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古事記百景 その二十四

大国主死す

至伯岐国之手間山本云ハハキノクニノテマノヤマモトニイタリテイヒケルハ
赤猪在此山コノヤマニアカイアルナリ
故和禮共追下者カレワレドモオヒクダリナバ。…自和以下二字以音…
汝待取イマシマチトレ
若不待取者モシマチトラズハ
必将殺汝云而カナラズイマシヲコロサムトイヒテ
以火焼似猪大石而イニニタオホイシヲヒモチテヤキテ
轉落マロハシオトシキ
爾追下カレオヒクダリ
取時トルトキニ
即於其石所焼著而死ソノイシニヤキツカエテミウセタマヒキ
爾其御祖命哭患而ココニソノミオヤノミコトナクウレヒテ
参上于天アメニマイノボリテ
請神産巣日之命時カミムスビノミコトニマヲシタマフトキニ
乃遣𧏛貝比売興蛤貝比売スナハチキサガヒヒメトウムギヒメトヲオコシテ
令作活ツクリイカサシメタマフ
爾𧏛貝比売岐佐宜集而カレキサガヒヒメキサゲコガシテ。…自岐以下三字以音…
蛤貝比売待承而ウムギヒメマチウケテ
塗母乳汁者オモノチシルトヌリシカバ
成麗壯夫而ウルハシキヲトコニナリテ。…訓壯夫云袁等古…
出遊行イデアルキキ

於是八十神見ココニヤソカミミテ
且欺率入山而マタアザムキテヤマニイテイリテ
切伏大樹オホギヲキリフセ
茹矢ヤヲハメテ
打立其木ソノキニウチタテ
令入其中ソノナカニイラシメテ
即打離其氷目矢而スナハチソノヒメヤヲウチハナチテ
拷殺也ウチコロシキ
爾亦其御祖命哭乍求者カレマタソノミオヤノミコトナキツツマギシカバ
得見ニエテ
即折其木而スナハチソノキヲサキテ
取出活トリイデイカシテ
告其子言ソノコニノリタマハク
汝有此間者イマシココニアラバ
遂為八十神所滅ツイニヤソカミニホロボサレナムトノリタマヒテ
乃速遣於木国之スナハチキノクニノオホヤビコノカミノ大屋毘古神之御所ミモトニイソギヤリタマヒ
爾八十神覓追臻而カレヤソカミマギオヒイタリテ
矢刺乞時ヤサストキニ
自木俣漏逃而去キノマタヨリクキノガレテサリタマヒキ
御祖命告子云ミオヤノミコトミコニノリタマハク
可参向須佐能男命所坐之根堅州国スサノヲノミコトノマシマスネノカタスクニニマイムキテバ
必其大神議也カナラズソノオホカミタバカリタマヒナムトノリタマフ


伯岐国ははきのくに手間山てまやまの麓に到着しました。

『この山には赤い猪がいる。我々が猪を追い、下に向かわせるから、お前はそれを待ち受けて捕らえろ。もし捕らえられなかったら代わりにお前を殺すからな』

と強い口調で八十神やそがみは言いました。

八十神やそがみたちは猪に似た石を真っ赤に焼き、山の上から転がします。

何も知らない大穴牟遅神オホナムヂノカミ八十神やそがみの言い付けを守り、真っ赤に焼かれた猪に似た石を捕らえようとして焼け死んでしまいます。

大穴牟遅神オホナムヂノカミが亡くなったことを知った母神は嘆き悲しみ、天に参上して神産巣日之命カムムスヒノミコトに、我が子を助けてくれるように頼みました。

神産巣日之命カムムスヒノミコト𧏛貝比売キサカイヒメ蛤貝比売ウムキヒメを遣わし、大穴牟遅神オホナムヂノカミを生き返らせるための治療を行います。

𧏛貝比売キサカイヒメ蛤貝比売ウムキヒメが協力して作った薬を、火傷に爛れた身体中に塗ると、その甲斐あってか麗しい青年になってなり、出歩くまでに回復しました。

大穴牟遅神オホナムヂノカミの復活を知った八十神やそがみは、またしてもはかりごとを巡らします。

大穴牟遅神オホナムヂノカミを山に連れて行き、大きな樹を切り伏せたところにくさびを打ち込んでおき、その中に大穴牟遅神オホナムヂノカミを入らせ、くさびを抜くことで切り伏せられていた大きな樹が元の形状に戻ろうとするのを利用し、挟み殺してしまいました。

母神はまたも嘆き悲しみますが、何とか大穴牟遅神オホナムヂノカミを探し出し、樹を裂いて助け出し、生き返らせました。

母神は、

『お前がここにいる限り、また八十神やそがみに殺されるかもしれない』

と仰り、木国きのくに大屋毘古神オオヤビコノカミのところへ逃がせてしまいます。

しかし、またしても八十神やそがみに追われ、矢をつがえたまま大穴牟遅神オホナムヂノカミを引き渡すよう求めるのです。

しかし、大屋毘古神オオヤビコノカミ木俣きのまたから大穴牟遅神オホナムヂノカミを逃がせてやり、

根堅州国ねのかたすくににいらっしゃる須佐能男命スサノオノミコトのところへ行きなさい。きっと良いように計らってくださることでしょう』

と仰いました。


※伯岐国とは鳥取県西部を指し、手間山とは鳥取県と島根県の境にある山の
 ことです。
※神産巣日之命は別天神の神産巣日神と同一神です。
※𧏛貝比売は赤貝のことであり、蛤貝比売は蛤のことです。
※𧏛貝比売と蛤貝比売が作った薬とは赤貝の貝殻の粉末を蛤の汁に溶いたも
 のだそうですが、火傷に効果があるかどうかは神のみぞ知るということで
 しょうか。
※母神の名は原文には記されていませんが、刺国若比売サシクニワカヒメと仰るそうです。
※木国は紀の国のことで和歌山県のことだと言われています。
※大屋毘古神は伊邪那岐神と伊邪那美神の神生みから生まれた神です。


「太安万侶です。今回は大穴牟遅神の母神の刺国若比売にお越しいただきました。どうしてもご子息をお助けになりたかったようですが」

「普通の母親なら、皆さんそうされるのじゃないかしら。特にあの子は多くの兄たちに虐げられていましたから、普段から心配はしていたのです」

「確かにそうですが、亡くなった方を蘇らせることまでは出来ない方が多いのじゃないでしょうか」

「わたくしには、その伝手があったということに過ぎませんわ」

「なるほど伝手ですか。つまり様々な方々との関係はとても重要だということですね」

「それなりに重要ではございましょうが、皆さんが皆さんとも重要とは申しません」

「なるほど、それぞれに優劣があったり、必要か不必要かがあると」

「それは当然のことですわね。皆さんが同じだけの力をお持ちなら、どなたかお一人だけで十分でございましょう」

「逆に多くのご兄弟を抑える方策はなかったのでしょうか」

「いつの世も母と息子の間には微妙な空気が流れています。吉と出るか、凶になるかは、わたくしとその子との相性次第です。もちろん吉となるように双方に努力は必要でございますわよ。良く母が出しゃばるとロクなことにならないと言われますが、わたくしもその通りだと思います」

「すべては上手くいかないのですね」

「それは有り得ないでしょ。自分にとってそんな世があるとすれば、あなたは満足できますか?」

「すべてが上手くいくのなら満足だと思うのですが」

「あなたはそうかもしれませんが、きっと多くの方はもっともっとと望むのではないかしら。結局満足は出来ないのだとわたくしは思っているのですが」

「そうお聞きすると、私も次から次を望むかもしれません。欲と言えばいいのか、限りがないということですね」

「一度目の復活は、他の方の協力を要請されましたが、二度目の復活はご自身の手で行われています。古事記には内容が記されておりませんので、教えていただけますでしょうか」

「方法が分かっていた訳ではないのです」

「どういうことですか?」

「偶然の産物だということです」

「偶然に助けられたと仰るのですか?」

「母として精一杯のことを、考えられることをすべて片端からしてみようと思っただけです。ですから、その通りだとしか申し上げられません」

「具体的には何をされたのでしょう」

「息子は樹の間に挟まれた状態でしたから、まずはそこから助け出せるように、試行錯誤を繰り返しました。そして何とか樹の間から助け出したのですが、そこから何をしたのか覚えていません。気が付けば息子が生き返っていたのです」

「無我夢中で御子息をお助けになったと。母親の鑑のような方ですが、最初に亡くなっていることをしっかり確認されたのでしょうか」

「場合が場合ですから、わたくしも冷静ではいられません。かなり気が動転しておりましたから、しっかりと死を確認しなかったように思います。ひょっとすると仮死状態だったのが息を吹き返しただけかもしれませんわね」

「いずれにしても母親とは強いものですね」

「強くないと何が起こるか分からないですからね」


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