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物語のようなもの

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短いお話を思いついた時に書いています。確実に3分以内で読めます。カップ麺のできあがりを待ちながら。
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2022年8月の記事一覧

『コスモス』

『コスモス』

今年も庭のコスモスが花を咲かせている。
20坪ほどある庭の片隅に、身を寄せ合うように淡い色の花が揺れている。
この家を買う時に、駐車場とは別に、狭くても庭のある家にしようと妻と話し合った。
郊外の開発されたばかりの分譲地に、それでも無理してローンを組んだ。
妻が懸命にやりくりする給料も、世間の景気の拡大とともに順調に上がり続けた。
肩書きも、ひとつふたつと上がり、部下も増えた。

その間に、子供も

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『捨てられた世界の果てに』

『捨てられた世界の果てに』

どうして歴史なんか学ばなければならないのですか。
そう食ってかかってきたのは、F君だ。
夏休み前の最後の授業で、宿題を出した。
世界史に関すると思うものについてレポートを書きなさい。
ただし、原稿用紙にして、10枚以上。
資料、図等は枚数に含みます。
かなりサービスしたつもりだ。
世界史に関するものなど、逆に関係しないものを探すのが難しい。
夏休みの家族旅行だって、こじつけることが可能だ。
それに

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『タイムスリップコップ』 # 毎週ショートショートnote

『タイムスリップコップ』 # 毎週ショートショートnote

「あら、このコップ、誰のかしら。
どこかでもらったのだったかしら。
まあ、いいわ。
あなた、このコップでいいでしょ」
こんな光景が、あなたの家でも見られないだろうか。
いつからあるのかわからないコップが、戸棚の奥から現れる。
そしてある日。
「あら、このあいだのコップ、どこに行ったかしら。
あなた、知らない?
この戸棚にしまったんだけどなあ。
まあ、いいわ。
また、そのうちに出てくるわよね」

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『今から帰るよ』

『今から帰るよ』

夕食のしたくをしていると、スマホが震え出した。

手を止めて、エプロンのポケットからスマホを取り出す。

いつもの、「今から帰るよ」のメッセージ。

だが、その日、夫は帰ってこなかった。

次の日も同じ時間に、メッセージが入る。

そして、夫は帰ってこない。

次の日も、その次の日も。

さすがに、これだけ続けば不安になる。

それに、バッテリーもこんなにもつはずがない。

誰かに相談しなければ。

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『死が2人を分つとも』

『死が2人を分つとも』

夏子はその街並みに戸惑っていた。
初めてくるはずなのに、懐かしい。
この感覚は何だろうか。
そうだ、確かにこれはあの頃の街並みだ。
記憶という名の闇が少しずつ明るくなってくる。
そして、その記憶がひとつひとつ今に置き換わるようだ。
すっかり寂れていたはずの商店街には、人が溢れている。
自分もそちらの方に進んでみる。
閉店して、有名なチェーン店になっていた喫茶店が、以前のままで営業している。
他にも

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『初めての鬼』 # 毎週ショートショートnote

『初めての鬼』 # 毎週ショートショートnote

いやあ、困りましたね。
信じてもらえないなんて。
私は鬼です。
これ以上、どう言えば。

今どき、鬼がみんな、アフロヘアみたいな髪型にツノを生やしているなんて。
真っ赤な、あるいは真っ青な体に、虎の皮を巻いて、トゲトゲのついた金棒を持っているなんて。
そんな格好で、街を歩けますか。
そんなのは、いまだに日本人はちょんまげを結っていると信じている、浮かれた欧米人と同じですよ。

そりゃ、悪い奴もいま

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『古いグローブ』

夜勤明け。
アパートの脇に軽自動車を停める。
決まった駐車場ではないが、誰の邪魔にもならないスペース。
文句を言う奴もいない。
大きめの白いトートバッグは元々妻のものだ。
その中に、釣り銭の入った袋と、運転免許証の入ったカード入れがあるのを確認する。
バッグの表についたポケットから、薄い手帳を取り出した。
しおりのあるページを開いて、今日の日付の欄に、数字を書き込んだ。
昨夜の売り上げだ。
毎日、

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『フシギドライバー』 # 毎週ショートショートnote

『フシギドライバー』 # 毎週ショートショートnote

あたしの涙を知ってか知らずか、タクシードライバーは言った。
お客さん、今夜は月が綺麗ですよね。

それはフシギな夜だった。
だって、あたしがふられるなんて。
何人もの男を手玉にとってきたこのあたし。
みんなが、あたしと付き合いたくてひざまずく。
そんなあたしが、まさかふられるなんて。
そして、泣いちゃうなんて。
これって、恋かしら。
ふられて恋を知るなんて。

こんな月夜に仕事ができるなんて私は幸

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『リセット』

『リセット』

僕は、聞いちゃったんだ。
パパとママが話しているのを。
僕に妹とができるらしい。
うれしいことなんだけど、でも、そうじゃないんだ。

今のママが完成するまでに、今回も少し時間がかかった。
だって、他のおうちは、ネットでキットを購入してくるのに、パパはいちから自分で作るんだ。
だから、友達のママは、きれいなんだけれども、うちのママは、なんていうのかな、いびつなんだ。

もちろん、前のママは交通事故で

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『チャリンチャリン太郎』 # 毎週ショートショートnote

『チャリンチャリン太郎』 # 毎週ショートショートnote

僕たちがいじめられていると、そいつは必ずやってくる。
チャリンチャリン太郎と呼ばれるそいつは、いつも自転車にのっている。
いじめっ子に向かって、
「俺と競争しようぜ」
誰も、そいつには勝てない。
風のようにそいつの自転車は走っていった。

そいつの顔を見たものはいない。
いつも、野球帽をまぶかにかぶっている。
その声は、子供のようでも、大人のようでもあった。
「競争しようぜ」
誰もそれには逆らえな

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『赴任先にて』

『赴任先にて』

急な人事異動で地方の支社に転勤が決まった。
僕には、付き合っている女性がいた。
「ついて来てくれないか」
居酒屋で話をした。
テーブルの上には、ビールとお通しだけ。
彼女は黙っている。

世間でよくいう遠距離恋愛というものが信用できなかった。
子供の頃、父が単身赴任先で女性を作り、母と離婚した。
母は、僕が恋愛映画や小説を読むようになると話をした。
「もし好きな人ができたら、毎日会いなさい。
そし

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『あのときの返事』

『あのときの返事』

中学校を卒業すると、彼女は進学しなかった。
進学しないことは聞いていたから驚きはしなかったけれども。
どうしてと尋ねても、教えてはくれなかった。
「どうでもいいじゃん」
高校に進学した僕は、彼女と話をすることもなくなった。
駅で見かけた時には、髪の毛を長くして染めていた。
その時にも、話しかけようとは思わなかった。
それに彼女は一人ではなかったから。
その時のグループの中には、同じ中学校の男子もい

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