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ひと言だけ

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雑記帳およびみじかい小説など
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#小説

朝9時40分

朝9時40分

愛想ないコンビニの店員鈴木さんが、やたら話かけてくる日は、恋愛でもうまくいっているのだろうか。
こんなにムラのある人雇うのやめとけよと思うが、ここは店長の入れ替わりが激しくたぶんろくな職場じゃなさそうだ。アルバイトの人も選べないんだろうな。
大学に行く前に朝ごはんを買い、わたしを焦がさんばかりに陽あぶりにする世界を歩く。緑がまぶしい。道が白い。
おにぎりを食べながらにやけてくる。
「あ赤飯ないんで

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わたしはわたし

わたしはわたし

髪が伸びすぎてる。オタクみたいだ。それでもいい気がしてきたから、いよいよオタクになれそうな夏の始まり。

刺身を食べかけたまま、箸を皿に置いて立ち上がり、開いた障子から陽の光のなかへ、かよこは出かける。

半分余ったそうめんが見える。溶けた氷が浮いたガラス器の水面に、明かりのない和室の天井が映る。

まぶしさに顔をしかめて、かよこはギラギラと迫るような道を青空背負ってまっすぐ進む。

髪が首にから

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天気雨とシュークリーム

天気雨とシュークリーム

ダイエット中といって予防線張ったのに、おかまいなしに、ヤマザキのシュークリームを手渡してくる母親は障害物でしかない、

このあいだ、小雨が降っていて傘がなかったから濡れて歩いていたら友人が働いている喫茶店が見えて、雨宿りしたかったけど、わたしは濡れているから店内には入らない方がいいなと思った。中は暖かくひとがたくさんいて、外にひとりで立つわたしがガラスに映る。足元は泥がはねて汚れていた。

気を使

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水平線の漁火

水平線の漁火

喫茶七つ森でココナッツカレーを食べてから、扉をカランカランさせて外に出ると、午後五時半の西日の中に、わたしの腕がチリチリと照らされる。産毛が金色に光る。

日焼け止めしてないから駆け足気味にアーケード街へ入る。

ブックオフの冷えた風につられて、欲しいものがないのに店内をほっつきあるく。サンボマスターの新譜がもう安売りされて四枚も並んでる。料理本も紀行本も小説も何にも興味が持てないのだが、まだエア

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いちごムース、階段、バッファローの群れ

いちごムース、階段、バッファローの群れ

数の子を冷蔵庫の奥に見つけた。驚いたことに賞味期限は切れておらず、捨てるわけにはいかないけれど、六月に食べる気にはなれない。

とりあえず見なかったことにして、手前のガラスカップに盛り付けたいちごムースを3つ取り出した。

低い丸テーブルを囲む友達は顔をあげて、わあーおいしそうと声をあげる。

私はテレビをぼんやり見る。画面のなかのバッファローの群れがハイエナから逃げる。

10分したら自然番組は

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evergreen

evergreen

CDを入れ替える。

流れてきた曲にあわせるように、窓から風が、車の中をかけぬけていった。

助手席でサトコが口ずさむ歌詞を聞いて、わたしはこの曲のタイトルの意味を知り、おもいがけず驚く。

「見送りに出てこなかったなあ」

「今度はあの子連れてあんたに会いにいこうか」

「うーん夏になったら、あたしがまた来る」

サトコはうすく笑って続きを歌う。

わたしはほんとうに来るだろうか。

あなたが大

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夜中に窓をたたくのは

夜中に窓をたたくのは

恋愛小説を書いてる友人が、夜中に窓をそっとたたき、チョコレートケーキを食わせろという。

糖分が足りないのだと。

チョコレートケーキもだが、わたしの意見が必要なんだろう、と思いながら招き入れてやる。

これ読んで。なんか、終わらないんだけど、

長いだけで堂々めぐりやん。

なんで先に進まないのかね。

さぁ…あ、チョコレートケーキ、切らしてるわ。

アドバイスも糖分ももらいそこなったくせに、翌

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ねんりん

ねんりん

38年生き残っている。脳が取捨選択して、ほとんどの瞬間は思い出せないけど。じゃあ思い出せることのなにがそんなに重要かとゆうと、初めてわかった、てゆう感覚だと思う。つまり成長の年輪。人も木もおなじだな。たくさん年輪があれば太くて立派な木になれる。たくさんチャレンジして生きよう。

雨の日

雨の日

違和感をかんじるものがなくなって日記を書かなくなり、大学生活も尽きかけた10月。

アルバイト先のセブンイレブンで、インドネシア人の店長が来週からサーフィンしに地元へ帰るから、一ヶ月シフトを任せるという。

店長はあいかわらず制服を着ないで、派手な青いシャツ姿。せいぜいアルバイトにしか見えない。しなやかな肌の濃い笑顔で、やっと帰れるわと鼻歌を歌う。

一ヶ月したら帰ってくんのほんとに、と突っ込んだ

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展覧会の終わり

展覧会の終わり

真っ白いキャンバスが朝の光を反射して、もろに顔に当たる。

みかさは目を覚ました。頭の上に降りそそぐ光の向こう側に青い空が見える。ふとんの足元で、床にじかに立てかけられているキャンバスが、正面からの朝日を反射して天国への入り口のように真四角に光る。昨日は悩んだ挙句ごちゃごちゃと色を塗りたくって、布でそれをぬぐって、もとの白に戻しただけだ。色を消す判断があるだけ、自分に自信が持てる。

あと一時間で

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雨の日の屋上で

雨の日の屋上で

春が来ると、風は生暖かく湿気を帯びる。草花の芽が土の中から、やっと外に出てくる。

雨の日が多くなって、咲いたばかりの桜が散る、散る、と日本人は、朝の天気予報がはじまると、トーストを食べることを忘れて、テレビに見入る。

お父さんはサラリーマンだから、もちろん4月には会社のお花見があり、桜そっちのけで同僚と酒を飲み、二次会はカラオケだか、居酒屋だかに移動して、深夜に酔っぱらって帰宅する。

私はお

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屋上の富士山

屋上の富士山

かれこれ3ヶ月、わたしは昼休みになると1人で屋上にあがり、お弁当を食べている。

入社当時は、同僚と子育てや上司の文句をいいあいながら、ごはんを食べるとお腹が痛くなってしまった。なるほどわたしはこの女子会みたいな昼休みは向いてない、としずかにドロップアウトしてから、屋上の青空ごはんを始めた。

ここからはたまに、富士山が見える。

あと屋上にはたまに、大谷くんとゆう一番若手の営業の子もくる。

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桜が舞う前に、大人に

桜が舞う前に、大人に

お兄ちゃんは去年の5月、受験のために、かなえちゃんと別れた。それが功を奏したのか、希望していた京都の大学にストレートで合格した。

高校の終業式を終えてしまった今は、京都へ送る引っ越しの荷物をのんびりと詰めながら、時々手を止めて目を細め、空を眺めている。縁側には、薄く光る日差しと冷たい風がごちゃごちゃに入り混じる、春一番が押しかけて、雑誌をバタバタとめくりシャツを庭に吹き飛ばし、うっとおしいったら

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小野寺は良い先生

小野寺は良い先生

参考書を買いに本屋に行ったら、小野寺先生がいて、参考書選びに付き合ってくれた。隣のクラスの担任だから、そこまで親しくはないけど、よく廊下で「小野寺ー」とうれしそうに生徒に絡まれている感じからして、人気者らしい。

小野寺先生は数学の先生だ。
「先生、現代社会にロマンを感じないから興味がわかないんですけど」
「歴史なんて死んだやつばっかだし地理だって行くこともない国の話だぞ。その点、現代社会はお前の

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