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おいかけっこ

ここはとある市街地の川沿い。
「今日は何かいいことあったっけ」
ぼくが川べりに座ってぼうっとしていると、目の前を、四つの足をバタバタさせながら、トカゲさんが急いで走り過ぎていきました。
「なんですか、なんですか。ぼく食べたっておいしくはないですよ」
うしろからねこさんもやっていきます。どうやらトカゲさんを、ねこさんがおいかけているようです。
「食べようとしているんじゃあないよ。おもしろいからおいかけているんだよ」


トカゲさんがしばらく走っていると、道の端に小さなしげみを見つけました。
トカゲさんはガサッと音をたてて、しげみに隠れます。走りすぎたせいで足がぱんぱんです。
ふと、トカゲさんは背中からいい匂いがすることに気がつきました。
そこにあったのは一輪のクチナシの花でした。
ああ、かわいい。たくさん走って逃げてつかれたぼくを、癒やそうとしてくれているんだな。
トカゲさんはおててとおててを合わせて目を閉じます。
ありがとうございます。感謝です。
トカゲさんは目をあけると、あることに気がつきました。
でもここじゃあ、日の光が当たらないなあ。
クチナシの花は葉っぱの陰にありました。
トカゲさんは葉っぱたちをすこしどけました。
「これでぴかぴかのおひさま入るね」

またどのタイミングでねこさんに見つかるか分かりません。
トカゲさんは、この場に長くとどまることはできなかったのです。
別れを惜しみながらクチナシの花から離れ、しばらく歩を進めると、トカゲさんは気がつきました。
さきほどより足が、スイスイ進むようになっていたのです。


トカゲさんはしげみから出ます。ねこさんの気配はありません。
逃げ切ったのかな?
トカゲさんはふりかえります。逃げ切れた訳ではありませんでした。ねこさんの表情はよだれを出していたわけでなく、ただただムスッとしているだけでした。
「トカゲくん、さっきはどこに隠れていたんだね。ちゃんとぼくの遊び相手になってくれなきゃだめじゃあないな。さあ、またはじめるよ」
ねこさんは前足をかきかき、楽しげに全力疾走を始めました。
ああ、また逃げなくちゃ。
しばらく走っていると、トカゲさんはまた道の端にしげみを見つけます。
「はあ、はあ」
息も絶え絶えにしげみに入ります。
しげみの奥に入り、息を整えていると、トカゲさんはまた甘いいい匂いがすることに気がつきました。
匂いの元を辿っていくと、そこにあったのはラズベリーの実でした。
トカゲさんは一粒つまみ、お口に入れます。走ってカラカラのトカゲさんの喉を潤してくれるようです。
ああ、また助けてもらえた。感謝だ。
トカゲさんはおててとおててを合わせて目を閉じます。
ありがとうございます。
トカゲさんが目をあけると、またあることに気がつきました。
ラズベリーの実と実は絡み合って、苦しそうだったのです。
トカゲさんは絡みを解いてあげました。
「これで、自由に育つね」

またねこさんに見つかることを考えると、トカゲさんはやっぱりしげみを出なきゃなりません。
歩を進めると、また気がつきました。
さきほどより、息がしやすいのです。


トカゲさんがしげみを出ると、すぐにねこさんの不満げな顔が見えました。
「ああ、逃げないと」
トカゲさんはまた、走りはじめます。
ねこさんはトカゲさんを見つけると、とっとことっとこ走ります。
トカゲさんは一生懸命走りました。
ですが、さっきまでところどころにあったしげみが見つかりません。
トカゲさんは休むことができなくなってしまいました。
疲れたトカゲさんは気を失い、倒れてしまいます。
なんだか大きな穴にすいこまれるような心地がしながら、トカゲさんは夢をみます。
それは、走っていると、トカゲさんのしっぽが切れる夢でした。
しっぽはあたらしい小さなトカゲさんになって、こう言います。
「おいかけっこって、楽しいね」
楽しい?そうか、楽しいのか。
ぜんぶ、ぜんぶ、楽しめばいいのか。
なぜだか、トカゲさんは嬉しくなって目を覚まします。


ゆっくり辺りを見回すと、やっぱりねこさんがいました。
「もうやめようよ。おいかけっこだなんて。なんの得にもならないじゃあないですか」
トカゲさんが言うと、思ってもいないこたえがねこさんから返ってきました。
「何を言っているの。ぼくも一緒だよ。ぼくもおいかけられているんだよ」
そのことばにきょとんとしながら、トカゲさんは言います。
「え、ぼくだけじゃあなかったの」
「ぼくも人間においかけられて、ここまで来たんだ。さっきもからあげの置いてある鉄柵の罠にひっかかりかけたところなんだぞ」
「なんだ、みんな一緒なんだ」
「きみだけじゃあないんだよ。だから安心してほしい」
トカゲさんはなんだか嬉しくなってこう言います。
「教えてくれてありがとう。ねこさん」
ねこさんは前足をペロペロ舐めながら言いました。
「とりあえずぼくはきみを追いかけるのに飽きたからおわり。別の事をするね」
ゆっくり旋回し、ねこさんは立ち去っていきます。

あまりにも突然おわったおいかけっこに少しぼうっとしながら、トカゲさんはまた歩きはじめました。
「上手くいかない」を楽しんでもいいのかもしれない。
しばらく歩くととある川べりの石垣にたどり着きました。
トカゲさんは足を放りだして、石垣の上に座ります。
ゆっくり息を吸いながら。

ぼくはそれを別の川沿いの風から聞きました。二つの川は元は一本の川で、また合流して、同じ海に流れ込むものでした。

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