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短編小説

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記事一覧

【短編小説】ここは僕の国

【短編小説】ここは僕の国

 私がその日、そこへ一人で訪れたのは、決して傷心していたからではない。一週間前に昔からの親友と喧嘩別れをしていたとしてもだ。言葉を当てはめるとしたら自暴自棄だったのだろう。それでも、彼女のことだけを気にしていたわけではない。三十を超えた私の生活にはいくつかの問題があった。仕事では管理職を任され始めたが、部下の教育が思うように行かなかったり、私生活では、一年前から申請していたイギリス行きの研修ビザが

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落下する生月

落下する生月

※官能描写有りのため、18歳未満は閲覧禁止です。
※純文学の皮をかぶったエロ小説です。(少年×人魚)

<あらすじ>
朝霧のホテルのプールで、人魚を見たことがある。僕は小学生で、真夏の月曜日だった。名門野球部に所属する高校生の矢崎はその夏、合宿のため幼少の頃訪れた神戸の朝霧・海辺の古いホテルに泊まっていた。
ある朝、朝食会場で美しい女を見つける。
それは幼少の頃に、矢崎がこのホテルのプールで見た人

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夏を見ている

夏を見ている

 その夏、熱あたりで体調を崩した私は、とある海端の田舎の町で、アパートを借りて療養していた。アパートは小づくりで、南国を感じられる木造の外観に、白の戸張が部屋を囲っていて、手入れの行き届いたベランダからは数キロ先の海が一望できた。ベランダ向きの窓へ風鈴をひとつ下げて、キラキラとした音で風の知らせを乗せてくるのを感じる日々だった。

 部屋の前は一メートル半ほどの緑の美しい敷居で囲われていて、ひなげ

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【#fetishism31】Day26 : 魔 / Magic

【#fetishism31】Day26 : 魔 / Magic

 その年のある日、ブルーパークのクリスマスツリーの銀の星が盗まれた。銀の星は本物の星くずで出来ていて、僕の住む一日中真っ暗な夜の国を、そのツリーのてっぺんの銀の輝きが、いつも照らしてくれていた。町で暮らすみんなは、光がなくなって困っていた。僕の学校でも、銀の星を盗んだ犯人は誰だ? という話題で持ちきりだった。
 この町には昔から、数人の魔法使いがいる。魔法使いたちは、大昔に別の世界から来た魔法使い

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【短編小説】秋に催花雨

【短編小説】秋に催花雨

 金沢駅に着いたのは土曜の夜だった。雨降る日本海の側の空気は凛と冷え、吐息が薄く紅色のライトアップに溶けいった。浅野川のほとり、予約していた和食屋で、一人日本酒を煽った。
 この秋、私は三十歳になった。恋人はもう六年もいない。周りの友達はどんどん結婚していくのに、私には指輪をプレゼントしてくれる相手どころか、誕生日を祝ってくれるような男友達の一人もいない。年齢に比例して理想も高くなる。幼稚にもシン

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限局性激痛 2013年10月23日

限局性激痛 2013年10月23日

サウスポートの図書館で開かれる木曜日16.00からのカンバセーションクラブに初めて行って、彼に出会った。
2013年10月23日。私は1日前に23歳になったばかりだった。彼は16歳だった。
私はハロウィンの日にかわいい彼を海のほとりの家に初めて連れ込んだ日から1ヶ月の間、ほとんどの時間を彼と過ごした。
私と彼はまるで同じ種類の思考/嗜好を持っていて、天使にラブソングをの教会のシーン、留学先で同郷同

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Undrunk

Undrunk

 氷の溶ける音は抜け落ちる心情に似ている。
パルプ材のコルクを手に取りガラスに近づけると色味が変わる。お酒も一緒で、それは秋口の朝五時の明暗だったり、料理中についた中指の浅い切り傷だったりする。傷ついた指先はミントを絞った香りがして、溶けて角のできた丸氷やブランデーに少し染みる。こもった匂いのする淡いブラウンのグラスが吐息で緩くくもる。氷の溶ける音がして、お湯割りのためのポットがチンチンと泣いてい

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Still Breathing

Still Breathing

 夢を見た。きっと白昼夢だと、夢の中で気づいた。
 目の前を通過していった電車は、都会では滅多に見ない鈍行列車。古びた腰掛けも、薄汚れた窓も、久しく見ていない。短い車両が見えなくなると、目の前に見慣れた駅が現れた。「双葉駅」と錆び付いた金属の文字が並ぶその駅は、高校時代に毎日通った場所だ。毎日の部活を終え、夕方になると、電車到着時間の差し迫る古びたこの駅へ部活終わりの疲れた身体を酷使して走った。六

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