文鳥さんの学校生活
ブンチョウさんは桜小学校に通っていました。
ランドセルには授業のための教科書、ノート、
そしてブンチョウさんがだいすきな物理の本が、その日の授業に関係なく毎日はいっていました。
たくさんの鳥たちが校舎に入っていきます。
分子の動きと鳥たちの動きにちがいはない。
建物にすいこまれていく鳥たちをみつめながらブンチョウさんはそう思っていました。
ブンチョウさんが教室にはいり、席につきます。
まわりの同級生の鳥たちはおしゃべりをしていたり、おいかけっこをしていたり、ざわついていました。
ブンチョウさんは物理の本をひろげます。
誰かが友だちとふざけあいながら、うしろのブンチョウさんの机にがたんと当たる。
そしてそのまま走りさっていきました。
ブンチョウさんはそこにいるようでそこにいない。
ぼくは、分子のなかでも単原子分子だ。
ぷかぷかと浮いている。でもそれでかまわない。
そうこうしているうちに担任の先生があらわれました。
1時間目は国語です。
ぷかぷかと浮いている空気の中で、時間だけがすぎていく。
音読をみんなでしたあとに先生が黒板に字をかく。
それはブンチョウさんにとってみえているようでみえていない景色でした。
そうしているうちに終業のベルが鳴る。
ブンチョウさんはけっして学校を休むことはありませんでした。
毎日学校へきて、毎日景色のなかでぷかぷか漂う。
桜小学校の校庭にはコスモスが咲いていました。
何年か経ち、ブンチョウさんは桜小学校を卒業して、胡麻塩中学校に通っていました。
学生カバンには授業のための教科書、ノート、そしてブンチョウさんがだいすきな物理の本が、その日の授業に関係なく毎日はいっていました。
ブンチョウさんはあいかわらずひとりでした。
物理の本をひらく。たしか今日の1時間目は理科だった。
「理科ってわけがわからないよ!」
教室の窓ぎわであつまっている同級生の鳥たちがおおごえでいう。
「そういえば、このあいだのテストみせたの?」
「まだだよ。みせたら何いわれるかわからないよ」
鳥たちがおおごえで笑う。
そうか、あの子たちにとって理科はわけがわからないものなのか。
ちょっと見方をかえたらおもしろいのにな。
ブンチョウさんはそう心のなかでひとりごちて、本を読んでいました。
そうしているうちに先生があらわれました。みんなが席につき、授業がはじまります。
先生が原子と分子の話をはじめます。
物質は原子や分子からできていて、原子は記号であらわされる。
元素記号のおぼえかたにはこんなものがあって…
原子核のまわりをとびかう電子は、さながら太陽のまわりをまわる惑星たち。
でもここでとびかう鳥たちはなんのまわりをまわっているのだろう。
学校?教室?理科の授業?
なにをめざして、なんのためにぼくたちは勉強するのだろう。
ブンチョウさんはけっして学校を休むことはありませんでした。
毎日学校へきて、理由がわからなくても勉強する。
ぼくらをつくる最小の単位である原子は粒子と波、どちらの性質ももっているという。
授業をききながら漂っているブンチョウさんのからだは、そのままゆらゆらと輪郭をもたずに黒板のむこうまで流れていきそうでした。
胡麻塩中学校の校庭にはコスモスが咲いていました。
何年か経ち、ブンチョウさんは胡麻塩中学校を卒業して、シナモン高等学校に通っていました。
学生カバンには授業のための教科書、ノート、そしてブンチョウさんがだいすきな物理の本が、その日の授業に関係なく毎日はいっていました。
ブンチョウさんは今日も物理の本をひらきます。
目にとびこんできたのは星と星とをひたす黒いみずうみでした。
これは質量の保存であり、熱の可逆性。ホログラフィの理論です。
ぼくとぼくとの対話がはじまる。
でも、この日はいつもとちがいました。
「ブンチョウくん!それって」
スズメさんが物理の本をのぞきこみます。
「宇宙?ぼくすごく宇宙に興味があるんだ」
スズメさんがちかづいたとき、なんだか晴れた日に干した布団のようなにおいがしたと、ブンチョウさんは思いました。
「そ、そうなんだ」
「ねえねえみてみて宇宙だよ。ブンチョウくんはほんとうに勉強熱心だよね!」
たくさんの鳥たちがブンチョウさんの机のまわりにあつまります。
そういうこともあるんだ。
なんだか、ふしぎな分子の動き。
たくさんの鳥たちが感嘆の声をあげてブンチョウさんの本に見入ります。
そうこうしているうちに始業のベルが鳴りました。
1時間目は数学でした。
いつもよりはっきりみえる景色。黒板と白いチョークの輪郭、そのコントラストの鮮明さにおもわず目がくらむ。
世界はこういう色をしていたんだ。
ブンチョウさんはとてもとても驚きました。
それからブンチョウさんはスズメさんをふくめ、同級生の鳥たちとよくおはなしをするようになりました。
いままでこころとあたまの中にためていた規則や法則が、つぎつぎ外へはなたれていきました。
それと同時に、それら規則や法則にあてはめることができないことがたくさんあることを知りました。
いままでとちがう学校生活。
もしかしてとびかっているのは電子ではなく、ぼくらの思いやりなのかもしれない。
とびかっているから中心をつくる、輪をつくる。
ブンチョウさんはけっして学校を休むことはありませんでした。
毎日学校へきて、あいかわらず物理の本を広げます。
湖面から、空によばれて顔をだす。
シナモン高等学校の校庭にはやっぱりコスモスが咲いていました。
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