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古事記百景 その三十

建御名方神

故爾問其大国主神カレココニソノオホクニヌシノカミニトヒタマハク
今汝子事代主神イマナガココトシロヌシノカミ
如此白訖カクマヲシヌ
亦有可白子乎マタマヲスベキコアリヤトトヒタマヒキ
於是亦白之ココニマタマヲシツヲク
亦我子有建御名方神マタアガコタケミナカタノカミアリ
除此者無也コレヲオキテハナシ
如此白之間カクマヲシタマフヲリシモ
其建御名方神ソノタケミナカタノカミ
千引石チビキイハヲ
擎手末而來タナスエニササゲテキテ
言誰來我国而タレゾワガクニニキテ
忍忍如此物言シヌビシヌビカクモノイフ
然欲為力競シカラバチカラクラベセム
故我先欲取其御手カレアレマヅソノミテヲトラムトイフ
故令取其御手者カレソノミテヲトラシムレバ
即取成立氷スナハチタチビニトリナシ
亦取成劒刃マタツルギバニトリナシツ
故爾懼而退居カレオソレテシリゾキヲリ
爾欲取其建御名方神之手ココニソノタケミナカタノカミノテヲトラムト
乞歸而取者コヒカエシテトレバ
如取若葦ワカアシヲトルガゴト
搤批而投離者ツカミヒシギテナゲハナチタマヘバ
即逃去スナハチニゲイニキ
故追往而カレオヒユキテ
迫到科野国之州羽海シナヌノクニノスハノウミニセメイタリテ
将殺時コロサムトシタマフトキニ
建御名方神白タケミナカタノカミマヲシツヲク
カシコシ
莫殺我アヲナコロシタマヒソ
除此地者コノトコロヲオキテハ
不行他処アダシトコロニユカジ
亦不違我父大国主神之命マタアガチチオホクニヌシノカミノミコトニタガハジ
不違八重事代主神之言ヤヘコトシロヌシノカミノコトニタガハジ
此葦原中国者コノアシハラノナカツクニハ
隨天神御アマツカミノミコノミコトノマニマニ子之命獻タテマツラムトマヲシタマヒキ

故更且還來カレサラニマタカヘリキテ
問其大国主神ソノオホクニヌシノカミニトヒタマハク
汝子等ナガコドモ
事代主神コトシロヌシノカミ
建御名方神二神者タケミナカタノカミフタリハ
隨天神御子之命アマツカミノミコノミコトノマニマニ
勿違白訖タガハジトマヲシヌ
故汝心奈何カレナガココロイカニゾトトヒタマヒキ
爾答白之ココニコタエマツヲク
僕子等二神隨白アガコドモフタリノマヲセルマニマニ
僕之不違アレモタガハジ
此葦原中国者コノアシハラノナカツクニハ
隨命既獻也ミコトノマミマニスデニタテマツラム
唯僕住所者タダアガスミカヲバ
如天神御子之天津日繼所知之アマツカミノミコノアマツヒツギシラシメサム
登陀流天之御巣而トダルアマノミスナシテ。…自登以下三字以音下效此…
於底津石根ソコツイハネニ
宮柱布斗斯理於高天原ミヤバシラフトシリタカマノハラニ。…布斗斯理四字以音…
氷木多迦斯理而ヒギタカシリテ。…多迦斯理四字以音…
治賜者僕者オサメタマハバアハ
於百不足八十坰手隠而侍モモタラズヤソクマデニカクリテサモラヒナム
亦僕子等マタアガコドモ
百八十神者モモヤソカミハ
即八重事代主神ヤヘコトシロヌシノカミ
為神之御尾前而カミノミヲサキトナリテ
仕奉者ツカヘマツラバ
違神者非也タガフカミハアラジ

如此之白而カクマヲシテ
(乃隠也スナハチカクリマシキ)。
故隨白而カレマヲシタマヒシマニマニ
於出雲国之多芸志之小濱イヅモノクニノタギシノヲバマニ。…多芸志三字以音…
造天之御舍而アメノミアラカヲツクリテ
水戸神之孫ミナトノカミノヒコ
櫛八玉神クシヤタマノカミヲ
為膳夫カシハデトシテ
獻天御饗之時アメノミアヘタテマツルトキニ
禱白而ネギマヲシテ
櫛八玉神化鵜クシヤタマノカミウニナリテ
入海底ワタノソコニイリテ
咋出底之波邇ソコノハニヲクヒイデテ。…此二字以音…
作天八十毘良迦而アメノヤソビラカヲツクリテ。…自毘以下三字以音…
鎌海布之柄メノカラヲカリテ
作燧臼ヒキリウスニツクリ
以海蓴之柄コモノカラヲ
作燧杵而ヒキリギネニツクリテ
鑽出火云ヒヲキリイデテマヲサク

是我所燧火者コノアガキレルヒハ
於高天原者タカマノハラニハ
神産巣日御祖命之登陀流天之新巣之凝烟之カミムスビノミオヤノミコトノトダルアメノニヒスノススノ。…訓凝姻云州須…
八拳垂摩弖焼擧ヤツカタルマデタキアゲ。…麻弖二字以音…
地下者ツチノシタハ
於底津石根焼凝而ソコツイハネニタキコラシテ
𣑥繩之千尋繩打延タクナハノチヒロナハウチハヘ
為釣海人之ツラセルアマガ
口大之尾翼鱸オホクチノヲハタスズキ。…訓鱸云須受岐…
佐和佐和邇控依騰而サワサワニヒキヨセアゲテ。…佐和佐和邇五字以音…
打竹之登遠遠登遠遠邇サキタケノトヲヲトヲヲニ。…此七字以音…
獻天之眞魚咋也アメノマナグヒタテマツラムトマヲシキ

故建御雷神カレタケミカヅチノカミ
返参上カヘリマイノボリテ
復奏言向和平葦原中国之状アシハラノナカツクニヲコトムケヤハシシサマヲマヲシタマヒキ


建御雷神タケミカヅチノカミ大国主神オオクニヌシノカミに、

『今そなたの子事代主神コトシロヌシノカミはこの国は天つ神に奉りましょうと言ったけれど、他にも話を聞く必要のある子はいますか』

とお尋ねになります。

大国主神オオクニヌシノカミは、

『他には建御名方神タケミナカタノカミがいます。ですが、これ以外にはありません』

とお答えになります。

大国主神オオクニヌシノカミがそのように仰っている間に、建御名方神タケミナカタノカミは、千人ほどで引かなければならないほどのおおきないわを手でもてあそびながらやって来て

『俺の国にやって来て、こそこそと物言う奴は誰だ。それほど言いたいことがあるのなら俺と力競べをしろ。まずはお前の手を取って見せてやろう』

と仰いました。

建御名方神タケミナカタノカミ建御雷神タケミカヅチノカミの手を取ると、その手は氷の柱となり、さらには剣となり建御名方神タケミナカタノカミを襲おうとします。

驚いた建御名方神タケミナカタノカミは恐れて退しりぞくのですが、今度は建御雷神タケミカヅチノカミ建御名方神タケミナカタノカミの手を取り、まるで若い葦を引っこ抜くように投げ飛ばし、ついに建御名方神タケミナカタノカミは逃げ出してしまいます。

しかし、建御雷神タケミカヅチノカミはどこまでも追いかけてきて、とうとう科野国しなののくに州羽海すわのうみに追い詰め、殺してしまおうとした時、建御名方神タケミナカタノカミは、

『どうか殺さないでくれ。今後はこの地を除いてはどこにも行かない。また我が父、大国主神オオクニヌシノカミの命にも八重言代主神ヤエコトシロヌシノカミの言にも従う。この葦原中国あしはらのなかつくには天つ神の御子の命ずるままに致しましょう』

と仰いました。

建御雷神タケミカヅチノカミは出雲へと戻って来て、大国主神オオクニヌシノカミに、

『そなたの子の事代主神コトシロヌシノカミ建御名方神タケミナカタノカミの二柱の神は、天つ神の御子の命に従うと言うが、そなたの心は如何に』

とお尋ねになりました。

大国主神オオクニヌシノカミは、

『私の子の二柱の神の言う通りにしましょう。そして葦原中国あしはらのなかつくには天つ神の御子の命のままに献上いたしましょう。ただし私の住まいを天つ神の御子が天津日継所あまつひつぎどころのように、宮柱を底深くから立て、高天原たかまがはらに届くほどに高く千木ちぎを立てた宮をお造りいただけるなら、私はその中の何処かに隠れておりましょう。また私の子の百八十神ももやそがみ八重言代主神ヤエコトシロヌシノカミと共にあれば異を唱える神はいないでしょう』

と仰り、出雲国の多芸志たぎし小浜おはま天之御舎あめのみあらかを造り、水戸神ミナトノカミの孫の櫛八玉神クシヤタマノカミが料理をし、あめ御饗みあえとして天つ神に献上しました。

その時、櫛八玉神クシヤタマノカミは鵜と化し、海底の波迩はにを咥えてきて八十毘良迦やそびらかを造り、また海藻の茎を刈り取り燧臼ひうちうす燧杵ひうちきねを造り、火をおこし、

『今私が作り出した火は、高天原たかまがはら神産巣日御祖命カムムスヒノミオヤノミコトの新しい宮に煤が垂れ下がるほどに焚き上げ、地の下は底の石まで硬く焼き固めて、長い縄を伸ばして釣りをする海人が釣り上げた口の大きな尾鰭の立派なすずきを引き寄せ、器から食み出すほどの豪華なお料理を献上いたしましょう』

と申されました。

建御雷神タケミカヅチノカミ高天原たかまがはらに戻り、葦原中国あしはらのなかつくにを無事に平定したことをご報告されたのでした。


※建御名方神は長野県諏訪市・諏訪大社の祭神です。大国主の子となっていますが、出自は不明です。
※科野国の州羽海は長野県諏訪市・諏訪湖のことです。
※天津日継所とは皇位を継承するための場のことです。
※出雲国の多芸志の小浜は島根県出雲市付近の海岸を指しますが、場所は特定されていません。
※天之御舎とは立派な宮殿のことです。
※水戸神とは伊邪那岐と伊邪那美の間に生まれた速秋津日子神と速秋津比売神のことです。
※天の御饗とはご馳走のことです。
※波迩とは海底の土のことで、以前に赤土をハニと読んだのと同じことです。
※八十毘良迦とは多くの平たい皿のことです。
※燧臼と燧杵とは海藻の固い部分を使って臼と杵にしたということですが、それを擦り合わせて火を熾したとあります。果たして海藻でそれが可能でしょうか。ましてや濡れているのに。
※神産巣日御祖命は神産巣日神と同一です。
※煤が垂れ下がるほどにというのは永く栄えるようにとのことです。
※地の下は底の石まで硬く焼き固めてというのは揺るぎがないということです。
※建御雷神が高天原に戻ったことで、国譲りが完了しました。


「太安万侶です。今日は大国主神に来てもらいました。国譲りが終わりましたね」

「そうだね。もう少し抵抗があるかと思ったけど、意外とすんなり終わっちゃったよね。特に建御名方は何だいあれ。普段から力自慢で、身体も鍛えているくせに、簡単に捻られちゃったよね」

「それだけ高天原には人材が揃っているということでしょうか」

「それはそうでしょ。でもね高天原の支配もそんなに長くは続かないかもしれないよ」

「どうしてそう思われるのでしょう」

「だってね、息子の建御名方が諏訪の地まで逃げてそこに留まってるんだけど、地元の方々が息子を祀る神社を造ってくれたんだよ。そしてそれがあちこちに広がったりしてるんだよ。これってスゴくない?」

「神社があちこちにできるのは別に珍しいことではないと思いますが」

「だって、我々国つ神は天つ神に支配されたというか、負けた側の神なんだよ。それが祀られて、さらには広がるなんて、普通は考えられないんじゃないのかなあ。親としては息子を祀っていただいている地元の方々に感謝しかないね」

「そう言われれば、負けた側の神を祀る神社が全国に展開されるなど稀なことかもしれませんね」

「最初に青垣の中に隠れてしまった八重言代主も化けちゃうんだよね」

「化けるとは?」

「古事記では記されていないけれど、恵比寿神として信仰され、全国に祀られているんだよ」

「恵比寿神としては蛭子が有名ですけれど」

「そうだね。恵比寿は海の向こうから流れ着いたものの総称で、蛭子もその一つなんだよ」

「なるほど、それで何がきっかけで息子さんが恵比寿神に?」

「海の向こうから来た外来の神が恵比寿で、釣り好きの息子と海から来た神が習合して、息子も恵比寿神の仲間入りを果たしたってことだよ」

「そんな安易な理由なんですか」

「そればっかりじゃないだろうけど、まあそんな感じだよ。でも驚くのはここからで、蛭子を中心とした恵比寿神より、息子を中心とした恵比寿神の方が多いらしいんだよ。ビックリするだろ?」

「神の御利益と言いますか、効能・効果には違いがないんでしょ?」

「それはそうでしょ、恵比寿神の括りだから逆に違いがあったら困るじゃない。息子は恵比寿神だけではなく、単独で息子の名で祀られている神社もあるようなんだよね。天つ神を受け入れた後、突然隠れてしまった訳だけど、まあ活躍しているようだから一安心だよね」

「有名な二柱の息子さんが活躍されていて何よりですね」

「そうだろ、私も鼻が高いよ」

「それはそうと、越の国と佐渡島を除く畿内より東の地が初めて出てきましたね」

「信濃の国・諏訪だね」

「あの国土はどちらの神がお造りになったのでしょうね」

「それは知らないなあ」

「ご存じないですか」

「こちらの伊邪那岐と伊邪那美のような神が他にもいらっしゃるということなんじゃないの。元々そこにあったとか?」

「いずれこんなことになるだろうとは思ってましたけどね」


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