマヒキ
於是速須佐之男命ココニハヤスサノヲノミコト
答白各宇氣比而オノモオノモウケヒテ
生子ミコウミテトマヲシタマフ。…自宇以下三字以音下效此…


速須佐之男命は、根之堅州国に赴く前に高天原にいらっしゃる天照大御神へご挨拶に伺うこととされました。
しかし、速須佐之男命が天に昇ろうとされる度、山も川もことごとく動き、国土が皆震えるようでした。
驚かれた天照大御神が仰るには、
『弟がわざわざ私を訪ねてくるのは、この国を奪うなど、何か不心得なことを考えてのことかもしれない。用心しなければなるまい』
と武装して弟君をお迎えすることとされました。
天照大御神は、髪をほどき左右の美豆羅みずらに纏め、左右の手には八尺勾玉やさかのまがたま五百津いおつ美須麻流みすまるたまを纏め持ち、千本の矢が入ったうつぼを背負い、傍らには五百本の矢が入った靭を置き、伊都之竹鞆いつのたかともを着け、弓を振り立て、堅い庭に股まで脚を踏み入れ、地を淡雪のように蹴散らし、準備万端で弟君を待ちます。

天照大御神は、
『汝は何故、高天原まで上がって来たのか』
とお尋ねになります。
その問いに対し速須佐之男命がお答えになります。
『僕によこしまな心はありません。ただ、父上の命に背き、泣いてばかりいましたので、父上が何故泣いてばかりなのかとお尋ねくださいました。僕は母上のいらっしゃる国に行きたいとお伝えすると、それではこの国に住まわすことは出来ないと仰せになり、追い出されてしまいましたので、母上の国に行く前に、ご挨拶に参上した次第です』
天照大御神は、
『汝に異心のないことを、私はどうすれば知ることができるのか』
と仰いました。
それに速須佐之男命は、
『各々が宇気比うけいをして子を産みましょう』
とお答えになりました。


※美豆羅とは角髪のことと言われています。
※五百津の美須麻流の珠とは、多くの珠を連ねた装飾品だと言われていま
 す。
※靭とは、矢を入れておく武具のことです。
※伊都之竹鞆とは、弓の反動に対する武具で、基本的に左肘に付けます。
※宇気比とは誓約とも書き、古代の占いの一種であり、あらかじめ決められ
 た結果が出るかどうかで吉凶を占うものです。


「太安万侶です。ゲストは那岐君と天照ちゃんと速須佐之男君のお三方です。まず那岐君、とうとう世代交代って感じだね」
「元々それを考えて多賀に移ったんだから、予定通りってことじゃねえの」
「お父さまには楽隠居していただくつもりでおりますのよ」
「そりゃ楽しみだぜ」
「上のお兄さまがどこかへ行っちゃってるから、ご挨拶ができないよ」
「わたくしにも挨拶など不要でしたのに」
「お姉さま、それはあんまりです。僕が母上のところへ行ってしまったら、もう会えないかもしれないと思い、わざわざお訪ねしたのに」
「そう、それはありがとうね。でもね、あなたが動くと世間が騒々しくなるの。わたくしは、どちらかと言えば賑やかなのは苦手ですから、あなたには動いてほしくないのよ」
「僕は騒々しいのですか? お父さまにも追い出されたし、お姉さまには騒々しいと言われるし、以前お兄さまにもしっかりしろよと言われましたし、いいところがないじゃないですか。ああ、また涙が出そうだ」
「わたくしも上の弟も、お父さまの言い付けを守り頑張っているのですから、あなたのような我がままには付き合ってられないの。分かるわね? だから、せめて邪魔だけはしてほしくないのよ」
「そのつもりもあって母上のところへ参ろうとしているのですが」
「わたくしのところは、あらかた治めることができつつありますが、上の弟は相当にてこずっているはずだわ。だから本当にお願いね」
「そのつもりです」
「では聞くけれど、海原は誰が治めるのかしら? あなたがイヤだと言って逃げてしまうのは勝手だけど、その皺寄せがわたくしや上の弟に来たら、あなたはどう責任を取るつもりなのかしら」
「僕は追い出された身ですから、海原を治めるのがどなたになろうと、それには関知しません。興味もありませんし。ですから、お姉さまやお兄さまに皺寄せが行ったとしても、後任を決めなかった方の責任だと思うのですが」
「お父さまは何かご意見がおありかしら」
「天照、お前の言いたいことは分かるが、もう少し末の弟に優しくできんか。せっかく挨拶に出向いた者に、それでは喧嘩腰ではないか。聞くところによると完全武装で出迎えたとか。お前には身内への情はないのか?」
「末の弟が我がままで、甘えん坊で、泣き虫で、暴れん坊なのは周知の事実です。事前に用向きを知らせるのならまだしも、突然大地を鳴動させて現れるなど、討たれても仕方のないことと考えましたの。ですが、お父さまがそうまで仰るのなら、もう少し態度を改めようと思います」
「それで良い。時に須佐、お前も我が一族の一員なら、そう簡単には泣くな。俺にとってお前の母上の最後の姿は見るに堪えないものであった。その母上とこれから一緒に暮らすのだから、お前には強くなってほしいと俺は思ってるよ」
「できるだけご期待に副えるように頑張ってみます」
「それで良い」
「それにしても、末っ子君が僕って言うのが何とも可愛らしいね」


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