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『フシギドライバー』 # 毎週ショートショートnote

あたしの涙を知ってか知らずか、タクシードライバーは言った。
お客さん、今夜は月が綺麗ですよね。

それはフシギな夜だった。
だって、あたしがふられるなんて。
何人もの男を手玉にとってきたこのあたし。
みんなが、あたしと付き合いたくてひざまずく。
そんなあたしが、まさかふられるなんて。
そして、泣いちゃうなんて。
これって、恋かしら。
ふられて恋を知るなんて。

こんな月夜に仕事ができるなんて私は幸せ者ですよ。
いや、私たち運ちゃんだけじゃない。
笑ってる人も、泣いてる人も、みんな、今夜の月が懐かしいなって思う時がくる。
生きていればね、人生を。
ね、お客さん。

あたしは、タクシーの窓から空を見上げた。
都会の、明るくて星なんか見えない夜空。
そこに、確かに月は明るく輝いていた。
きっとそうだ。
涙と恋とあの月を思い出す日がくる。
今夜のタクシーとともに。

ね、お客さん。

あ、はい。

あら、あたし笑ったかな。
ありがとう。
フシギな夜の、フシギドライバーさん。


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