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『ふかふかのベッドで』


ミュンヘン行きのフライトは

定刻より4時間もディレイしていた

出発の目途すら立たないまま


窓の外は

天地をひっくり返したような大雨


落ち着かない


ラウンジですすっていたカモミールは

移動の合間に仕上げるつもりだった原稿が埋まると

やがてマッカランに変わり


アナウンスは相変わらず

悪天候と

歯切れの悪い文句を並べて


最悪の場合

ここヒースローで夜を明かしてから

明朝あらためるしかないのか


メイフェアのオフィス兼別宅に戻る車両を手配するよう

夜分すまない気持ちとともに

秘書の電話を鳴らす


日付が変わるまであと数分というのに

2コールで出るとは優秀しかり

彼女のパートナーやベビーたちへの

今度のバースデイプレゼントは弾む必要があるなと


あいにく彼女の敏腕を以ってしても

車両の到着には数時間を要するとのこと

詫びと共に電話を切る


私は本来あまり得意でない”ネゴシエーション”に

自ら挑むこととなった


ラウンジのコンシェルジュに

空港内のスイートに空きがないかと訊ねる


灯台下暗し


つい数分前まで満室であった空港直結のホテル

そこの最上階にキャンセルが出たとかで

今晩の仮屋とする許可が私におりた


あぁディナーはいらないよ

自宅を出る前に

ワイフ特製のチリビーンズ

(それはとびきりに美味で)

たらふくに平らげた


あるいは明日のミュンヘンでの講演など

私にとってはどうとでもなれ


今宵この嵐吹き荒ぶなか

自宅と変わらないふかふかのベッドに身を寄せることが

叶うのであれば


あぁ

愛犬のジョージだけは

そばにいないけども


おっといけない

愛しいワイフのミッシーもね…


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わたしは文学を愛しています

それに

翻訳の仕事は楽しいです


さあここで提起します


この原文のどこに

生産性があるのでしょう


見当たりませんよね


それで良いのだと

わたしは思います


文学に

生産性など

必要ではありません


ふかふかのベッドで

おやすみなさい








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