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落下する生月

※官能描写有りのため、18歳未満は閲覧禁止です。
※純文学の皮をかぶったエロ小説です。(少年×人魚)

<あらすじ>
朝霧のホテルのプールで、人魚を見たことがある。僕は小学生で、真夏の月曜日だった。名門野球部に所属する高校生の矢崎はその夏、合宿のため幼少の頃訪れた神戸の朝霧・海辺の古いホテルに泊まっていた。
ある朝、朝食会場で美しい女を見つける。
それは幼少の頃に、矢崎がこのホテルのプールで見た人魚だった。

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 朝霧のホテルのプールで、人魚を見たことがある。僕は小学生で、真夏の月曜日だった。プールサイドに腕を上げる女の人を見た。月明かりの反射にたゆたう水面の上で美しい尾ひれを舞わせ、人魚は僕を見つめて微笑んでいた。美しい女の人だった。魔的な魅力というより、凛とした人間の美しさだった。夜月が蕩ける卵のような赤々とした色だったのを覚えている。絵の具で塗り広げた漆黒に星ひとつない空だった。

「矢崎、おまえ顔色わるっ」

 赤々としたたまごを、ケチャップまみれのベーコンで混ぜていたら、チームメイトの佐賀がニヤニヤしながら声をかけてきた。名門野球部に入った僕はこの夏、練習試合で神戸に来ていた。朝霧の古いリゾートホテルに宿泊して二日目の朝だ。

「昨日どうだった? なんかいたか」

 昨夜、カードゲームで負けた罰ゲームにより、矢崎は一人でホテルの別棟・離れへ行った。このホテルに宿泊するにあたり暇つぶしを考えていたところ、どうやら霊障がある場所らしいと誰かが言い出した。霊障といっても、一般的でひねりのない怪談だ。その昔霊園だった場所をホテルにしたとか、夜中のプールに女の霊が出るとか、離れには下半身のない霊がいる、とか。これを部で流行りのトランプ大会の罰ゲームに採用して、三日間の合宿の楽しみにしようという、高校生の合宿の息抜きだ。矢崎は昨日ゲームで負けた友人の付き添いで、夜中の本館から離れにつながる長い廊下を歩き離れの地下まで行った。確かに夜間の誰も居ない古いホテルは雰囲気があったが、結局なにも起きなかった。すっかりおびえ切っている友人と部屋へ戻る頃には、チームメンバー達は薄情にも一人残らず寝ていた。

「なんにもなかったよ」

 あるわけがないだろ、と佐賀を見ると、ちぇっ、つまらないと言って皿の上のソーセージをフォークで刺した。ぷつり、と皮の破れる音。

「絶対いるよ、矢崎が鈍いだけさ」
「いないよ。お前ら幼稚だよな」
「なんだよ! ちょっとくらいビビれよ、いつもすました顔しやがって」

 喚く佐賀に、矢崎はフォークの先を突きつけて言う。

「それより今日のレギュラーだ、練習試合とはいえ、今年の甲子園にも成績が響くぞ」

 まもなく夏の予選が始まる。今回の合宿は、そのスタメン決めに影響する練習試合なのだ。よく話すクラスメイトの佐賀とは、ライトとセカンドのポジションを奪い合う仲だった。

「矢崎はいいよなー、全然レギュラー候補だよ。この前のセカンドも良かったもん」
「気を抜くなよ佐賀、矢崎。今日の谷郷高校も強敵だぞ」

 つい後ろを通りかかった先輩が佐賀に釘を刺していく。あーい先輩、と気の無い返事をする佐賀の頭を、その後ろにいた副部長が雑誌でスパン、と一発気合いを入れた。

 なにも起きなかった、というのは正しく言うと嘘である。
 幼少の頃に見たので知っている。このホテルのプールには人魚がいる。それを、昨日も見た。そのときもこの世のものではないとすぐに気づいた。それほどに美しかった。
 プールサイドのイスに打ち上がった身体は人魚ではなく、一糸纏わぬヒトの姿だった。その白い肌、水の輝った艶めかしい体つきに完全に目を奪われた。涎で濡れた紅い唇。窓ガラスの向こうで苦しそうに、自分の身体を弄ってうごめく彼女の、身体。
 月明かりに照らされたそれは、扇情的で、美しかった。

 矢崎がふと顔を上げると、レストランの対角線上の入り口にほど近い席に、蒼いワンピースの女の人が座った。目を奪われた。昨日プールサイドで見た人魚だったのだ。肩ほどの長さの茶色の髪に、白い肌、赤みを帯びた頰、唇。彼女はやってきたウェイターに料理を注文し、テーブルに置かれた水を持ってぐいと飲んだ。

「……人間か」

 人魚であれば人間のものを飲み食いするはずがない。

「え、なに?」

 口から思わず出た声に佐賀が反応する。叩かれた頭を摩りながら矢崎の視線の先を見ると、にやにや笑ってこちらを見た。

「おまえ、ああいう年上のクールな女がタイプなんだ」
「いや別に」

 矢崎は短く答え、残りのコーンスープに口をつけた。
 佐賀にも見えている。あれは人間だ。昨日のことはきっと、幼少にみた記憶の夢なのだ。

 その日練習試合を終えてバスに乗る間、矢崎はため息をついた。試合に集中できなかった。せっかくスタメンで左を任された佐賀が、平凡なゴロを処理できなかったせいで加点されたことも影響したが、注意散漫の原因はそれだけではない。
 レストランで見た蒼いワンピースの人魚が、練習試合の会場のアルプスに傘をさして座っていたのだ。練習試合を見にきた父兄や野球マニア達の中に、何食わぬ顔で座っていた。彼女は矢崎のチームをなめるように見つめていたが、六回の裏に三失点したころにはすでにいなくなっていた。
 あの女の裸を昨日、矢崎は見ている。試合中とはいえ、あの扇情的な光景が脳裏に焼き付いていて集中できなかった。

 その夜、カードゲームで佐賀が大敗した。ゲームが終わるころには両手で頭を抱えていた。手札を十枚近く残して投了した彼の姿は中々に惨めだった。

「矢崎ー、罰ゲーム代わってよぉ」
「なんで」

 洗面台で歯を磨いている矢崎に、佐賀が泣きついてきた。向かって鏡に映る佐賀は泣きそうな顔でこちらを見ている。

「おまえお化けとか怖くないんでしょ? おれはめっちゃ怖いから代わりに行って」
「やだよ」
「そう言わずにさ。明日の朝のチーハンやるから」

 佐賀の提案に利益はあまり無いが、矢崎には夜中にひとりで出かけたい動機もある。そこで明日朝のチーズハンバーグを条件に、佐賀の代わりに罰ゲームを引き受けることを了解した。

「約束だぞ」

 佐賀は頭を下げて、大袈裟な大声を出した。

「神様仏様矢崎様!」

 退屈だ、と思っている。
 世の中のほとんどのことに関してだ。ほとんどの外的要因は矢崎の感情を刺激しなかった。周りの熱が上がることにも興味があまりない。昔から大抵のことを大抵のレベルで出来たので夢中になってなにかに勤しむことも知らなかった。
 野球をやっている時だけは、変化する自分の感情が好きだった。緊張との戦いの中、この一球を絶対にとってやるという、内に秘める修羅が爆発する。それを発揮する瞬間が好きなのだ。日常生活や肝試しなどでは得られない、命を削るような高揚がある。
 幼少の頃、似たような高揚を感じたことがある。この朝霧のホテルのプールで、人魚を見た時だ。
 彼は小学生で、真夏の月曜日だった。プールサイドに腕を上げる女の人を見た。月明かりの反射にたゆたう水面の上で美しい尾ひれを舞わせ、人魚は僕を見つめて微笑んでいた。美しい女の人だった。魔的な魅力というより、凛とした人間の美しさだった。
 それは間違いなく、昨夜裸でプールサイドに横たわっていた、今朝レストランにいた、アルプスにいた、彼女だった。

 その日の月は、蕩ける卵のような赤々とした色だった。夜空は絵の具で塗り広げた漆黒に星ひとつなかった。
 矢崎は気づけば離れに繋がる通路の入り口に立っていた。窓から中庭が見え、真ん中に広いプールがある。
 真夜中のプール。音もない廊下。矢崎はプールで何かが泳いでいるのを見つけた。イルカのように大きな尾が、しぶきをあげて揺らめいていた。月光に照らされてキラキラする水面から、艶めかしい肌色が持ち上がる。
 彼女だ。
 その時、人魚と窓越しに目があった。
 すると彼女はにこりと微笑み、真っ赤な口をなめてこちらに手招きした。吸い込まれるように、矢崎は中庭に繋がる窓を開けて、そこから中庭に足を踏み入れた。

 プールにたどり着くと、ゆっくりと仰向けに泳ぐ彼女の身体が見えた。腰から先が鱗に覆われて、魚のしっぽが生えていた。尾ひれの動きの滑らかさは、人間のバタ足のようにも見えた。

「昨日も見ていたね」

 人魚は笑い声だった。矢崎は黙っていた。人魚の彼女の声は蕩けるように甘くて、囁くような響きだった。仰向けに泳ぐ身体の、彫刻のような縦割れの臍には水が溜まり流れ行くのを繰り返している。

「高校球児のヤザキくん」

 美しい茶色の長い髪がやっと隠しているが、上跳ねした薄オレンジの乳首はむき出しだった。

「人魚もしゃべるんですね」

 矢崎が言うと、人魚は意外そうな表情でまた笑った。

「あんまりびっくりしないのね」
「初めて見たんじゃないんだ」

 子供の時、ここに泊まったとき、真夜中のプールサイドで跳ねる人魚の姿を見たことを話した。月光に照らされた美しい鱗が、水面にしぶきを立てて嬉しそうに波をうつ。
 この世のものではない、美しい人魚。
 彼女がプールから跳ね上がる。彼女の身体は人間の姿に変わった。水滴の落ちる艶めかしい身体が、月光に照らされて神秘的に光った。

「何で裸なの?」
「服はあんまり好きじゃないの。動きにくいでしょ」
「人魚だと思ってた」
「読んだことないの、人魚姫」

 彼女は呆れたように言って、美しい身体をプールサイドのいすに預けて、月を眺めた。

「プールに人魚なんて、変な話」
「海にも行くよ」
「ここに住み着いてるんじゃないの?」
「幽霊みたいに言わないでよ。海を見て泳げるから気に入ってるだけよ。ちゃんとお金も払ってるわ」

 朝霧のそのホテルの前は一面海だった。中庭や部屋の窓からは明石大橋が良く見えた。矢崎はそこから海を眺めて、月光浴をする人魚の彼女の身体を見た。身体の芯が熱くなった。

「なんで今日、アルプスにいたの?」
「見ていたのよ、あなたを」
「僕を?」

 なぜ、と矢崎は訊ねる。

「だってあなた、こっち側の人でしょう?」

 人魚は答えた。良く見ると瞳の色は漆黒ではなく、夜空を反射して輝いていた。そして何故、自分でもそんなことを言ったのかわからない。彼女の言葉をいつも求めていたと思った。

「僕も人魚になりたい」

 人魚は僕を見つめて、手を取った。

「こっちへ来て」

 矢崎のズボンを開いて、彼女は顔を近づけた。赤い唇が矢崎の隆起を覆った。矢崎はその行為を、抵抗なく受け入れた。お互いの身体を求めあっているように視線が絡み合った。

「若い男の子の生気は大事なのよね、長く泳ぐために」
「そう」
「なぜ人魚になりたいの?」
「わかんない」矢崎は答える。「ただ、なりたいって思ったんだ」
「わたしの体液を生巣に取りこめば人魚になるわ」
「それ、どうすればいいの」
「するのよ」
「なにを?」
「セックスするの、はじめて?」

 生月が落下する。生々しい赤い月を眺めながら、矢崎はプールサイドで人魚と交わった。
 彼女の肌は甘美で、鱗は滑らかで、水は生ぬるく、手のひらと下半身に良く滲んだ。出入りする指に、白い液が絡みついて音を立てる。秘穴を指で割り開く。粘膜がくちゃりと音を立て、隆起がぬるぬると侵犯した。彼女の口から熱い吐息が漏れる。
 パン、と音を立てて身体を奥まで貫くと、人魚はくし刺しにされた魚の如く、ピンクに蒸気した腰を捻って善がった。

「いやらしい……」

 人魚の濡れた髪の毛を肩からよけて、滑らかな人間の足を引き寄せる。

「きもちいい?」

 人魚は矢崎を振り返り、うっとり発情した唇で吐息交じりの言葉を紡ぐ。吸い寄せられるようにその唇に噛み付き、冷たい胸を揉みしだいた。皮膚は水のように冷たかった。身体の中や舌は、こんなに熱いのに。

「あ」

 その時だった、廊下の端に人が来るのが見えた。

「なによ」

 止まった追随に振り返る。彼女の中が強請るようにうねった。

「人がきてる、見つかる」
「大丈夫よ」

 僕が疑うように不安に言うと、人魚がわざとらしく善がり声をあげた。思わずその口を手でふさぐと、歯を立てられた。

「やめて、苦しい」
「聞こえちゃうよ」
「もう聞こえないし、見えないわ。あの子たちには」

 そう彼女は言って、蕩けた目で微笑んで、熱い舌で矢崎の口内を絡めとる。

「もっと動いて、お願い」

 廊下の先を歩いていたのは野球部の友人たちだった。彼らは矢崎の入ってきた窓の開いているのを見つけると、そこから身を乗り出してこちらを見た。否、プールを見ていた。

「なんにもないじゃんか」
「誰かの声がした気がしたんだけど」
「怖いからやめろよ」

 友人たちが窓に足をかけ、プールサイドへ歩いてくる。矢崎は心臓が高鳴って動けなかった。

「おねがい、動いて……すぐ、きそうなの」
「でも、なんで」
「もうっ」

 痺れを切らした人魚の彼女が、身体を反転させ矢崎を組み敷いた。手で胸を抑えつけて、淫らな動きで腰を揺さぶる。気づけば触れられるほどすぐ近くまで友人たちが来ていた。それにも関わらず、彼らには二人の姿は認識されていない陽だった。

「プール綺麗なー」
「結局泳げなかったしな、明日帰る前に来ようぜ」

 友人たちの笑い声が耳に掠ったその途端、あられもない高揚を感じた。人魚と交わっていること、知り合いの前でこんな行為をしていること。このどうしようもなく艶めかしい人魚が、彼らには見えないのに、自分には見えていること。
 矢崎は興奮のあまり彼女の身体を押し倒し、プールサイドで激しくかき抱いた。彼女もそれを気に入ったようで、喉をのけ反らし大声で喘ぐ。友人たちが触れられる距離で戯れている傍ら、熱く濃厚なやりとりが交わされる。蕩けるような月夜に、海のさざ波の音と、背徳の汗が、流れ落ちていく。
 プールの水面に矢崎は自分の顔が映ったのを見た。唇が不気味に赤く光り、目は水面を映していた。
 月光がプールの奥底まで届く。彼女はひらりと身体を翻し、ゆっくりと、気持ちよさそうに泳いでいる。蒼い鱗は月明かりを纏って、キラキラ、虹の輝きを水面にばら撒いていく。数十メートル先から一瞬で僕の目の前までくると、顔を撫でてにこりと微笑んだ。
 生月が落下する。プールの底、月明かりの中で、二人は息のできるキスをした。

 翌朝、佐賀がバイキング会場に顔を出すと、見知った顔が一人いないことに気づいた。チーズハンバーグをやると約束したはずだったクラスメイトだ。彼とは部屋が違うので、行方はわからない。寝坊でもしてるのだろうか、と、佐賀は通りがかったチームメンバーをつかまえて、尋ねた。

「ねえ、今日矢崎を見た?」
「ヤザキって誰?」

 彼は答える。気の毒そうな顔をしていた。

「おまえ、まだ寝ぼけてる?」

 佐賀は一瞬考えて、それから我に返った。

「あれ、誰だっけ。……まぁ、いいか」

 レストランの窓辺から見える水のないプールで、何かが跳ねたような気がした。

(了)


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