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大日本末期文学全集

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終末感が滲み出る文章がまとまったら、ここに投稿します。イラストと文を合わせて一つの作品になっていることもあるので、雑誌のような感覚でお楽しみください。
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2021年6月の記事一覧

『量の加減をしらない』

『量の加減をしらない』

食事や入浴

それにいわずもがな

その他もろもろの世話を

来る日も来る日も

朝から晩まで

俺はすっかり

妻の介護に疲れていた

かといって

施設に頼るほど

潤沢な資金もなくて

あるいは心中でもしようかなどと

邪な考えすらよぎったこともある

老々介護とはよく言ったもので

老体が自分のからだに鞭を打って

連れ合いの老体を支えるわけで

妻の介護は

辛い

ほんとうに

辛い

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『官能小説ワールドカップ ~国民性ジョークの現場から~』

『官能小説ワールドカップ ~国民性ジョークの現場から~』

官能小説のワールドカップが開催された

(いちおうリモートで)

フランス代表は甘美で妖艶なめくるめく世界を描いた

イタリア代表は肉体と精神を超越した愛を語りかけた

スペイン代表は情熱に満ちたエロスをこれでもかと見せつけてきた

そして

アメリカ代表は擬音ばかりで色気もへったくれもない駄作を

日本代表はもはや文章より挿絵のほうが多く意見が割れ

中国代表はネット回線を切断され欠場となった

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『善意が善意を呼び』

『善意が善意を呼び』

砂っぽい丘陵地帯を越えて

ようやく市街地が見えてきた

水をグイっと喉へ流し込んで

ペットボトルをくしゃっとする

陽気になってアクセルを踏み込む

助手席まで埋め尽くした荷物が揺れる

「こんなにたくさんサッカーボールを、どうするんだ」

迂闊だった

検問の存在を

すっかり失念していた

「ここを通すにはボールを全部切り裂いて置いていくか、あるいは…」

街の子供たちに

少しでも娯楽を

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『住みなれていたはずの』

『住みなれていたはずの』

階段で

躓いた

住みなれていたはずの

久々の実家

夜中に真っ暗でも

問題なかったんだけど

ちょっと足を挫いたから

目が冴えて眠れなくなって

そのままリビングでぼうっと過ごす

俺が転げた音は響いたけど

両親の眠りを妨げていなさそうで

安心した

インターフォンが鳴る

穏やかじゃないな

もう一度鳴る

モニターを覗く

カメラが塞がれている

両親は起きてこない

もう一度

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『「ノー!イマノ、カットボールジャナイヨ!」』

『「ノー!イマノ、カットボールジャナイヨ!」』

ホルヘの投げる球はどれも本当に鋭くて

バッターが打てないどころか

キャッチャーである僕ですら

捕球できないことがよくあった

「ミツオ!エラーバッカリ!」

「ホルヘのカットボールえぐいから捕れねえんだって」

「ノー!イマノ、カットボールジャナイヨ!」

「そうなの?」

「イマノハ、シンカー!チガイワカラナイ?」

「ご、ごめん…」

とにかく

ホルヘは高校生離れした身体能力で

日本

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『○かないでください』

『○かないでください』

きみは涙を浮かべながら

棺に花を添える

ぼくの

棺に

花を添える

きのうまでは

手をつないで

笑いあい

泣きあって

だけどきょうのぼくは

棺のなか

きれいな花をありがとう

きみの涙が

一滴

ぼくの顔に

ぽろりと落ちる

でもぼくは

もうそっちじゃないんだ

もうちょっと高いところから

きみのことをみているよ

焼かれて

埋められて

たぶんそれで

少しの思い出

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『死ぬ絵』

『死ぬ絵』

肉眼で直視すると死ぬ

という絵を買った

世界に数枚しか現存しないものらしいが

たまたまネットを散歩していたら

売りに出ているのを見つけて

モニター越しでもその魅力は充分

鮮やかな赤い油絵の具一色で

キャンパスを塗りたくっている

ただその筆遣いが重厚で

幾重にも波打つようにみえる

私は惹き込まれた

その"効能"には半信半疑だったが

着払いで良いらしいので

購入してみた

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『憧憬を運ぶ』

『憧憬を運ぶ』

初夏の季節風は

さまざまな恵みをもたらす

風は

波を起こし

木々を揺らし

人々に安らぎを与える

風が止むと

海は凪になり

森はざわめきを忘れ

私たちは眠りにつく

老いを恐れ

死に抗い

真冬の強い風に

立ち向かっていったもの

あるがままを受け入れ

滅することを恐れず

厳冬のなか荒ぶ嵐に

流されていったもの

季節風は

彼らの魂を洗い清めて

鎮めてくれる

だから

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『いただきます』

『いただきます』

「2,700ポイントございますが、どうなさいますか?」

「全部使ってください」

家計のやりくりはなかなか大変で

節約に節約を重ねて

なんとか暮らしています

「スタンプカードが一杯ですが、割引をご利用なさいますか?」

「はい、ぜひお願いします」

育児と家事の合間にパートをこなして

慎ましくも充実した生活が送れるように

なんとか頑張っています

ポイ活も

私にとっては命がけです

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『再配達いつにしようかな』

『再配達いつにしようかな』

他人に自慢できる思い出といえば

急に道路に飛び出しそうになった見知らぬ子供を

慌てて首筋を掴んで引っ張り

その母親に感謝されたこと

それくらい

ガスの元栓を締めておけばよかった

浴室乾燥もつけっぱなしだ

手の指先が痺れてきた

たまたま先週もらいもので食べた

高級マンゴーは本当にとろけるようで

至高の味覚だったな

この界隈のコインパーキング

高いんだよな

メーターぐんぐん上

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『カランコロンカランていう』

ちょっと重めのドアと

カランコロンカランていう

鐘の音

日照りの下を歩いてきたから

アイスコーヒーが愛しい

カッターシャツが汗ばんで

背中に張り付く

冷風を浴びたいから

エアコンの真下に陣取る

冷水が給仕されて

まずはそれをグイッと

ほどなくしてコーヒーが目の前に

紙の包みを破り

ストローを挿してススゥッ

フラッと立ち寄った

初めての喫茶店



雰囲気は良好

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『端の端にある』

『端の端にある』

ちょっと隣に

でっかいショッピングモールができたもんで

すっかりここの商店街も寂れて

シャッター通りになってしまったよ

ショッピングモールは

買い物と食事ができるし

映画館やボウリング場まであって

とくに休日は

すごく賑わっている

僕らみたいな田舎者には

ここしか娯楽がないからね

でもなんだか

そのショッピングモールも

業績が芳しくないのか

撤退のうわさが流れ始めてる

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『合い挽き肉で』

『合い挽き肉で』

なんのことはない

ただの無名役者の集まりだ

撮影現場じゃアゴで使われて

食い扶持のバイト先でもアゴで使われて

(バイトだけ偉くなってるやつもたまにいるけど)

そんなの癪だから

売れない連中だけで何か始めるかっていうのが

きっかけだった

我々売れない役者は

現代ドラマなら

通行人

時代劇なら

斬られ役

拘束時間は一日十余時間

貰える日当は時給に換算したら

コロッケでも揚

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『「ほい、ブレストはじめ!」』

『「ほい、ブレストはじめ!」』

「ほい、ブレストはじめ!」

いっつもこうだ

ブレストっていうのは

ブレインストーミングっていう

直訳すれば

脳味噌嵐

何か新しい企画や物事を始めるまえ

老いも若きも序列もなにも関係なく

自由に意見を出しあって

柔軟なアイデアを求める会議スタイルのこと

大前提のルールとして

誰かがアイデアを発表しているときは

絶対に遮らない

誰かのアイデアは

絶対に否定しない

肯定を礎

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