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大日本末期文学全集

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終末感が滲み出る文章がまとまったら、ここに投稿します。イラストと文を合わせて一つの作品になっていることもあるので、雑誌のような感覚でお楽しみください。
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2021年8月の記事一覧

『僕は食卓で楽しそうに』

『僕は食卓で楽しそうに』

小さい頃から

家族で食卓を囲むのが

苦手だった

父と

母と

姉と



アレルギーのあった姉のこともあって

あまり外食はしないほうで

出来あいの惣菜も控えられていたように思う

母が作ってくれた毎日の料理は

とてもおいしかった

僕が苦手だったのは

そういったことではなくて

ひとつの卓を囲んで

家族が食事をとるという空間に

耐え切れなかったわけで

これまで幾度となく

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『「ともだち!来てない!待って!」』

『「ともだち!来てない!待って!」』

もうバスの出る時刻まで2分を切った

アイドリングをしている車両のそばで

排気ガスを吸い込みながら

焦る気持ちを抑え込む

パスポートを宿に置いてきたかも知れないと

バスターミナルに着いた矢先

友人が申し訳なさそうにつぶやいた

この夜行を逃すと

次の便は2日後

もちろん他の移動手段がないわけではないが

俺たちの貧乏旅行

そんなにカネに余裕はない

それに帰国のフライトも決まってい

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『"俺の言うことを聞かず"』

『"俺の言うことを聞かず"』

新しモノ好きの俺は

最新の製品やサービスを目にしたり

あるいは勧められたりすると

それなりの値が張っても

つい手を出してしまう

もちろんそれが良い方向へ進むこともあれば

逆もまたしかり

「お客様、ボディが全体的に経年劣化しています。そろそろ…」

店員が本体の交換を勧めてきた

というわけでまずこういった場合

ポジティブに捉えて

最新鋭の機能を問う

「はい、やはり画期的なのはリ

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『私はなにかに憑りつかれたように』

『私はなにかに憑りつかれたように』

診断は熱中症だった

怖いもので

まったくもって無自覚

気が付けば

病院のベッドで目を覚ました

妻と子供たちが私の顔を覗き込む

安堵から泣き崩れる妻

声を張り上げてはしゃぐ二人の息子たち

心配をかけてすまなかったと

そんな気持ちがこみあげてくる

家族も顧みず

私はなにかに憑りつかれたように

無我夢中だった

猛暑に覆われる日々

休憩もまともにとらず

何時間も作業に没頭する

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『窓際の攻防』

『窓際の攻防』

最近はようやくオンラインで対局が出来ることを知って

目の前で向かい合いながら

それぞれ液晶を覗き込んで

駒を進めている

夏の西日は窓際にきつくあたり

さぞかし画面も見づらいようで

扱いかねている

上司も

会社も

居座り続けてン十年

そろいもそろって

来る日も来る日も

はたらくこと

めんどうなことから逃れて

将棋に明け暮れる

大大大ベテランのふたり

将棋の勝負は

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ラブレタークラブの活動③『「わたしは抹茶味にするけど、』

ラブレタークラブの活動③『「わたしは抹茶味にするけど、』

こちらの続編をリクエストいただいた気がしましたので、本稿を寄せた次第です。

先輩が連れて行ってくれたのは

いつも俺が行くコンビニなんかじゃなくて

電車で二駅先までいったところの

なんかすげえ

おしゃれなところ

野球部だし

チャリ通だし

来たことなかった

もし文化部だったら

帰宅部だったら

こういうとこ来まくりなんだろうなって思った

「わたしは抹茶味にするけど、君はマンゴー味

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ラブレタークラブの活動②『君の自転車に毎日よりかかっていたのは、』

ラブレタークラブの活動②『君の自転車に毎日よりかかっていたのは、』

昨日の続きです。よろしければ先にこちらをお読みくださると幸甚です。

慣れない抹茶アイスを

イートインで貪った俺は

帰宅すると普段ならすぐに風呂へ直行

どばぁーっと浸かるんだけど

きょうはその前に例の封筒を抜き取って

階段を駆け上がり

便箋をバサバサっと

--------

栗林君へ

 こんにちは。手紙を読んでくれてありがとうね。

 君の自転車に毎日よりかかっていたのは、わたしの

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ラブレタークラブの活動①『「あぁごめんね、君の自転車に』

ラブレタークラブの活動①『「あぁごめんね、君の自転車に』

学期中は満杯になる駐輪場も

夏休みの間は

部活連中だけだから

わりとまばらで

毎朝決まって俺は

練習が始まる30秒前に

ガチダッシュでチャリを停めて

マジでスライディングする勢いで

グラウンドに滑り込む

1秒でも遅れると監督にしばかれるからね

他の部員はみんな学校の前までバス通学だけど

俺はチャリ

こんなギリでOKなのも

チャリの特権

三年の先輩たちが引退して

俺たち

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『「ふっ…ふぅ…はぁ…さい…こ…し、あ、わ…さいこぃ…』

『「ふっ…ふぅ…はぁ…さい…こ…し、あ、わ…さいこぃ…』

放送席!

放送席!

こちら…

「まずは優勝、おめでとうございます!

「ふはぁ…はぁ…ぅあ、あり、ありがござぃむぅ…

「今のお気持ちをお聞かせください

「ふっ…ふぅ…はぁ…さい…こ…し、あ、わ…さいこぃ…

「ここまで登り詰めた勝因は、なんだとお考えですか?

「ふぅ…はぁ…はぁ…うぅ…はぁ…

「部員の皆さんの気持ちが一丸となった、そういったことでしょうか?

「うっ…はぃ…もう、もぅ

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『闇のほうへ』

『闇のほうへ』

ただただ

痛みを感じるだけ

爆音が鳴り響くことはなく

火花の散ることもない

あぁ

もがいても

もがいても

推されるチカラに抗えず

ひたすら私は彷徨う

ただただ

痛みを感じながら

血は流れ



血もまた彷徨い

藻屑と散りゆく

幸い

声はまだ

電波を通じて

母船に届く

どうやら

空気抵抗を受けない

星のかけらが

超高速で

私の身体を貫いて

ぽっかりと穴が

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『ふかふかのベッドで』

『ふかふかのベッドで』

ミュンヘン行きのフライトは

定刻より4時間もディレイしていた

出発の目途すら立たないまま

窓の外は

天地をひっくり返したような大雨

落ち着かない

ラウンジですすっていたカモミールは

移動の合間に仕上げるつもりだった原稿が埋まると

やがてマッカランに変わり

アナウンスは相変わらず

悪天候と

歯切れの悪い文句を並べて

最悪の場合

ここヒースローで夜を明かしてから

明朝あらた

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『N』

『N』

なんか俺

悪いことしたかなぁ

ついぞ連絡がなかった

春先まで盛り上がっていた

オンラインのグループも

パタリと途絶えた

毎年

盆の時期にやる同窓会

中止だなんだってやりとりも

ある日を境になくなってしまった

俺は帰省してるんだけどね…

でももう都会に戻ろう

グループには

高3当時のクラス31人が参加していた

発言の多寡はあっても



積極的にワイワイとやっていた

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『首都を制圧され居場所を失った政府は』

『首都を制圧され居場所を失った政府は』

三晩も寝ないうちに

首都を制圧され居場所を失った政府は

とるものもとらず亡命先へといのちからがら

友好的な隣国を経由して

地球の裏側へ飛んだ

その地では臨時亡命政府が樹立され

ただちに行政機能は簡易的に復旧した

残された国民へ

安全かつ速やかにその場から退避することを呼びかけ

またあるいは

愛する祖国のために抗い続けようとする人々へ

いのちの尊さを訴えかけた

何万キロも離れ

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『「待って待って、待ってよ御嬢さん』

『「待って待って、待ってよ御嬢さん』

訊けばこの界隈も

その昔に比べればだいぶ穏やかになったといいます

それでも

田舎者の私にしてみれば

足を踏み入れることが躊躇われる街に違いありません

三十余年前

父を長ドスで斬り捨てた

当人を尋ねました

不思議と恐怖心はありませんでした

古いつてを辿って

私からの手紙が

この人に届きました

おいでよ御嬢さんと

電話がありました

もう御嬢さんという歳ではありませんが

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