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ひみの連載ストーリー
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2021年9月の記事一覧

第67話 快刀乱麻

第67話 快刀乱麻

 風の強い日だった。
バスツアーから二週間と少し。その日はあきらの志望校の文化祭だった。

 主要駅から坂道沿いを少し歩く高校の、祝日を利用した行事。近隣のパーキングは埋まっている可能性が高かった。旦那には、行きと帰りの送り迎えをお願いしていた。
 工事関係の仕事をしている旦那は、私とあきらを高校まで送って現場を一件回ったあと、大体の時間でのお迎えを約束してくれていた。
 行きの車内は特に決定的な

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第66話 いざ鎌倉

第66話 いざ鎌倉

 バスツアー当日の朝は、あきらに協力してもらっていつもより一時間以上も早く家を出た。
 PTAの関連行事、車椅子優先駐車場とはいえ、学校敷地内にさすがに丸一日も車を停めておくことは控えたくて、一度家まで帰宅してから徒歩で再び集合できるように時間の段取りをしておいた。

 朝七時の学校は、私にとってもあきらにとっても新鮮だった。運動部の子も文化部の子も朝練組は校舎の開門を待っていて、教職員用の駐輪場

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第65話 発火

第65話 発火

 想いが、堂々巡りしている。
ぐるぐると、葛藤している。
 毎日スサナル先生の本心を知りたいと望み、毎日自分の感情を知られてはいけないと隠し、ずっと同じ場所を、ただただ回っている……。

 PTA会議室に出入りをするようになると、あの先生が思った以上に、日々たくさんのお母さんたちに囲まれているということに気がついた。
 一人一人に真摯に対応しているのを見ると、私など一瞬で、その他大勢のうちの一人と

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第63話 不安を抱えた勝利の女神

第63話 不安を抱えた勝利の女神

 これは……逆によかったのかもしれない……。

 見えない偶然に誘われて引き受けた成人委員の活動は、放課後に職員室の奥にあるPTA会議室を使って行われることが多かった。そして、運動部の顧問の他にも、様々な役職で学校内を行き来しているスサナル先生に偶然会うことも多くなった。

 反対にヤマタ先生はその時間、音楽室を中心にパート練習ごと各教室を回っているので、三階四階まであがりさえしなければ顔を合わせ

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番外編 スサナルとあきら2

番外編 スサナルとあきら2

〈30秒で読めるよの巻〉

 スサナル先生は何でもできる。

 元々理系が得意な上で、人の心の機微に魅せられたくさんの小説を読むうちに、日本語の持つ深さと面白さに目覚めて今は国語を教えている。
 生徒と一緒にテストを受ければまったくノー勉にも関わらず、社会で98点を取ったこともあった。

 ギターが弾けて、運動ができて、身長も高くて頭もいい。

 そんなスサナル先生を前にして、あきらがとんでもない

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第62話 豊穣の女神

第62話 豊穣の女神

 秋が過ぎ冬が過ぎ、再び春になった。

 春休み中、私は埼玉に住む友人のつきちゃんから誘いを受けて、大宮まで遊びに行った。その日はまだ三月なのにまるで初夏のような陽気で、さすがに日傘の出番には早すぎると思っていたけど、実際にさしている人を見かけた時には自分も持ってくればよかったかなとちょっとだけ後悔した。

 駅ビルでのランチのあと、東口へ出てそのまましばらくまっすぐ歩く。やがて街路樹のトンネルの

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第61話 咲くや此の花

第61話 咲くや此の花

 その年何度目かの大型台風だった。
坂の途中の、北西の擁壁上に建つ我が家は、遮る物なく真っ先に風を受けるので、すごい勢いで家が揺れる。真夜中、あまりの揺れと轟音で、すっかり目が覚めてしまった。

 一人リビングに小さな明かりをつけて、先週買った本の続きを読んで眠気を誘い込もうとしたが、そこから約二時間、結局午前四時前には読了してしまった。
 外はまだ真っ暗で、吹き付ける風の音が凄まじい。まだまだ眠

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第60話 バランスがうまく保てない

第60話 バランスがうまく保てない

 ブレーカーが、突然落ちた。
もしくは別の例えをするなら、強制シャットダウン。

 その日、私はけーこのイベントの搬入を手伝っていた。
 私のほうの切り絵作りは、スサノオの娘「市杵島姫(イチキシマヒメ)」が出現したのを最後に止まってしまったていたが、けーこはあれからも様々なハンドメイド作品を作り出し、再び個展を開催するという。

 什器やディスプレイ小物などを合わせるとそこそこ大荷物になることはわ

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第59話 弘法大師

第59話 弘法大師

『PTA成人教育委員会主催 県内日帰りバスツアー参加者募集のお知らせ』

 子供が学校にいる時間を利用した工場見学とバーベキュー、アウトレットモールでの買い物ツアーのお誘いの手紙に、初めは特に興味は湧かなかった。大人になると、工場見学の機会はないので確かに少し面白そうではあったけど、だからといって、知らない人と乗り合わせてまで出掛ける意義も見いだせなかった。

 せっかくだけど不参加で。
そう思っ

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第58話 捕囚

第58話 捕囚

 真夜中、深く魘(うな)される。
「今晩、あいつに見つかりませんように」と結界を張ってから眠りにつくのに、それでも時々突破されてしまう。

 学校で、校舎の外を歩く時は、日傘を深くさして周囲から顔が見えないように。受付横の待ち合いスペースであきらのことを待つ時も、一番奥の壁に囲まれた席を陣取り本を開いて、基本は下を向いている。

 どうしてこんなにコソコソと、隠れるように昼間も過ごし、その上睡眠を

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番外編 スサナルとあきら1

番外編 スサナルとあきら1

 あきらが小学校から中学校に上がって驚いたことのひとつに、運動会と体育祭の練習時間の違いがある。

 中学校の体育祭は、月曜日から金曜日までのたった五日間、突貫で練習が行われ、翌土曜日が本番となる。
 毎年ゴールデンウィークが明けた週を丸々潰して練習に当てるのだが、ちょうど天候が不安定な時期なのか、基本真夏日のような暑さの中にどこかで必ず一日だけ、やたら寒い日(もしくは雨の日)が割り込んでくる。

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第57話 記録と記憶

第57話 記録と記憶

 体育祭や校外学習といったいくつかのイベントごとでさえも、今年は私に無慈悲だった。去年はあんなに会えたのに、子供の担任から外れるというだけで、こうも関係性がなくなるものなのか……。

 三週間ほど前、偶然スサナル先生に会えた時に借りた本たちは、未だ私の手元にある。読み終わってから毎日小さな紙袋に入れて持ち運んではいるけれど、なかなか返すあてがない。

「僕は本なら何でも読みます。読書に関して僕は本

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第56話 灰色模様

第56話 灰色模様

 あきらのスサナルロスは激しかった。
“ママみ”が強い島Tのことはあきらもすっかり気に入っていたけど、それでも毎日今までよりも、元気がないことが多くなった。

 テーブルに伏せて、リハビリルームのベッドの上で、果ては階段の途中に寝そべってまで、あきらは架空のダイイングメッセージを書き続けた。

『犯人は ス サ……』

 うつ伏せの姿勢で指先でそこまで書くと、必ずバタッと倒れ込んで、それから想いに

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第55話 perfect situation

第55話 perfect situation

 春休み明けのその日は、すっきりと晴れてはいたけど風が冷たくて、校舎内に入るとその暖かさにホッとした。

 旧一年8組の教室まで送ると、今は五人となった友人達が「また同じクラスになりたいね」とあきらの元に近寄ってきた。聞けば今日は、Rも保健室に登校しているとのことで、そのことがわかって少し安心した。

 この日のスケジュールは一旦前のクラスに集まって、朝のホームルームでクラス替えのプリントをもらっ

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