ひかりのトンネル
今夜は甘いにおいがする。
誘われている。暗闇のむこうでだれかが、ぼくらを手まねきしながらのぞいている。
「ほら、お薬もらってきたよー」
「ありがとう!」
こぐまのルディくんは風邪をひいていました。
心配したこいぬのカイくんはお薬をとどけにルディくんのお家にやってきたのです。
「咳はだいぶおちついてきたんだよ。カイくんがお薬をとどけてくれるおかげで」
「それはよかった!最近急にさむくなってきたからねぇ。しばらく安静にしていてね」
「うん!ありがとう」
カイくんは空気をいれかえようとしてお部屋の窓をすこしあけました。
夜風がぴゅうっとふたりの間をとおりぬけていきました。
いたずらみたいな風のよう。
それと同時に、なにか金色のひかりがさっととおりすぎたような気がしたのです。
「あ、うさぎだ!どこかへ行ってしまう!」
「ルディくん?ルディくーん!」
ルディくんは金色のひかりをおいかけて、お家からでていきます。
ルディくんのお家のまわりは木がおいしげった小さな森になっていました。
カイくんが外に出たときには、もうルディくんの姿はありませんでした。
「ルディくんどこー?ルディくーん!!」
カイくんはさみしさのあまり涙をポロポロ流してしまいました。
カイくんの涙でうるんだ視界に、なにやら半円形の大きなお月さまがみえます。
カイくんが涙をぬぐってよくみてみると、それは遠くまでつながった筒のようでした。
両脇に一列に星形のランプがたくさんついたトンネル。
こんなところにトンネルなんてあったっけ。
カイくんはそう思いましたが、もう進むしかないと思いました。
なぜかルディくんがその先にいるような気がして。
カイくんは一心不乱にそのトンネルの中を走りました。
両脇の星形のランプがぴかぴかひかっています。
トンネルの出口にさしかったとき、なんだか曖昧にみえる森の景色の中、ルディくんがうずくまっているのがみえました。
「ひっく。ひっく。おともだちどこへ行っちゃったんだろう」
「もう大丈夫だよぉ。もう大丈夫だよぉ。ルディくん、ぼくがおともだちだよぉ」
カイくんは短いおててでいっしょうけんめい不安そうなルディくんの背中をさすりました。
ルディくんは涙をポロポロポロポロ。
カイくんも涙をポロポロポロポロ。
夜の風が木々をゆらしているうちに、ふたりはじょじょにおちつきをとりもどしてきました。
「ここはどこなんだろう」
見慣れている小さな森の景色とはなにかがちがう。
うしろをふりかえるとさっきまであったトンネルがありません。
なんだか甘いにおいもする。
ぼくたちどこかへ迷いこんでしまったのだろうか。
「あ、あそこにだれかいるよ!ここがどこなのかきいてみよう」
木々のあいだを耳がとがった白いねこが歩いているのがみえました。
でも近づくとあることに気がつきます。
大きい。大きいのです。
ねこの体はトラやライオンくらいありました。
でもやっぱり姿はねこなのです。
ルディくんとカイくんはこわくなって近づくのをやめました。
ふたりはてくてく歩いていきます。
そのあいだに何度か白いねこを見かけました。
「ぼ、ぼく気づいちゃったんだけど」
ルディくんはふるえる声で言います。
「あの白いねこ、みるたびに大きくなってるよね…」
「そ、そんなわけないよ!」
そう言いましたが、カイくんもうすうす気づいていたのです。
ふたりは黙りこんでしまいました。
それでも歩みをとめたら、真っ暗なやみにのみこまれてしまいそうでした。
なのでずっと歩いていきます。
「やあ!きみたち困っているみたいだね!」
土の中からとつぜん、ひょっこりと顔をだしたのは、もぐらさんでした。
「ああ、ぼくたち家にかえれなくなっちゃったんだ」
「へぇ!ここにはどうして来れたんだい?」
「ああ、ぼくたち星形のランプがいっぱいついたトンネルを通ってきたんだ」
「なるほど、きみたちひかりのトンネルを探しているのか!ぼくが道案内してあげるよ!」
そう言うともぐらさんは、へへっとなんだかいたずらっぽく笑ってこう言いました。
「この道をまっすぐ行って、ふたまたに分かれた左側の道をいくとみずうみがあるんだ。そこにかかった橋をわたると、ひかりのトンネルがあるよ」
ふたりには、もぐらさんが嘘をついていることがなんとなく分かりました。
でも、他にてがかりがない。
わらにもすがる思いでその橋をめざします。
たしかにもぐらさんの言うとおり、まっすぐ行った先はふたまたに分かれており、左側の道をいくと、みずうみがありました。
橋も、たしかにあります。
木の板をつなげてつくられたその橋は、とても長いらしく、むこうがわがよく見えません。
「ルディくん、行くよぉ」
カイくんとルディくんは手をつないでその橋をわたりはじめます。
ふたりが歩くたび、ぎしぎしと橋はきしみます。
こわいこと、たくさんある。
ふたりともそう思っていました。
でも今は手をつないでのりこえるしかない。
そのとき、橋がとつぜん壊れたのです。
ざぶん。
大きな音をたててふたりはみずうみの中に落ちました。
そのままみずうみのなかを沈んでいきます。深いねむりをたゆたうように。
安心感がふたりをつつんでいきます。
すぅっすぅっとふたりが落ちていくなか、底のほうからなにやら小さなひかりがのぼってきます。
星形のランプを一ついれた、鳥籠をもったたぬきさん。あたまには三角のとんがり帽子をかぶって。
ふたりは夢の中なのか、現実なのか分からないままたぬきさんのあとを泳いでいきます。
ふわふわ、ふわふわと。泳いでいくというより、つつまれてとんでいくように。
ここはどこだろう。ここはどこだろう。
ふたりをつつんでいたものがなんだか溶けて、ねむりからさめたような気がしました。
ふたりはみずうみから岸にあがっていました。
目をこすりながらまわりをみわたします。
ぼやけた景色の中、大きな半月をそこにみいだします。
「ああ、ひかりのトンネルだ!!」
くらやみの中、ぼうっとひかりのトンネルはふしぎなようにぴかぴかしていました。
それと同時に、あの白いねこを見つけました。
さきほどよりねこは大きくなっています。
ふたりはひかりのトンネルにとびこみます。
そして進んでいくうちに、すこしずつトンネルの中がくらくなっていくのを感じます。
ふりむくと、両脇にならんだ星形のランプがふたりのうしろでどんどん消えていきます。
「いそがなきゃ!」
ルディくんとカイくんは手をつないではしりだしました。
カッと稲光のようなひかりにとじこめられ、それと同時にぴゅうっと、なんだか風がとおりぬけたような気がしました。
ふたりは目を閉じていました。
すべてのひかりがやみ、ゆっくり目をあけたときにはふたりはもう外に出ていました。
外では秋の虫がないていました。
とけていて曖昧だった景色が、急にはっきりと輪郭をもちはじめました。
「ああ、ぼくたち助かったんだ」
カイくんはほっと胸をなでおろします。
「こほっこほっ」
となりでルディくんは咳をしていました。
「ルディくん?お風邪だいじょうぶ?お家に帰ってゆっくり休まなきゃ」
カイくんはルディくんの背中をさすります。
ふたりはゆっくり、手をつないでルディくんのお家に帰ります。
すべての感覚に意味がある。
甘いにおいも、ひかりのトンネルも、
ぜんぶが同じ水面のうえで漂っている。
沈殿するかしないかの違いだけ。
ぼくたちはねむりにつくといつだって、
いたずらの魔法にかけられる。
そんな10月のある日のお話。
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