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【ショートショート】 朝だから

 まる1日、俺はひどい気分だった。

 午前中が締め切りだったレポートの提出期限に間に合わず、少なくとも1講義の単位を落とすことは確定した(これは俺の計画性の無さが悪い)。
 昼間には久しぶりに彼女にランチを誘われたと思ったら、いろんな人が見ている食堂で散々泣かれ、よくわからない理由でこっぴどくフラれた。

 そんな地獄みたいなランチの前、バイト先から人が足りないからと連絡がきていて、引き受けてしまっていた。お人好しな自分を恨みながら、冷めて伸びきった味のしないラーメンを啜る惨めさ…。

 引き受けた手前、断ってサボるわけにもいかず、体を動かして気を紛らわすつもりで沈んだ気持ちのまま働いていたら、普段はしないようなミスをしてショックを受けたのが数時間前。
 挙げ句の果てに、鍵をバイト先に忘れてきたことに気がついたのは、日を跨いで午前6時過ぎに自宅の前まで帰ってきてからだった。

 「…マジかよ。」

 踏んだり蹴ったりとはまさにこういうことを言うんだろうな。ここまでくると笑ってしまう。いまからバイト先に戻る…?そんな気分になれず、途方に暮れて近所の公園でブランコに座った。

 冬の早朝の空気はピリリと澄んで、何となく頭の中が冴えるような感じがする。はあ、と白いため息をつくと魂が自分から抜けていくような気がした。さて何から考えようか。

 ふと、一人の友人の顔が浮かぶ。大学に入ってからの仲だけど、家が近所で気のいいやつだった。無性に顔を見たくなって、気まぐれに連絡をしてみることにした。

 ープルルルル…プルルルル…

 目を瞑って、耳だけで人の気配を探る。まあ、あいつ朝弱いもんな、起きてるわけないよなあ。

 ープルルルル…

 期待はしてなかったけど、勝手にちょっと残念な気持ちになって切ろうとした瞬間、「……もしもし」と死ぬほど眠そうな声でそいつは電話に出た。

 「うわ、ビビった!」
 「…俺のセリフだよ、今何時だと思ってんだよ。」
 「すまん。」

 許さんぞ、俺の貴重な睡眠時間が…とぶつくさ言いながら寝返りを打つような音がガサガサとイヤホン越しに届く。暗い公園で、蝋燭が灯るような温かさを耳元に感じた。
 あ、やばい。ちょっと泣きそう。

 すん、と鼻をすすったのを、そいつは聞いたのか聞かないのか、不意に問うてきた。
 「…お前いまどこにいんの。」
 「公園。」
 「…どこの。」
 「お前の家と、俺の家の間くらいにあるとこ。」
 「…ふうん…。」

 間の抜けたそんな返事をしたと思ったら、プツリと通話は切れた。あまりに切れ方が突然でちょっと笑ってしまった。おおかた二度寝でもするんだろう、まったく薄情なやつめ。

 冬の朝は日の出が遅い。少し明るくなってきたけれど、太陽が出るのはもう少し先になる。はあ、とまたため息を吐く。
 バイト先に鍵を取りに行かねば、何もできないことを思い出し、がっくりくる。犬の散歩や、ジョギングする人がそろそろ動き出す時間だ。

 ぼんやり立ち上がったとき、俺の目には寝間着のような適当な格好で走ってくる友人が映った。
 思わず、本日2度目の「マジかよ」が出た。それと同時に、言葉にならない気持ちで胸がいっぱいになった。

 「…朝だから、ちょっと起きて走ってみた。」
 そいつは肩で息をしながら、しょうがないなあという雰囲気を全面に出しつつ、聞いてもいないことを俺に言った。

 「そうだな、朝だからな。」


(1382文字)


=自分用メモ=
「冬はつとめて」とはよく言ったもので、冬の早朝は大好物である。友達っていいなと思える話しを書きたくて1時間ほどでまとめた。バイトはコンビニを想定したけど、やったことがないから時間設定が曖昧で少し困った。(一応調べて一般的なものを採用した)
また、鉤括弧内の句点の処理も悩ましいところ。

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