三上留実

ゆらゆらと、遊ぶように書いています。 X&Instagram→@be__boy_

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マガジン

  • 童話

    こいぬのカイくん、こぐまのルディくん、野ねずみさん、リスさん、トカゲさんとそのおともだちによるお話集です。

最近の記事

「バンクシー」

彼はカンバスを持っていなかった。絵の具も絵筆もなかった。 家の駐車場の壁に描かれた落書き。これが、彼の作品だった。 光、うみねこの鳴き声、音楽…。 目に見えない、そのかたちを、右目でも左目でもないもう一つの目でみて、描き出す。 小さい頃からずっと変わらず、青とピンクと黄色いクレヨンで。ぎりぎりまで、短くなって、持てなくなるまで。 彼の作品には、共通点があった。 他の人にはみえないものであること、でもたしかに存在しているものであること。 そして誰もが「なつかしく思うもの」で

    • dawn

      濁った薄靄に、一条のひかりが差す。 それは、希望のように。「理解」のように。 あと一歩、「これしかない」が「知る」を促す。 美しいから、進む。 その美しさにだけ気付いていればいい。 もうおわりだなんて言わないで。 これがはじまりだと言って。 熱源まで手をのばす、さいごまで。 さいごまで。

      • 空の上のペダル屋さん

        遊ぼうよ。ぼくら楽しいから、ペダルをふむんだよ。 ペダルをふんで、はじめよう。 このはしごをのぼって、あのおうちに行けばペダルは手に入るよ。 息をするように遊ぼうよ。 きみだけのペダル、手に入るよ。 緑の絨毯。春草の匂い。風にまかせ、ちょうちょがひらひらとんでいきます。 澄んだあおぞらの下、どこまでも広がる野原の上で、ひつじさんはおひるねをしていました。 そんな夢をみていたひつじさんの鼻先に、ちょうちょがちょこんととまりす。 「そうだ、ペダルを買おう!」 ひつじさんはとつ

        • 電車が通る高架線の下で

          そのノイズは必要だった。 だから、ぼくはゆっくり呼吸をする。 「美しいと思ったんでしょう?だったらきっとこの先もずっと美しいよ」 ぼくが好きだったのは、そんなことを言う橘先生だった。 先生は現代国語を担当する若い男性の教師で、ぼくが所属する文芸部の顧問だった。 先生は生まれも育ちもこの町だった。 前に、先生の母もこの町で生まれ育ったという話を聞いたことがある。 愛しそうに、独特の方言を話す母より、都会生まれの父の方が「訛っている」ように感じていたと授業で話していた。 それだ

        「バンクシー」

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        • 童話
          21本

        記事

          うわの空

          チェス盤の上で、ぼくたち駒になったみたいだね。 野ねずみさんとこいぬのカイくんは落ち葉のベッドの上でチェスをしていました。 「ルークがうごくよ」 「ビショップは僧侶でも、象でもあるんだ」 駒のとりあい、カチカチした音と跳ねるひかりの粒たち。 ふたりの間を通りぬける乾いた風で、目の前のカラタチバナの実がゆらゆら揺れています。 「ぼくきづいちゃったんだ。このままルークをうごかせば、ビショップがとれるよ!」 「わあ、やっぱりカイくんはじょうずだなあ」 カイくんが白の駒を動かし、野

          ルシッド·ドリーム

          発するということは、得るということだった。 初めての音は、いくども方向をかえて、流星群となって、ぼくらにふりそそぐ。 エイトビートが真空を刻んで、揺らす。 そのグラデーションの成層圏の下ではまだ太陽がしずみきっていなかった。 フクロウとぼくは小高い丘で、一本だけたっているモミの木の上とその横にいました。 ぼくは言います。 「なんか目をあけてねむっているみたいだね」 「本当だね。ねむりとは準備なような気がする。すべてには準備が必要なんだ。とつぜん幕が開けたらつまらないだろ?

          ルシッド·ドリーム

          Girls’ Xmas

          カーテンは白いレースに真っ赤なバラ柄。 世界はピンクと白のホイップクリームにいちごがのってればいいの。 白いお皿の上にパンケーキをつみかさねる。ひどく文学的な作業よ。 いやんなっちゃう!シャンパーニュだって用意しなきゃいけないのに。 あの子たち、どこいっちゃったのかしら。 七面鳥なんていらないわ。お砂糖が合わないもの。 そうよ、お砂糖しかいらないの。お砂糖だけがあたしの喉を潤してくれる。 過剰なくらいが、ちょうどいいわ。 耳に赤いリボン。首輪は別注。 今日のために

          紅葉づくり

          芸術の秋。そうだ絵を描きにいこう。 形からはいるトカゲさん、まず赤茶のベレー帽をかぶります。 そして家の物置きから、キャンバス、絵の具セット、筆何本かとりだせば、もうトカゲさんは画家の気分です。 ぼくなら何かすごいものをつくれてしまいそう。 秋の澄んだ空気はトカゲさんに、予感しかさせませんでした。 さて、お家を出て、紅葉の森へむかいます。 色とりどりの葉っぱたち、秋色の絨毯。 ザッザッザッ。トカゲさんがふみならす自然の音楽はすでに芸術でした。 そんな時、ふと足元をみる

          blueholic

          ぼくに息をさせないで。 深いみずうみの底に沈めて。 えいえんに。えいえんに。ずっと。 「美しい」の水圧にとじこめて。 その音しかきこえないようにさせて。 それ以外は何もきこえなくなりたい。 それほどまでに鮮烈な青。 からだ中を美しい猛毒で蝕んでほしい。 沈んで、沈んで。できたらぼくは、 青ずんだ太陽の一部になりたい。

          月旅行

          月へ行こうよ。 どこまでも、ハインリヒ·ハイネみたいに。 澄んだ空気、夜という名の宇宙、 明かりがともれば舞台はととのう。 神さまの備忘録、舞台上の空気がふるえ、 演者たちは月に帰る。 月へ行こうよ。 だって町楽隊がはじまるよ。 待っていたんだって。ずっと。 こんなふうにして音楽が続いてくれてよかった。 ぜんぶがつながって、秋めいた匂いにひっぱられる。 蜘蛛の糸みたいに、すぅっすぅっと。 ぼくにはもう、そう言うことしかできない。 それしか、言えない。

          ひかりのトンネル

          今夜は甘いにおいがする。 誘われている。暗闇のむこうでだれかが、ぼくらを手まねきしながらのぞいている。 「ほら、お薬もらってきたよー」 「ありがとう!」 こぐまのルディくんは風邪をひいていました。 心配したこいぬのカイくんはお薬をとどけにルディくんのお家にやってきたのです。 「咳はだいぶおちついてきたんだよ。カイくんがお薬をとどけてくれるおかげで」 「それはよかった!最近急にさむくなってきたからねぇ。しばらく安静にしていてね」 「うん!ありがとう」 カイくんは空気をい

          ひかりのトンネル

          文鳥さんの学校生活

          ブンチョウさんは桜小学校に通っていました。 ランドセルには授業のための教科書、ノート、 そしてブンチョウさんがだいすきな物理の本が、その日の授業に関係なく毎日はいっていました。 たくさんの鳥たちが校舎に入っていきます。 分子の動きと鳥たちの動きにちがいはない。 建物にすいこまれていく鳥たちをみつめながらブンチョウさんはそう思っていました。 ブンチョウさんが教室にはいり、席につきます。 まわりの同級生の鳥たちはおしゃべりをしていたり、おいかけっこをしていたり、ざわつい

          文鳥さんの学校生活

          believe anyone

          誰かが捨てたことばをひろう。 それを大切そうにかかえる。 メロディの間にとつぜんあらわれた小休符に、 束の間の呼吸をするように。 ぼくには分からない。 なぜそれを愛おしいと思うのか。 ぜんぶ「延長」だからか、「蓄積」だからか、 そこで育てた「動機」だからか、 あなたが捨てたことばにも「愛」を感じずにはいられない。 積み木をかさねていき、くずし、そしてまたかさねる。 こどもの頃、だいすきだったあそびのように。 次に進むために、いそいで書いた物語も、 あと

          believe anyone

          遊園地

          野ねずみさんとリスさんは遊園地にやってきました。 入ってきた瞬間、その景色、匂いに圧倒されます。 「すごくにぎわっているねぇ。何に乗る?」 「まずはメリーゴーランドに乗ろうよ!」 とてもよく晴れた空。 いろとりどりの風船。ポップな赤、青、黄、たくさんの色が浮かんでいます。 遊園地そのものがなんだか大きな風船みたい。 ふくらんでいる、とリスさんは思いました。 野ねずみさんとリスさんはメリーゴーランドのりばへ向かいます。 なつかしいワルツがきこえてくる。 小さい頃、よく

          曇り空のパレード

          曇り空のパレードはじまるよ。 こんな真っ白な空だから 思い馳せたら止まらないみたい 追いかけっこしては隠れんぼ 見つからないのは誰かの影だからかな 「あ、雲だ」 ぽっかり浮かんだ雲、みるみるうちに広がっていきます。 そして、とおくから音楽が訪れます。 じょじょにじょじょに、こちらへ近づいていきます。 誰もいない平日の昼過ぎ 自分だけが聴いたハミング 通り過ぎて行く風も 優しく頬撫で誘うの フロートの上にはくまさんが、 野ねずみさん、うさぎさんもいます。 空に向けて

          曇り空のパレード

          くまの床屋さん

          くまの床屋さん、はじまるよ。 開店は朝の8時。くまさんの朝は早いのです。 くまさん、くまさん。いらっしゃいな。 ここで待っているのは熟練のくま理容師さん。くまカットならなんでもお手のもの。 さあ、看板を出そう。 〈メニュー〉 くまカット 500えん こぐまカット 300えん ※シャンプー、ブローはりょうきんいただきません ひとりめのご来店。けむくらじゃらのくまさんがやってきました。ここの常連のくまさんです。 「暑いからさっぱりめにしてくれ」 コームで毛を

          くまの床屋さん