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#日記

アリゾナの思い出/middle of nowhere

アリゾナの思い出/middle of nowhere

アリゾナで遭難し、ネイティブの人達に助けられたことがある。



私と友人、オーストラリア人のカップル、それから地元で生まれ育ったというサムは、ラスベガス郊外のユースホステルで知り合った。みんな人生の浅瀬で若さを持て余していたのだと思う。なんとなく意気投合して、翌日の夜明け前にはもうグランドキャニオンへ向けて出発していた。

ユースホステルにはウイスキーという名前の汚れた猫がいて、その猫にポテト

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王女の命令と、いつか片付けなくてはいけないもの

王女の命令と、いつか片付けなくてはいけないもの

夏の朝、よく冷えた部屋でひとりコーヒーを飲んだりしていると、ソファから手を伸ばしたあたりに、記憶の泡がゆらゆら浮き上がってくる。

湖底にしずんだいくつかの宝箱が、ため息をつくように、ぽこぽこあぶくを吐き出している。かつて輝いていたものや、大切だったもの、心地よい感触、忘れたくない人、美しい風景――たとえば結婚式のドレスにゆれるレース刺繍や、アリゾナで見た光、冬の夜の、毛羽立った毛布のあたたかさ―

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真夏のエレベーター

真夏のエレベーター

街には、真夏の湿気と熱が充満していた。
まして今は、熱気と興奮に彩られた年に一度の大きな祭りの真っ只中。
本番が夜だが、祭りの熱は、昼間も冷めることはなかった。

街には、大きなビルがそびえ立っていた。
街のシンボルであるそのビルには、ガラス張りのエレベーターがあった。
エレベーターは祭りに浮かれた満員の客を乗せ、せわしなく上り下りを繰り返していた。

エレベーターを待つ人に混じって、小さな女の子

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物語を読む人にひらかれる扉

物語を読む人にひらかれる扉

5月の窓辺は、読書をするのにうってつけだ。ミルク入り紅茶はずっと適温で、マドレーヌはしっとりと美味しい。透明な光そのものみたいなそよ風が、むき出しの腕にあたってやわらかく砕ける。街の音が一枚の被膜をかぶったようにくぐもり始めると、物語の先はもう、マーブル模様の夢にとろけている。

あまりにも天気のよいある日、古い本を本棚から引っ張り出して読みたくなった。澄み切った青空の綺麗な休日だった。どうして外

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火曜日のノート:2018年2月13日

火曜日のノート:2018年2月13日

火曜日はちょっと立ち止まる。

振替休日の月曜と、バレンタインデーの水曜の間にはさまれた、何の変哲もない火曜日。サブウェイで日替わりサンドイッチをオーダーしたら、やわらかくくずしたたまごがパンにはさまれる曜日。それは、もちろんとても美味しいけれど、水曜のローストチキンや金曜のBLTの方が、なんだか見ばえがするような気がする。うらやましくないと言ったら、うそになるかな。じつは私は、火曜日生まれなんだ

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Dear コンプレックス

Dear コンプレックス

クリームたっぷりのケーキが目の前にある時、まだそれを口に入れてもいないのに、舌先に甘い味がとろける。

一輪の花が目の前にあるなら。

たとえば、バラ。

花びらはほんのりとマットで、枝葉はみずみずしく、棘の輪郭は凛と引きしまっている。

鼻先に、ふわんとした香り。

もうそれだけで私はダメだ。口の中に、バラがいっぱいに広がってゆく。強烈な香水を飲まされているみたいで、頭がクラクラして、胸やけがこ

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手帖から消えたページ #1

手帖から消えたページ #1

朝、目覚めると、手帖から数十ページが無くなっていた。県庁通りの雑貨屋で買った、手触りのよい紙を束ねたお気に入りの手帖だった。部屋中をくまなく調べたところ、その痕跡から、夜の間に誰かが持ち去っていったのだろうと考えるに至った。
乱暴な手の持ち主によって、手帖は見るも無残に引き裂かれていた。いったい誰が、なぜこのようなことをしたのだろう。しがない一般市民の(それも私なんかの!)日記に、貴重な情報などあ

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何が 求められて どんなふうに 選ばれる

何が 求められて どんなふうに 選ばれる

留学から帰国したとき、生活するために派遣社員として働かなくてはならなかった。その会社は、今では違う体制をとっているけれど、十年ほど前は営業担当や技術者といえば男性ばかりだった。ほんの少し空いた席に配置された女性スタッフが、部署内の事務作業を一手に引き受けていた。そのほとんどが派遣社員だった。

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金曜日、23時の交差点

金曜日、23時の交差点

金曜日の夕方、後で消えるかもしれないnoteとして、会社を辞める人の周辺から聞き伝わったことについて書いた。そしてそのあと、ふしぎなことが起こった。23時頃、とある交差点で、私は彼女にばったり会ったのだ。花束を持った彼女に。

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アリゾナの思い出  Middle of Nowhere

アリゾナの思い出  Middle of Nowhere

アリゾナで遭難し、ネイティブの人達に助けられたことがある。

私も友人もオーストラリア人のカップルも案内人のサムも、みんな人生の浅瀬で若さを持て余していたのだと思う。ラスベガス郊外のユースホステルで知り合い、翌日にはもうグランドキャニオンへ向けて出発していた。

案内人のサムはどこか信用できない人物だった。

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雨上がり

雨上がり

ベランダから羽ばたきの音が聞こえてきたので、スズメかな、と思ってお米をまいてみたのは昨日の朝のことだ。まいたからといって、また来るとは限らないし、来るとしてもきっと留守中のことになるだろうと思った。そのお米が今、足元にはひとつぶも残っていない。スズメが来たのだろうか?それとも、雨がもう一度降っただけだろうか。

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淡々と続く人生

淡々と続く人生

昨日更新したnoteの写真を見て、友人が「キリンジのエイリアンズが頭の中で流れた、超好きな曲、この風景に合う」と言ってくれた。すっごく嬉しくなって、キリンジを初めて聞いてみた。確かに、この風景とその音楽が重なる部分があるなあと思ったし、曲が良かったし、空気感が素敵で、最高の褒め言葉だと思った。どうもありがとう。

その言葉が純粋に嬉しかったことと、思ってもみないところで何かと何かが誰かの頭の中で繋

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小さな思い出のかけら

小さな思い出のかけら

日比谷のミッドタウンで両親と映画を観に行く約束をした。私は山手線で新宿駅から有楽町駅に向かっている途中、電車が止まり、あと二駅というところで立ち往生。向かいの電車は、東京駅行きだった。もう映画のチケットは購入済み、焦る。ここから歩くより、東京駅から歩いた方が早く着くのでは?「ええい」と私が向かいの電車に乗り込むと同時に、電車は発車した。迷ってるなら行っちまえ、が信条だ。東京駅に着き、南口からミッド

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