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【ショートショート】 15分のつづきは

 いつも通りの時間に電車を降りる。そのまま改札を出てバス停に向かう。いつも通りの時間にバスが来る。混雑を避けて、他の子たちより数本早いバスだ。いつも通りの場所に、きみは座っている。私は素知らぬ顔をしてきみの姿が見える位置に行き、カバンから英単語の本あたりを出して勉強をしているフリをする。これが、もうかれこれ2年半以上続いている毎朝のルーティン。

 きみはいつもイヤホンをして窓の外を眺めている。どんな音楽を聴いているのだろう、どんな気持ちで聴いているのだろう。バスでいい位置に座ることができたときは、きみの左耳の白いイヤホンを英単語の隙間からそっと見る。別にどうなりたいわけでもない、ただ遠くから眺めているだけでいい。私はこの時間がとても好きだった。バスの中という同じ空間をきみと過ごすのは、時間にして15分ほど。このほんの15分が、私にとってとてもとても大切な時間だった。
 季節は11月も半ば、もうすぐ2学期の期末テストが始まる。それが終わったら冬休みだ。そうなると、しばらくこの時間を過ごすことはできないし、何なら冬休みが終わったら1ヶ月もしないうちに登校日は終わる。そうなるともう、卒業式まで片手で数えるほどしかこのバスに乗ることはない。脳裏にチラチラと「卒業」の二文字がよぎる。

 数日前、「関東の方の大学に行くんやって。第一志望に合格できたってクラスで言うてたよ。」と残酷で優しい友人が知らせてくれた。ああそれじゃあもう本当に、この時間の終わりが近づいているんだな。爆竹の導火線に火がついたようなジリジリとした気持ちで、どんどん終わりに近づく高校生活に追われる。
 (どう、しようかな・・・。)
 どうしようなんて思ったところで、どうしたいわけでもないのだけどと自分に言い聞かせるように、思う。

 いろんな想いを乗せてバスは進む。車窓から射し込む太陽の光が、きみを照らして私に届く。陽の光に当たって、そうでなくても色素の薄いきみの髪が普段以上に茶色く見える。眩しくて切ない茶色だ。

 毎日見かける、それだけでよかったのに。あと何回同じバスに乗れるのだろうと思うと、鼻の奥がツンとする。関東の大学か、卒業したらもう二度と会えないかもしれないな。
 (どうしたいわけでもないのに、このままは嫌な気がする。)
 本当に?じゃあどうする?いろんな「はてな」が浮かんでは消える。どうしようどうしよう。

 あの本屋の角を曲がると、もう校門が見える。もう学校に着く。今日の「15分」が終わろうとしている。あと、何回過ごせるかわからない貴重な「15分」が。
 きみが、ごそごそと立ち上がる準備を始める。私も、本をカバンに片付ける。ああ、もう着く。いつもより一息早く私は立ち上がってしまい、図らずもきみのすぐ後ろに立ってしまった。

 バスが停まる少し前にゆっくりきみは立ち上がろうとする。私の目の前に、きみは立つ。
 「あっ。」
 小さな声をあげて、きみは耳から外したイヤホンを取り落とし、それは私の足元へ転がった。
 (拾え、拾え!)
 自分の中に聞いたことのない声を聞く。自分の中に、爆竹が鳴るような衝撃を感じる。それらに背を押されるように、そっとイヤホンに手を伸ばし、白い小さな塊を捕まえる。

 そうして私は、初めてきみに話しかけた。


(1351文字)


=自分用メモ=
束の間の、言葉にしきれないような空気感を何とか文字にしたくて詰め込んだ。私はこういう「えも言われぬ空気感」がどうやら好きらしい。
登場人物をできるだけ読み手の想像に委ねたくて、性別や名前などの情報を削ってみた。
…今になって読み返すと、バスで15分って結構あるなあ?笑

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