三上留実

ゆらゆらと、遊ぶように。 X&Instagram→@be__boy_

三上留実

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マガジン

  • 童話

    こいぬのカイくん、こぐまのルディくん、野ねずみさん、リスさん、トカゲさんとそのおともだちによるお話集です。

記事一覧

「バンクシー」

彼はカンバスを持っていなかった。絵の具も絵筆もなかった。 家の駐車場の壁に描かれた落書き。これが、彼の作品だった。 光、うみねこの鳴き声、音楽…。 目に見えない、…

三上留実
1か月前
2

dawn

濁った薄靄に、一条のひかりが差す。 それは、希望のように。「理解」のように。 あと一歩、「これしかない」が「知る」を促す。 美しいから、進む。 その美しさにだけ気…

三上留実
2か月前

空の上のペダル屋さん

遊ぼうよ。ぼくら楽しいから、ペダルをふむんだよ。 ペダルをふんで、はじめよう。 このはしごをのぼって、あのおうちに行けばペダルは手に入るよ。 息をするように遊ぼう…

三上留実
2か月前
3

電車が通る高架線の下で

そのノイズは必要だった。 だから、ぼくはゆっくり呼吸をする。 「美しいと思ったんでしょう?だったらきっとこの先もずっと美しいよ」 ぼくが好きだったのは、そんなこと…

三上留実
3か月前

うわの空

チェス盤の上で、ぼくたち駒になったみたいだね。 野ねずみさんとこいぬのカイくんは落ち葉のベッドの上でチェスをしていました。 「ルークがうごくよ」 「ビショップは僧…

三上留実
4か月前
2

ルシッド·ドリーム

発するということは、得るということだった。 初めての音は、いくども方向をかえて、流星群となって、ぼくらにふりそそぐ。 エイトビートが真空を刻んで、揺らす。 そのグ…

三上留実
5か月前
3

Girls’ Xmas

カーテンは白いレースに真っ赤なバラ柄。 世界はピンクと白のホイップクリームにいちごがのってればいいの。 白いお皿の上にパンケーキをつみかさねる。ひどく文学的な作…

三上留実
6か月前
2

blueholic

ぼくに息をさせないで。 深いみずうみの底に沈めて。 えいえんに。えいえんに。ずっと。 「美しい」の水圧にとじこめて。 その音しかきこえないようにさせて。 それ以…

三上留実
7か月前
1

月旅行

月へ行こうよ。 どこまでも、ハインリヒ·ハイネみたいに。 澄んだ空気、夜という名の宇宙、 明かりがともれば舞台はととのう。 神さまの備忘録、舞台上の空気がふるえ…

三上留実
7か月前
6

ひかりのトンネル

今夜は甘いにおいがする。 誘われている。暗闇のむこうでだれかが、ぼくらを手まねきしながらのぞいている。 「ほら、お薬もらってきたよー」 「ありがとう!」 こぐまの…

三上留実
7か月前
5

文鳥さんの学校生活

ブンチョウさんは桜小学校に通っていました。 ランドセルには授業のための教科書、ノート、 そしてブンチョウさんがだいすきな物理の本が、その日の授業に関係なく毎日は…

三上留実
8か月前
3

遊園地

野ねずみさんとリスさんは遊園地にやってきました。 入ってきた瞬間、その景色、匂いに圧倒されます。 「すごくにぎわっているねぇ。何に乗る?」 「まずはメリーゴーラン…

三上留実
8か月前
2

くまの床屋さん

くまの床屋さん、はじまるよ。 開店は朝の8時。くまさんの朝は早いのです。 くまさん、くまさん。いらっしゃいな。 ここで待っているのは熟練のくま理容師さん。くまカット…

三上留実
10か月前
3

みちびかれて

それは、たとえばひまわり畑に通る一本のあぜ道だった。 夏の焦がれた匂いがする。土の匂い、花の匂い、憧憬と追憶が混ざった匂い。 ぼくはそのあぜ道にみちびかれて、見…

三上留実
10か月前

メタモルフォーゼ

ぼくは海をみた。 それもよくある玄武岩と花崗岩が入り混じった黒い砂浜の海ではない。 白い砂浜の海だ。 美しい海だ。 透明な、だから碧い、 サンゴの死骸の細かく砕かれ…

三上留実
11か月前
3

星空のワンピース

うさぎさんは小さい頃、かわいいものが大好きでした。 特に赤いリボンがお気に入りで、いつも片耳にちょうちょ結びをしてつけていました。 そうすると、うさぎさんは自分が…

三上留実
11か月前
3
「バンクシー」

「バンクシー」

彼はカンバスを持っていなかった。絵の具も絵筆もなかった。
家の駐車場の壁に描かれた落書き。これが、彼の作品だった。

光、うみねこの鳴き声、音楽…。
目に見えない、そのかたちを、右目でも左目でもないもう一つの目でみて、描き出す。
小さい頃からずっと変わらず、青とピンクと黄色いクレヨンで。ぎりぎりまで、短くなって、持てなくなるまで。

彼の作品には、共通点があった。
他の人にはみえないものであること

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dawn

濁った薄靄に、一条のひかりが差す。
それは、希望のように。「理解」のように。

あと一歩、「これしかない」が「知る」を促す。
美しいから、進む。
その美しさにだけ気付いていればいい。

もうおわりだなんて言わないで。
これがはじまりだと言って。

熱源まで手をのばす、さいごまで。

さいごまで。

空の上のペダル屋さん

空の上のペダル屋さん

遊ぼうよ。ぼくら楽しいから、ペダルをふむんだよ。
ペダルをふんで、はじめよう。
このはしごをのぼって、あのおうちに行けばペダルは手に入るよ。

息をするように遊ぼうよ。
きみだけのペダル、手に入るよ。

緑の絨毯。春草の匂い。風にまかせ、ちょうちょがひらひらとんでいきます。
澄んだあおぞらの下、どこまでも広がる野原の上で、ひつじさんはおひるねをしていました。
そんな夢をみていたひつじさんの鼻先に、

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電車が通る高架線の下で

電車が通る高架線の下で

そのノイズは必要だった。
だから、ぼくはゆっくり呼吸をする。

「美しいと思ったんでしょう?だったらきっとこの先もずっと美しいよ」
ぼくが好きだったのは、そんなことを言う橘先生だった。
先生は現代国語を担当する若い男性の教師で、ぼくが所属する文芸部の顧問だった。
先生は生まれも育ちもこの町だった。
前に、先生の母もこの町で生まれ育ったという話を聞いたことがある。
愛しそうに、独特の方言を話す母より

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うわの空

うわの空

チェス盤の上で、ぼくたち駒になったみたいだね。

野ねずみさんとこいぬのカイくんは落ち葉のベッドの上でチェスをしていました。
「ルークがうごくよ」
「ビショップは僧侶でも、象でもあるんだ」
駒のとりあい、カチカチした音と跳ねるひかりの粒たち。
ふたりの間を通りぬける乾いた風で、目の前のカラタチバナの実がゆらゆら揺れています。
「ぼくきづいちゃったんだ。このままルークをうごかせば、ビショップがとれる

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ルシッド·ドリーム

ルシッド·ドリーム

発するということは、得るということだった。
初めての音は、いくども方向をかえて、流星群となって、ぼくらにふりそそぐ。

エイトビートが真空を刻んで、揺らす。
そのグラデーションの成層圏の下ではまだ太陽がしずみきっていなかった。
フクロウとぼくは小高い丘で、一本だけたっているモミの木の上とその横にいました。

ぼくは言います。
「なんか目をあけてねむっているみたいだね」
「本当だね。ねむりとは準備な

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Girls’ Xmas

カーテンは白いレースに真っ赤なバラ柄。

世界はピンクと白のホイップクリームにいちごがのってればいいの。

白いお皿の上にパンケーキをつみかさねる。ひどく文学的な作業よ。

いやんなっちゃう!シャンパーニュだって用意しなきゃいけないのに。
あの子たち、どこいっちゃったのかしら。

七面鳥なんていらないわ。お砂糖が合わないもの。

そうよ、お砂糖しかいらないの。お砂糖だけがあたしの喉を潤してくれる。

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blueholic

ぼくに息をさせないで。

深いみずうみの底に沈めて。

えいえんに。えいえんに。ずっと。

「美しい」の水圧にとじこめて。

その音しかきこえないようにさせて。

それ以外は何もきこえなくなりたい。

それほどまでに鮮烈な青。

からだ中を美しい猛毒で蝕んでほしい。

沈んで、沈んで。できたらぼくは、

青ずんだ太陽の一部になりたい。

月旅行

月へ行こうよ。

どこまでも、ハインリヒ·ハイネみたいに。

澄んだ空気、夜という名の宇宙、

明かりがともれば舞台はととのう。

神さまの備忘録、舞台上の空気がふるえ、

演者たちは月に帰る。

月へ行こうよ。

だって町楽隊がはじまるよ。

待っていたんだって。ずっと。

こんなふうにして音楽が続いてくれてよかった。

ぜんぶがつながって、秋めいた匂いにひっぱられる。

蜘蛛の糸みたいに、すぅ

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ひかりのトンネル

ひかりのトンネル

今夜は甘いにおいがする。
誘われている。暗闇のむこうでだれかが、ぼくらを手まねきしながらのぞいている。

「ほら、お薬もらってきたよー」
「ありがとう!」

こぐまのルディくんは風邪をひいていました。
心配したこいぬのカイくんはお薬をとどけにルディくんのお家にやってきたのです。

「咳はだいぶおちついてきたんだよ。カイくんがお薬をとどけてくれるおかげで」
「それはよかった!最近急にさむくなってきた

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文鳥さんの学校生活

文鳥さんの学校生活

ブンチョウさんは桜小学校に通っていました。

ランドセルには授業のための教科書、ノート、
そしてブンチョウさんがだいすきな物理の本が、その日の授業に関係なく毎日はいっていました。

たくさんの鳥たちが校舎に入っていきます。

分子の動きと鳥たちの動きにちがいはない。

建物にすいこまれていく鳥たちをみつめながらブンチョウさんはそう思っていました。

ブンチョウさんが教室にはいり、席につきます。

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遊園地

遊園地

野ねずみさんとリスさんは遊園地にやってきました。
入ってきた瞬間、その景色、匂いに圧倒されます。

「すごくにぎわっているねぇ。何に乗る?」
「まずはメリーゴーランドに乗ろうよ!」

とてもよく晴れた空。
いろとりどりの風船。ポップな赤、青、黄、たくさんの色が浮かんでいます。

遊園地そのものがなんだか大きな風船みたい。
ふくらんでいる、とリスさんは思いました。

野ねずみさんとリスさんはメリーゴ

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くまの床屋さん

くまの床屋さん

くまの床屋さん、はじまるよ。
開店は朝の8時。くまさんの朝は早いのです。
くまさん、くまさん。いらっしゃいな。
ここで待っているのは熟練のくま理容師さん。くまカットならなんでもお手のもの。

さあ、看板を出そう。

〈メニュー〉
くまカット 500えん
こぐまカット 300えん
※シャンプー、ブローはりょうきんいただきません

ひとりめのご来店。けむくらじゃらのくまさんがやってきました

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みちびかれて

それは、たとえばひまわり畑に通る一本のあぜ道だった。

夏の焦がれた匂いがする。土の匂い、花の匂い、憧憬と追憶が混ざった匂い。

ぼくはそのあぜ道にみちびかれて、見晴らしのいい丘をのぼる。

信じられないほど鮮やかな青い空。枯れることをおそれない蝉の声。

汗がにじみ、滴り落ちる。でもぼくは歩みをとめられない。

この道の終着点はわからない。

もしかしたら空につながっているのかもしれない。

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メタモルフォーゼ

ぼくは海をみた。
それもよくある玄武岩と花崗岩が入り混じった黒い砂浜の海ではない。
白い砂浜の海だ。
美しい海だ。
透明な、だから碧い、
サンゴの死骸の細かく砕かれた、そこに横たわる壮大な海。

ぼくはその海に飛びこんだ。
泳げる。そう、泳げるのだ。
息つぎだってしなくていい。

透明だから、何もかもが鮮やかにみえる。
チョウチョウウオは黄玉のようにきらめき、イソギンチャクは魚たちを誘うふわふわの

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星空のワンピース

星空のワンピース

うさぎさんは小さい頃、かわいいものが大好きでした。
特に赤いリボンがお気に入りで、いつも片耳にちょうちょ結びをしてつけていました。
そうすると、うさぎさんは自分がおとぎ話の主人公になったような気がして、しあわせだったのです。

うさぎさんはまた、ファッション雑誌を読むのが好きでした。
モデルさんが着ているかわいい服はいつだって憧れでした。
いつかこういうお洋服を着て、たくさんおでかけするんだ。

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