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古事記百景 その二十九

八重事代主神

於是天照大御神詔之ココニアマテラスオホミカミノリタマハク
亦遣曷神者吉マタイヅレノカミヲツカハシテバエケム
爾思金神及諸神白之カレオモヒカネノカミマタモロモロノカミタチマヲシケラク
坐天安河河上之天石屋アメノヤスノカハノカハカミノアメノイハヤニマス
名伊都之尾羽張神ナハイツノヲハバリノカミ
是可遣コレツカハス。…伊都二字以音…
若亦非此神者モシマタコノカミナラズハ
其神之子建御雷之男神ソノカミノコタケミカヅチノヲノカミ
此應遣コレツカハスベシ
且其天尾羽張神者マタソノアメノヲハバリノカミハ
逆塞上天安河之水而アメノヤスノカハノミヅヲサカサマニセキアゲテ
塞道居故ミトヲセキヲレバ
他神不得行アダシカミハエイマジ
故別遣天迦久神カレコトニアメノカクノカミヲツカハシテ
可問トフベシトマヲシキ
故爾使天迦久神カレココニアメノカクノカミヲツカハシテ
問天尾羽張神之時答白恐之アメノヲハバリノカミニトヒタマフトキニコタヘマヲサク
仕奉ツカヘマツラム
然於此道者シカレドモコノミチニハ
僕子建御雷神可遣アガコタケミカヅチノカミツカハスベシトマヲシテ
乃貢進スナハチタテマツリキ
爾天鳥船神カレアメノトリフネノカミヲ
副建御雷神而遣タケミカヅチノカミニソヘテツカハシキ

是以此二神ココヲモテモノフタハシラノカミ
降到出雲国伊那佐之小濱而イヅモノクニノイナサノヲバマニクダリツキテ。…伊那佐三字以音…
拔十掬劒トツカツルギヲヌキテ
逆刺立于浪穂ナミノホニサカサマニサシタテテ
趺坐其劒前ソノツルギノサキニアグミイテ
問其大国主神言ソノオホクニヌシノカミニトヒタマハク
天照大御神高木神之命以アマテラスオホミカミタカキノカミノミコトモチテ
問使之トヒニツカハセリ
汝之宇志波祁流葦原中国者ナガウシハケルアシハラノナカツクニハ。…自宇以下五字以音…
我御子之所知国アガミコノシラサムクニト
言依賜コトヨサシタマヘリ
故汝心奈何ナガココロイカニゾトトヒタマフトキニ
爾答白之コタヘマヲサク
僕者不得白アハエマヲサジ
我子八重言代主神アガコヤエコトシロヌシノカミ
是可白然コレマヲスベキシカレドモ
為鳥遊取魚而トリノアソビスナドリシニ
往御大之前ミホノサキニユキテ
未還來イマダカヘリコズトマヲシキ
故爾遣天鳥船神カレココニアメノトリフネノカミヲツカハシテ
徴來八重事代主神而ヤエコトシロヌシノカミヲメシキテ
問賜之時トヒタマフトキニ
語其父大神言ソノチチノオホカミニ
恐之カシコシ
此国者コノクニハ
立奉天神之御子アマツカミノミコニタテマツリタマヘトイヒテ
即蹈傾其船而スナハチソノフネヲフミカタムケテ
天逆手矣アマノサカテヲ
於青柴垣打成而アヲフシガキニウチナシテ
隠也カクリタマヒキ。…訓柴云布斯…


天照大御神アマテラスオオミカミは、

『次に遣わすのはどの神にすべきか』

とお尋ねになり、思金神オモイカネノカミと諸神は、

あめやすかわ河上かわかみあめ石屋いわやにいる伊都之尾羽張神イツノオハバリノカミを遣わすべきでしょう。もしこの神がダメな場合は、その子である建御雷之男神タケミカヅチノオノカミを遣わすべきでしょう。また、天尾羽張神アメノオハバリノカミあめやすかわの水を塞き止めて道を塞いでいますので、他の神では行き着くことができませんから、天迦久神アメノカクノカミを遣わし命に服させるべきでしょう』

とお答えになりました。

天迦久神アメノカクノカミ天尾羽張神者アメノオハバリノカミ天照大御神アマテラスオオミカミの命を伝え、従う旨があるかと問われ、それに答えて、

『畏まりました。お仕えいたしますが、このお勤めであれば我が息子の建御雷神タケミカヅチノカミを遣わすべきです』

と仰いました。

そこで建御雷神タケミカヅチノカミ天鳥船神アメノトリフネノカミを副えて遣わしました。

この二神は出雲国いずものくに伊耶佐之小浜いざさのおばまに降り立ち、十掬剣とつかのつるぎを抜き、逆さまに浪の穂に突き立て、その剣先に胡坐あぐらを組んで座りながら、大国主神オオクニヌシノカミに、

『私は天照大御神アマテラスオオミカミ高木神タカギノカミの命により、そなたに問うためにお使いに参った。そなたの宇志波祁流うしはける葦原中国あしはらのなかつくには、我が御子が治めるべき国だと仰ったのだが、そなたの答えは如何に』

と問われた。

大国主神オオクニヌシノカミは、

『私はその問いにお答えすることができません。我が子の八重言代主神ヤエコトシロヌシノカミがお答えすることでしょう。しかし、彼は鳥を狩りに、また魚を釣りに御大之前みほのみさきに行ったまま未だ還って来ません』

とお答えになりました。

そこで天鳥船神アメノトリフネノカミを遣わし、戻ってきた八重言代主神ヤエコトシロヌシノカミは問いに対し父の大国主神に、

『畏まりました。この国は天つ神の御子にたてまつりましょう』

とお答えになり、その船の縁を踏んで傾け、天の逆手を打ち、船を青柴垣に変え、その中に隠れてしまわれました。


※伊都之尾羽張神は伊邪那岐神が火之迦具土神を斬った剣のことです。
※建御雷之男神は火之迦具土神が斬られた時に飛び散った血から生まれてい
 ます。
※天尾羽張神は伊都之尾羽張神の別名です。
※天迦久神は鹿の神と言われています。
※天鳥船神は伊邪那岐神と伊邪那美神から生まれています。
※出雲国の伊耶佐之小浜は島根県出雲市稲佐浜だと言われています。
※宇志波祁流とは所有するとか領有するとかの意味です。
※八重言代主神は事代主神のことです。
※御大之前は美保の埼のことです。
※その船とは古事記にはこれ以降、出番はありませんから天鳥船神のことの
 ようです。
※天の逆手とは特別な柏手のようです。


「太安万侶です。ゲストは八重言代主神です。展開が早かったですね」

「そうでしたね。事情も良く呑み込めぬまま、こんな話しが来てるけど、お前ならどうするって父に聞かれて、本編のように答えたんだけど、最後は父が決めるだろうと思っていたから。弟がちょっと暴れたみたいだけど、あれが最終決定になろうとは驚きでしたよ」

「その話はこの後で出てきますから」

「そうなんですね。時間軸もよく分かってないようだな。これ以上話すことがないんですけれど」

「じゃあ、話題を変えましょう。釣りはお好きですか?」

「まあそれなりですね。この時代の連中は、狩りや釣りが基本的に好きですよ」

「そう言われればそうですね」

「できないと仲間外れにされる程度には盛んだったし、グループも相当な数があったと思いますよ」

「話が続きませんね。それではどうして最後は隠れてしまわれたのでしょう」

「ああいうヤバい現場に長居は無用でしょ。だから素早く隠れたんですよ」

「話の成り行きを確認しようとは思われなかったのですか」

「父がいましたから、基本お任せですね」

「高天原のやり方についてはいかがですか」

「父が苦労に苦労を重ね、他の神の協力もあり、私たちも少しは手伝いましたし、ようやく完成させた国ですから、横からトンビに油揚げを攫われるようで、正直面白くないですよ」

「でもあっさりと引いてしまった」

「初めにも言いましたけど、最後は父が決めると思ってましたから」

「どうすればよかったのでしょう」

「それは分かりませんが、まず奴らの言い分が気に食わないですね」

「どの部分ですか?」

「元々高天原のモノだから天つ神が治めるのが当然みたいな感じだったじゃないですか、確かに土地を生んだのは天つ神かもしれませんよ、でも開墾し、整地し、住居を作り、作物を作り、住む方々を増やし、豊かな生活が営まれるように色々と整備してきたのは、父を筆頭にした国つ神じゃないですか。それを今さら何だよって思いませんか」

「お父上も基を正せば天つ神の系譜ですよね」

「ずいぶん遡りますけどね」

「あなたは国つ神としてのプライドをお持ちなんですね」

「父を見てると女性には少々だらしなくても、誰からも好かれているじゃないですか。そんな父に育てられましたから、自然と矜持が備わったんですよ」

「なるほど、それでこれからどうしますか?」

「天つ神と争うことは避けたいから、別の活躍の場を探してみますよ。最後に一つだけいいですか」

「どうぞ」

「少名毘古那のおじさんは天つ神出身なんですよ、母上が別天神の一柱ですからね。一方で御諸山にご鎮座された神もずいぶんとお手伝いされましたよね」

「話しが見えませんが」

「つまり、天つ神と国つ神、オマケに御諸山のある大和までが協力して葦原中国を造ったことにしたいようなんです。その上で統治権は天つ神が持つなんて、ひどくないですか」

「天つ神のやり方はいつも周到なんですよね」

「やっぱりそう思いますか?」

「まあ、他人の持ち物を欲しがるのは習性みたいなものなのではないでしょうか」

「いやいや、一緒に食事している時に、そのお肉一切れ頂戴とかと訳が違いますから」

「同じ神同士なんですから、上手くやってくださいよ」


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   古事記百景 その一     古事記百景 その二
   古事記百景 その三     古事記百景 その四
   古事記百景 その五     古事記百景 その六
   古事記百景 その七     古事記百景 その八
   古事記百景 その九     古事記百景 その十
   古事記百景 その十一    古事記百景 その十二
   古事記百景 その十三    古事記百景 その十四
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   古事記百景 その二十三   古事記百景 その二十四
   古事記百景 その二十五   古事記百景 その二十六
   古事記百景 その二十七   古事記百景 その二十八


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