見出し画像

第65話 発火



 想いが、堂々巡りしている。
ぐるぐると、葛藤している。
 毎日スサナル先生の本心を知りたいと望み、毎日自分の感情を知られてはいけないと隠し、ずっと同じ場所を、ただただ回っている……。


 PTA会議室に出入りをするようになると、あの先生が思った以上に、日々たくさんのお母さんたちに囲まれているということに気がついた。
 一人一人に真摯に対応しているのを見ると、私など一瞬で、その他大勢のうちの一人として飲まれてしまう。

 『特別』だと思い込んでいるのはひょっとしたら自分だけだったのかもしれない。あの先生が三学年の学年委員さんに、「寺本さん」と呼び止めているのを聞いてしまった。

 なんだ、あの人、保護者のことを名前で呼ぶことできるんじゃん……。

 私はまだ、苗字で呼ばれたこともない。なんなら以前は「お母さん」と呼ばれていたのに、いつからかそれですら、“呼びかけられる”ということ自体がまったくなくなってしまっていた。


 こういう時にけーこに連絡をして「先生のことを占ってほしい」と頼めれば、彼女はきっと、私を許してくれるだろう。
 だけどそれすらできないまま、けーこに連絡を取らない期間はすでに十か月にもなっていた。

 自分の「好き」に、蓋ができなくなっていた。感情を押し殺すことに、ずっと苦しさを感じていた。

 もういい、だったらもう寝る!
このままこの宙ぶらりんな世界に、私はいつまでもグダグダ回っていたくない。
 寝て、ちゃんと先生に会いに行ってくる!

 それから急いで寝る支度をした。

 隣のベッドの主は、まだ自室で動画を見ながら大笑いしている。向こうも窓を開けているのだろう、動画の音声と旦那の声とが外を経由して入ってくる。珍しく風が涼しい晩だったけど、窓を閉めてからエアコンをつけ、足先までしっかりと布団に包(くる)まった。

……


「結婚指輪、してないよ。」

 サッカースタジアムの観客席のような所で、私は自分の左手を、右側にいるスサナル先生に見せていた。

 先生の奥にも人の気配があって、また、私の左側にもおじさんが一人いた。だけどその四人の他には、観客席にも緑色のグラウンドにも、唯の一人もいなかった。

「ほら私、指輪、してませんよね。」

 そう言って私は、隣に座るおじさんにも手を見せて、しっかり確認してもらう。

「先生のは、素敵なデザインだね。でもちょっと変わってる。ああ、でも先生の指輪は右手だね。」

 スサナル先生が右手につけていたのは、指の直径サイズくらいの四角と丸のシルバーがチェーンのように連なって、薬指の付け根から人差し指の付け根まで手のひらの中でジャラジャラと弧を描くもので、指輪とはまるで呼べない別のもの。

 その風変わりな指輪をまじまじと見つめていたのに、気づいたらいつの間にか先生は私の目の前にいて、それから両手を優しく包んでくれていた。

 私の両手をすっぽり包む先生の両手は、とても大きくて温かかった。きっと先生からしたら、冷え症の私の手の冷たさが際立っただろうなと思ったのでつい、「私の手、いつも冷たいんですよ。」と言ってみた。

 するといきなり、心臓を起点に私の身体の芯が熱くなった。まっすぐ見つめる視線に射抜かれ、内側から身体が発火していた。
 思わず布団を剥ぎたくなって、「熱い」と口にしそうになるほどに、肉体も幽体も発火していた。
 あり得ない熱感は瞬く間に放射状に広がり、手先足先までもが熱さと共に歓喜していた。長いこと二人で向き合い、その感覚に浸っていた。


 私を“勝ち得た”スサナル先生の横顔が、心からの満足感と共に、これからの世界を挑むように見据えていた。愛する者を自分が守れるという喜びが、決意の視線を未来に向けていた。
 私はその横顔を見上げると、先生の胸の上に、そっと自分の頭を載せた。


written by ひみ

⭐︎⭐︎⭐︎

実話を元にした小説になっています。
ツインレイに出会う前、出会いからサイレント期間、そして統合のその先へ。
ハイパーサイキックと化したひみの私小説(笑)、ぜひお楽しみください。


⭐︎⭐︎⭐︎

←今までのお話はこちら

→第66話はこちら


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?