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【ショートショート】 駅前ラプソディ

 私は、人を待っている。
 かれこれ5時間以上、この駅前のベンチに座って、待っている。連絡も来ない相手を、素直に待ちすぎである。
 いろいろわかっているけれど、立ち上がる気力がわかなくて、待ち続けている。

 大都会から少し離れた駅とはいえ、さすが駅前。それなりに人通りがある。
 改札という目的地を目指して、私の前を通り過ぎて行く人ばかりなので、この駅前という空間にいる登場人物は、刻一刻と移り変わっている。みんな「自分を生きる」ことに忙しそうで、私がここに5時間も座っていることなど気にした様子はない。その無関心が、いまの私にはありがたい。
 もしかしたら改札付近にいる駅員さんの中には、気がついている人もいるかもしれないけれど、もはや何を思われたとしても気にならない。

 朝からこの5時間、たくさんの人を見送るともなく見送った。足早に歩くサラリーマン。楽しげに友達と話す学生さんたち。大きな買い物袋を持ったおばさん。素敵なハイヒールのお姉さん…。

 時刻はまもなく、昼の12時になろうとしている。

 私は、ただただ、待っている。
 もしかしたら、こんな日がいつかくるかもしれないなとは思っていた。元々、そういう雰囲気はあった。普段連絡をしても返ってくるのは途切れ途切れ、待ち合わせの時間に遅刻することは日常茶飯事で、それに慣れつつあったくらいだ。周囲の友人は呆れて、早く別れることを勧めてきたけれど、私自身あまり深く考えないタイプなので、連絡が来ないのはする必要がないからだろう、待ち合わせに遅刻することもまああるだろう、というような人間だった。
 話せば楽しかったし、好きか嫌いかと問われたら、やはり好きではあった。そんな「いろいろ」のおかげで、ここまでずるずるときてしまった気がするので、自己責任といえば自己責任なのかもしれない。

 …さすがに5時間も待たされたのは初めてで、引き際がわからなくなり、私はほぼ人間観察に目的を変更して、ベンチを温め続けているのであった。連絡は10分置きに入れていたけど、3時間を超えたあたりでそれもやめた。

 世の中には、本当にいろんな人がいる。

 この5時間、自分の視界の及ぶ駅前という限られた世界の中、ぼんやりと観察をしていただけでもいろんな人がいた。歩きながらゴミを捨てる人も見たし、誰かが落としたパスケースを拾い、走って渡してあげる優しい人も見た。ICカードの残金が足りなくて改札でつっかえて、後ろの人に謝っている人や、改札を出る前から、笑顔で外にいる知り合いに手を振る人も、見た。

 それぞれ目的があってこの改札をくぐり、待つ人や待つことを目指して動いていた。
 私も、そうなれるだろうか。あの人たちのように、「いろんな人」の中に入れるだろうか。

 私は、待っている。
 ここから立ち上がる気力が湧くのを、ただ待っている。立ち上がることができたら、そのまま髪を切りに行こうと思う。

 かつて私の待ち人だった人が、長い方が好きだと言ってからずっと伸ばし続けてきた、この髪を。


(1238文字)


=自分用メモ=
5時間も待つやつ、おるかーい!と思いながら、それでもそれくらい動けなくなるときはあるなと思いつつ時間設定をした。世の中は広い。本当にいろんな人がいる。最近それをしみじみ感じることが増えて、書きたくなった。

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