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●ショートショート●

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これまでに書いた短編小説、ショートショートをまとめたものたち。
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#創作

【ショートショート】 冬の夜の入り口で

【ショートショート】 冬の夜の入り口で

 夜眠る前、目を閉じるのが怖いときがある。
 何が怖いという具体的なものがあるわけではないと思う。ただ、漠然と恐怖を感じる。

 取り留めのない会話の中で、気まぐれにそんなことを話すと、ミカは「意外だ」と笑った。

「何が怖いの、暗いのが苦手とか?」
「いや別に…そういうわけじゃないと思う」
「へえ。シュウでも、そんな繊細なこと考えるんだ」
「…まあ」

 取り立てて、繊細なことを考えているつもり

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【ショートショート】 流れ星のゆくところ

【ショートショート】 流れ星のゆくところ

「きみ、もう少し静かに歩きなさい。さもないと、せっかくここまでたどり着いた星たちが、驚いて散ってしまいますよ。そうそう、上手。」

 ざあん…ざあん…と、波は一定の律動で行ったり来たりしています。その音に耳を傾け、その動きに足先を浸しながら、私は姉さまの言葉を胸に、よりいっそう気をつけつつ波打ち際を進みます。
 姉さまは波の上を漂うように、ゆったりと私の少し先を美しく進んでいきます。何となく、その

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【ショートショート】 宇宙人との交信

【ショートショート】 宇宙人との交信

 「宇宙人って、いると思う?」
 「…また突然だな、何の話だよ」
 「いいから。いると思う?」
 「…俺はいないと思う」
 「そっか」
 「お前は?いると思うの?」
 「うん。僕は、いると思う」
 「ふうん。…なんで?」
 「いないって、言い切れないから」
 「…何だそれ」
 「だって、宇宙広いしいるかもしれないじゃん」
 「それがアリなら、逆にいねえかもしんねーじゃん」
 「“いないかも”しれな

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【ショートショート】 夢みくじ

【ショートショート】 夢みくじ

 ーー大切なものは、その腕に抱きしめられる分だけしか、持ち続けることはできません。新しい「大切なもの」ができたときは、何か一つ、これまで抱きしめていた「大切なもの」を手放すときなのです。どれだけ惜しくても、欲張りは禁物です。それが、今あなたの腕の中にある大切なものを、できるだけ長く大切にするための秘訣かもしれませんーー。

 おみくじの内容を見て、思わずドキッとした。

 その日、私はどうしても仕

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【ショートショート】 駅前ラプソディ

【ショートショート】 駅前ラプソディ

 私は、人を待っている。
 かれこれ5時間以上、この駅前のベンチに座って、待っている。連絡も来ない相手を、素直に待ちすぎである。
 いろいろわかっているけれど、立ち上がる気力がわかなくて、待ち続けている。

 大都会から少し離れた駅とはいえ、さすが駅前。それなりに人通りがある。
 改札という目的地を目指して、私の前を通り過ぎて行く人ばかりなので、この駅前という空間にいる登場人物は、刻一刻と移り変わ

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【ショートショート】 一つのみかん〜あちら側の話〜

【ショートショート】 一つのみかん〜あちら側の話〜

 その日、わしは膝が痛かった。それでも数日前から体調を崩して寝込んでいる婆さんが、昨日の夜から「みかんが食べたい。」と言い続けていたし、実際問題として、買い物には出ないといけないくらい、冷蔵庫には何もなかったので、仕方がなく出かけることにしたのだった。

 年を取るということは、残酷なことだ。かつて何も「意識することなくできていたこと」が、一つ、また一つと「意識しないとできないこと」になっていく。

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【ショートショート】 一つのみかん

【ショートショート】 一つのみかん

 ある日の昼下がり、学校から帰る途中に見知らぬおじいさんと出会った。
 出会ったというか…見かけたというか…、僕が彼を見たとき、彼は地べたに膝をついていた。どうやら転んだらしく、足元には持っていたのであろう買い物袋が口を広げて落ちていて、中身が散らばっている。そんな彼を大人たちは横目で一瞥して、いかにも「自分は今とても急いでいて助けられないんです。」という顔で通り過ぎて行った。何なら彼の存在に気が

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【ショートショート】 とある女子高校生の悩み

【ショートショート】 とある女子高校生の悩み

 植物を育てるとき、優しい言葉をかけたり良い音楽を聞かせたりすると、そうしなかったものよりも綺麗な花が咲くらしい。それが嘘か本当か、私はよく知らないけど、「言葉を使わない生き物」ですら、言葉の影響を受けるのかと衝撃を受けたものである。
 それなら、人間みたいに「言葉を使う生き物」が誰かの些細な一言で、傷ついたり喜んだりするのは当たり前だよなあとも思った。

 「いいね、あんたは。何も悩みなさそうだ

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【ショートショート】 朝だから

【ショートショート】 朝だから

 まる1日、俺はひどい気分だった。

 午前中が締め切りだったレポートの提出期限に間に合わず、少なくとも1講義の単位を落とすことは確定した(これは俺の計画性の無さが悪い)。
 昼間には久しぶりに彼女にランチを誘われたと思ったら、いろんな人が見ている食堂で散々泣かれ、よくわからない理由でこっぴどくフラれた。

 そんな地獄みたいなランチの前、バイト先から人が足りないからと連絡がきていて、引き受けてし

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【ショートショート】 ホットミルクの呪い

【ショートショート】 ホットミルクの呪い

 寒くても暑くても、眠る前にはホットミルクを飲む。
 それは僕が物心ついたときから続いている習慣の一つだ。どんな効果があるのだったか…母だか祖母だかに教えられたはずだけど、もうすっかり忘れてしまった。ただ20年近く続いてきたその習慣はそう簡単に抜けることもなく、何なら飲まないと眠れないくらいに僕の中に定着していた。
 嬉しいことがあった夜も、悲しいことがあった夜も、僕は欠かさずホットミルクを飲んで

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【ショートショート】 ある不思議な夜のこと

【ショートショート】 ある不思議な夜のこと

 ふと何かの物音で目を覚まし、寝ぼけ眼で時間を確認すると、時計はちょうど午前3時を回った頃だった。
 寝返りを打つのも億劫なくらい体中は重く、燃えるように熱い。昼間に感じた倦怠感は、見事にひどい頭痛と発熱を連れてやってきた。

 (明日からの連休は引きこもって終わりかな……。)

 ため息をついて改めて布団に潜ろうとした瞬間、妙なことに気がつく。消したはずのキッチンの電気がついているのだ。1Kのこ

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 【ショートショート】 好きなこと、得意なこと、したいこと。

【ショートショート】 好きなこと、得意なこと、したいこと。

 「つまり何が言いたいかというとね。」

 まどかは土手の草むらに寝転んだまま、いろいろ長く語った後、いきなりぐいっと体を起こして、自分自身に言い聞かせるように力強く言った。「私ちょっとやってみようと思うわけよ!」

 何の話をしてたんだっけ、正直しっかり聞いていなかったから展開についていけない。

 「・・・なるほどね。」ものすごく適当な相槌を打つ。そんな返事でも彼女は満足したらしく、うんうんと

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【ショートショート】 15分のつづきは

【ショートショート】 15分のつづきは

 いつも通りの時間に電車を降りる。そのまま改札を出てバス停に向かう。いつも通りの時間にバスが来る。混雑を避けて、他の子たちより数本早いバスだ。いつも通りの場所に、きみは座っている。私は素知らぬ顔をしてきみの姿が見える位置に行き、カバンから英単語の本あたりを出して勉強をしているフリをする。これが、もうかれこれ2年半以上続いている毎朝のルーティン。

 きみはいつもイヤホンをして窓の外を眺めている。ど

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【ショートショート】 帳尻合わせ

【ショートショート】 帳尻合わせ

 今日は何も頑張れない。別に普段から何かを頑張っているタイプではないけれど、今日は何となく、特に頑張れない。そう思いながら窓の方に目を向けると、ちょうど風がわあっと吹いてカーテンを揺らし、散らかった机上のノートのページを強引にめくった。

 宿題のやる場所を間違えたことに気がついたのがほんの数分前。「やるの忘れたから見せてー!」と言って、私に、図らずも過ちを知らせてくれた友人は、脇目も振らずにせっ

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