見出し画像

【ショートショート】 好きなこと、得意なこと、したいこと。

 「つまり何が言いたいかというとね。」

 まどかは土手の草むらに寝転んだまま、いろいろ長く語った後、いきなりぐいっと体を起こして、自分自身に言い聞かせるように力強く言った。「私ちょっとやってみようと思うわけよ!」

 何の話をしてたんだっけ、正直しっかり聞いていなかったから展開についていけない。

 「・・・なるほどね。」ものすごく適当な相槌を打つ。そんな返事でも彼女は満足したらしく、うんうんと頷きながらあぐらをかいて、鞄からスケッチブックを取り出し、気の向くままに何かを描き始める。
 その丸めた背中を、寝転んだまま視界に入れつつ話しの内容を脳内で手繰る。そうそう、進路の話をしてたんだった。

 何となく、まだ早い気がする。だって私たちはまだ高校1年生で、私に言わせてみたら高校生活ですらやっと馴染んできたくらいなのに。

 まどかとは家が近く小学校からの付き合いで、お互いのいいところも悪いところも、それなりに理解し合えていると思う。
 だからこそ、優柔不断で高校選びすら「あんたと同じところでいいや!」なんて適当な決め方をした彼女が、この時期に進路の話をして何か決意したようなそぶりを見せたことに面食らった。

 どこぞの芸術大学に行くために、これから毎日絵を描くらしい。

 「改めてそんな決意しなくても、いつもノートの隙間とかに絵ならいっぱい描いてるじゃん。」

 いくら天気が良くて暖かい日だからとは言え、さすがに11月の川辺は冷える。私も身を起こして、制服についた土や草を払いながら言う。

 「そんな落書きに、夢は託せないでしょうが。」

 こっちを見ることすらせず、彼女は土手に咲いている、名もわからないような雑草の絵を描きながらぽいっと言葉を投げて寄こす。そんなまどかの様子を背後からそっと眺める。
 ゴリゴリと音がしそうな勢いで、鉛筆を動かしている。2Bだか3Bだかの濃ゆい鉛筆で、目で見たものを紙の上に落としていく才能はさすがだと思った。まどかは昔から絵が上手い。

 その横顔は、近年稀に見るくらい真剣だった。こんなに真剣な表情をしたまどかを見ることは滅多になかったから、思わずぎょっとして声を掛けることが躊躇われて、静かにその背中を見守った。

 まどかは、本気で芸大に行くつもりらしい。そういえば彼女は、気まぐれで適当なやつだけど言ったことは必ず成し遂げてきている気がする。こいつは「やる気」だ。

 「なぎさはどうするの。」

 手を動かし続けるまどかに不意に問われて、私はまたぎょっとした。聞かれたら答えを持ち合わせていないなと思った瞬間に、そう言われたからだ。

 「どうしようね。」手持ち無沙汰に、その辺に落ちている小石を拾う。頬を撫でる風が冷えてきて、随分と陽が傾いていることを知る。
 「どうしようね。」まどかが私の言い方を真似ておどけた調子でオウム返ししてくる。

 「私は走るのが速かったり、勉強がめちゃくちゃできたり、例えばまどかみたいに絵が描けるわけじゃないしなあ。」
 「走るのが速かったり、勉強がめちゃくちゃできたり、絵が描けたら何だっていうの?」

 まどかは手を止めて、顔を上げた。

 「それらができたら、なぎさはどうなるの?」
 「そりゃ才能があるなら、それを活かした進路を選ぶとか・・・。」
 「私、絵を描く才能なんてないよ。絵を描くことが好きなだけだよ。」

 じっと見つめてくるその目に、私は何故か内心焦りながら返す言葉を探す。

 「・・・好きこそ物の上手なれって言うもんね。」
 「なぎさは何が好きなの。」
 「何だろ・・・。」

 しっかりと考えたことがないことを問われて、脳内フル回転させ見つかりっこない答えを、自分の中で必死に探して黙ってしまう。

 「じゃあそれを探すところからだね。」
 すぐに答えの出ない私を見かねて、まどかはそう呟くとまた鉛筆を動かし始めた。

 「まだまだ時間はあるし、いっぱい探せるね。」
 好きなこと、得意なこと、したいこと・・・手を休めることなく動かしながら、歌うようにまどかは続ける。

 そうか、そこから考えたら良かったのか。まどかのヒントを聴きながら、眩しい夕陽に目を細める。

 それから、まどかの言葉を反芻しつつ過ごした夕陽が沈むまでの数分間は、今まで過ごしたことのない時間だった。好きなこと、得意なこと、したいこと──。

 「寒いね、帰ろうか。」

 しばらくして、鉛筆や練り消しを片付けるまどかに声を掛けられ我に返った。もうすっかり太陽は沈んで、指先は冷え切っている。ガサゴソと帰り支度をするまどかに目をやると、その手に持つ鞄の中に複数冊の真新しいスケッチブックが入っているのが見えた。

こいつは、「やる気」なのだ。

 私にも、何かあるだろうか。
 こんな風に思えるものが、見つけられるだろうか。荷物を入れすぎてうまく鞄が閉まらないと騒ぐまどかの手伝いをしながら、向き合いたいと思った言葉を何度も何度も思い返した。

 好きなこと、得意なこと、したいこと──。


(2021文字)


=自分用メモ=
初めて登場人物に明確な固有名詞を付けてみた。季節に関する記述をしようとすると、どうしてもリアリティを求めてしまって現時点の気温や天候を反映しがちになるなあ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?