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Random Walk

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#短編

【短編小説】腸詰奇譚 6話

【短編小説】腸詰奇譚 6話

夏の世の夢これが、私が乱歩先生と関わった、たった数日の出来事でございます。

その後私は良縁に恵まれまして、こうして地元にいて孫に囲まれているわけでございますが、まるであの日のことは一夜の夏の夢のように思われるのでございます。

……ですがね。

この歳になって、今更思うのです。

なぜあの手紙は、わざわざタイピングされて書かれていたのだろうか。

良美姉さんは別にタイピストだったわけではありませ

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【短編小説】腸詰奇譚 5話

【短編小説】腸詰奇譚 5話

女給の行方結局のところ、乱歩と丸山、定子の三人の奇妙な銀ブラにどんな意味があったのか計りかねたまま、定子は銀巴里で働き続けていた。何があったとしても生活はしなければならない。その後しばらく乱歩は銀巴里に姿を見せず、丸山もまるであの日の出来事が無かったかのように淡々とステージに立ち続けていた。

乱歩が再び銀巴里に姿を見せたのは、奇妙な銀ブラの日から三週間ほどたった日のことだった。今度は一人で銀巴里

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【短編小説】腸詰奇譚 4話

【短編小説】腸詰奇譚 4話

奇妙な銀ブラ 翌日の午後三時過ぎ。

晴海通りと銀座通りの交差点、今はPX(米軍の売店)となっている旧服部時計店前と設定した待ち合わせ場所に到着した乱歩の前には、定子と丸山が立っている。定子はともかく、まさか丸山が来ているとは乱歩は思いもしていなかった。

「丸山くん、君が来るとは思わなかったよ。店の方はいいのかね」

「あら先生、お給金は先生が立て替えてくれるのでなくて?」

「定子くんの分はそ

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【短編小説】腸詰奇譚 3話

【短編小説】腸詰奇譚 3話

銀巴里 その2丸山は定子の様子を見て、果敢にも彼女の前に立ちはだかって告げる。

「定ちゃん、落ち着いて。大丈夫だから」

そう言う丸山の声も耳に入っていないのか、ぶるぶると震えたままで定子は乱歩に向かって話しかけた。

「ら、乱歩先生もそういう人なのですか」

「そういう人、とは何だね」

自分と定子との間に丸山がいるからなのか、それとも定子を刺激させまいとしてのことなのか、刃物を向けられている

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【短編小説】腸詰奇譚 2話

【短編小説】腸詰奇譚 2話

銀巴里その1
小林定子は銀座7丁目のシャンソン喫茶、『銀巴里』で働く女給だ。知人の伝手を頼って東北地方から親元を離れ一人出てきた彼女は、垢抜けないその仕草やそれを気にしない大らかさが周囲に好意的に受けとめられていた。

「ふふふ。定ちゃんは今日も元気そうね」

彼女は銀巴里のボーイでありスター歌手である丸山にも「定ちゃん」と気さくに呼ばれて可愛がられていた。

「あ、ありがとうございます。私なんて

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【短編小説】腸詰奇譚 1話

【短編小説】腸詰奇譚 1話

昭和XX年。夏の夜、銀座
あれはとても蒸し暑い夜のことでございました。

仕事の都合で遅い時間の帰宅となった私は銀座の大通りを足早に歩いておりました。

銀座の大通りといいましても、まだ戦後の復興のさなかでございます。

通りのあちこちに勝手に出ていた違法露店がつい先日一斉に撤去された所で、かえって夜の銀座は人通りも少なく、都会だというのに妙な静けさに包まれておりました。

だからでしょうか。ふと

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【掌編小説】騒がしい知識

【掌編小説】騒がしい知識

 二十一世紀の初めの頃、世界人口の増加ペースに食料生産能力がいよいよ追いつかなくなったと分かったときに、一部の富裕層は自らを電子データに変換することを決断した。彼らはデータ生命と呼ばれている。

 インタビュアーが感心した様子で話す。

「凄い決断でしたね」

「ところがそういう訳でもなくてね。ヨガやらゼンやらのブームと同じくらいの感覚で、『食糧難の時代到来。いまこそ肉体を捨ててクールでスマートな

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【掌編小説】十二様

【掌編小説】十二様

ひとつ。

「ねえ、十二様って知ってる?」

ふたつ。

「山の神様らしいんだけど」

みっつ。

「女神様で、一年に十二人の子どもを産むんだってさ」

よっつ。

「だから山の神様の祭りには十二個の餅を供えるらしいよ」

いつつ。

「それとさ」

むっつ。

「山に入るときは十二人にならないようにするんだって」

ななつ。

「山の神様が、自分の子どもと勘違いするかららしいよ」

やっつ。

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【掌編小説】フラッシュバック

【掌編小説】フラッシュバック

バシャッ、と頭の中でフラッシュが閃く。

ーーーーああ、まただ。

私は一人、溜息を吐く。私の意思とはまったく無関係に、過去の瞬間が鮮明に頭の中で再生される。皮膚に感じる温度や空気、匂いまでもが再現されて、私をその瞬間へと強制的に引き戻してしまう。

運転席でハンドルを握る私の横で、甘い笑みを浮かべているのは恋人の聡士だった。こちらを見つめるその瞳はどこまでも嘘がないように見える。私はその瞬間、確

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【掌編小説】星降る夜に

【掌編小説】星降る夜に

「わたしね、1年の中で今が一番好きかも」

 ふとした拍子に彼女はそうつぶやいた。なんで? という疑問の言葉を僕が発する前にひゅう、と冷たい風が吹きぬける。僕は悪寒と共に言葉を飲み込み、ぶるりと震えて首元のマフラーを巻き直す。

「寒い?」

 僕の隣を歩く女友達の芹沢悠香がこちらに目をやって気遣わしげに聞いてきた。いや大丈夫、と言おうとしてくしゅん、とくしゃみをしてしまう。強がる気持ちとは裏腹に

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残刀、露と消えて(急)

残刀、露と消えて(急)

<(破)より>

 父の正式な跡継ぎ、八代目山田浅右衛門を名乗ったのは兄であったが、自分も折りに触れて引退した父から兄の代わりとして刑の執行を命ぜられていた。特に扱いが難しい罪人について自分にお鉢が回ってくることが多いように思えた。それは自分の刀の腕を父が正当に評価してくれているということだと思ったので、素直に嬉しかった。ただ、自分が代わって刑の執行を行っている時の兄は、いかにも機嫌が悪そうではあ

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残刀、露と消えて(破)

残刀、露と消えて(破)

<(序)より>

 以来、兄と同様に父の仕事の手伝いを任されるようになったものの、長兄とそれ以外の兄弟という立場では自ずとその扱いには差があった。刑場にて父の直接の手伝いを行うのは専ら兄の方であり、自分が任されたのはそれ以外の雑務であった。雑務、とはいえ浅右衛門家の収入源としてはいずれも重要なものであったので、特にそれで不満を感じることはなかった。

 例えば薬の調合。山田浅右衛門家の「浅右衛門丸

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残刀、露と消えて(序)

残刀、露と消えて(序)

 一歩前に踏み出し、ぎゅ、と土を踏みしめる。目の前の穴から盛られた土壇場の土は、朝の冷気を吸って未だ湿り気を帯びていた。そろそろ本格的に冬の季節へと切り替わってきているのか、吐く息は白い。後ろ手に縛られたままにぐいと背中を押され、冷たい盛り土の上に直接座らされる。腰を落とした所で、訴状を手にした役人から声をかけられた。

「名はなんという?」
「山田浅右衛門と申します」
「職業は?」
「御様御用で

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