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いちおうフィクションです。

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短編小説「髪を得る為に富を失った男と、富を得る為に髪を失った男」

短編小説「髪を得る為に富を失った男と、富を得る為に髪を失った男」

お前達の世界にはこんな言葉があるはずだ。

「なにかを得る為には、なにかを失わなければいけない」

ってな。

どんなボンクラでも一度くらいはこの言葉を聞いたことがあるだろう。

俺たちからすると、この真理は違う言葉で語られる。

「なにかを与えてやるなら、なにかを奪え」

だ。

俺のじじいも、そのまたじじいも、ずうっと同じことを俺に言い続けてきた。

むかし、ちょいと気に入った人間の女の子が病

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短編小説「今日も火星人がやってくる」

短編小説「今日も火星人がやってくる」

昔、人間は地上というところに住んでいたのだそうだ。

でも、200年前くらい前に、ぼくたち人類とそっくりの火星人達が地球に攻めてきて、地球人を地下に追いやってしまったのだそうだ。

地球人と火星人の戦争は、それはそれは激しいもので、地球人は地球上に存在したありったけの核弾頭を使って攻撃したのだけど、火星人達の文明は地球人のそれと比べると格段に進歩していて、核攻撃をはじめとする物理的な攻撃は一切効果

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短編小説「地下鉄の太陽」

短編小説「地下鉄の太陽」

ぼくはミュージシャン仲間に連絡をとった。

鉄男はドラムス、高男はギター、因みにぼくはアルトサックスだ。

ぼく達の計画は、某日、地下鉄銀座線の銀座駅のホームでギグしてやろうというものだ。地下鉄でのギグだから、メトロギグ、ぼく達はその行為をメトギグと仲間内で呼んでいた。

ぼくは、大学生の頃、一年休学して、東南アジアとヨーロッパをフラフラと放浪した。
ぼくの放浪の旅は、結局どこに行こうと、安宿でダ

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短編小説「生まれてはみたけれど」

ぼくには、生まれてくる前の記憶がある。

もう亡くなってしまった母が、お腹の中にいるぼくに向かって、

「こいつは絶対産まねえからな」

と大きな声で怒鳴っていた、という記憶だ。

相手が誰なのかは分からないけど、恐らく相手は、ぼくが一度も会ったことのない父だろう。

母の啖呵を聞いて、ぼくはお腹の中で悩んだ。

お腹の中は、とても心地良いし、出なくていいなら出たくないんだけどな、とぼくはぼんやり

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短編小説「夏の日の落下」

短編小説「夏の日の落下」

都庁の近くの小さな集会室で、ぼくは手話を教えていた。

手話講師は、ぼくの本業ではない。

ぼくの本業は、レントゲン技師だった。

レントゲンが壊れて修理を依頼されれば、ぼくはどこにでも出向いた。
腕の良いレントゲン技師だったと自負していたのだけど、3年前に咽頭癌が見つかった。

レントゲン技師の仕事と発癌の因果関係を疑ったが、その証拠は何も見当たらず、ぼくは次第に職場の中で浮いた存在となっていっ

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短編小説「父を埋める相談」

短編小説「父を埋める相談」

図書館に行き、川上弘美さんのコーナーの前で、彼女の本をパラパラとめくっていると、母からラインがあった。

「お父さん殺しちゃったの、どうにかして隠したいのだけど、どこに埋めたらいいと思う?」

突然、そんなことをラインされても、息子としては困る。

「本当に?」

ぼくはラインを返した。

すぐさま、母からラインが返ってきた。

「本当よ、お父さん埋めるの手伝ってくれない?」

どうしたものか、ぼ

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エルメス銀座店で人形振りして、速攻クビになった話

エルメス銀座店で人形振りして、速攻クビになった話

エルメスはみなさん知ってますね?
そうです、格式と品格を備えたフランスの老舗ブランドです。

じゃあ、人形振りって、なんだか知ってますか?

人形振りというのは、まあ名前そのままで、人形の振りをするパントマイムのテクニックです、とでも言えば良いかな。

ロボットダンスとかマイケル・ジャクソンのカクカクした動きを想像して貰えれば、そんなに遠くないかな。

その頃、ぼくはフランス人のクラウンと知り合っ

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彼女は決して狂犬病ではない

彼女は決して狂犬病ではない

少し前にこんなことがあった。

ぼくの生業は接客業だ。

その日も、ぼくに向かって襲いかかるお客さんたちを、手際良く処理していかなくてはならなかった。

コロナ禍になってからというもの、自由に消費活動を謳歌することが出来なくなった人達は、何故かぼくの店に殺到する。

お客さんを手際よく処理なんて書くと、如何にもぼくが非人間的なマニュアル野郎のように思えるかもしれないが、これでも大抵のお客さんには懇

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死んでもそれは生えて来る

週末は雨が降っていた。
湿気が多いと、途端に私の体の具合は悪くなる。体のどこもかしこもが重くて怠い。
きっと私がイギリスに住んだら、始終雨が降り続くといわれる彼の地で、私は早々に発狂することだろう。

週末に私はなんとか風呂には入ったが、髭を剃る気力はわかなかった。

月曜日になり、仕事に行く為に仕方なく、髭を剃らねばならない。朝起きて、ただでさえ不気味で醜い己の顔を見るのに気が滅入るというのに。

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余興の思い出

余興の思い出

私がアルバイトしている職場では、店長を除けば、自分が最も長くこの店で働いている職員になってしまった。

給料は一番安いが、態度が一番でかいのは、恐らく私だろう。最もそんなことなんの自慢にもならないのだが。

春は出会いと別れの季節と言われる。

この季節は、華々しい袴姿と着なれぬ背広姿の大学生達を見かけることも多い。

私は彼らに対して、心の中で勝手に「おめでとう」と呟くと共に、これから必ずや彼ら

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「王妃が処刑された町を出て」

男はダブルベッドで一人目を覚ました。

白い壁に、灰色の寝具。

それらは全て彼の妻が選んだものだ。
深緑色のカーテンを開けると、くすんだ雲が空を覆っており、雨が降っていた。

壁から外の冷気が伝わってくる。男は再び目を瞑った。

こうして一人で生きることにも男は慣れてきた。

自分の感情をじっと静かに保つことが肝心だ。

何かに対して喜びを抱いたとしても、その後には必ず落胆がやって来ることを男は

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タクシードライバー

タクシードライバー

タクシードライバーが自殺した。

タイのタクシードライバーが、コロナの影響で仕事が激減し、政府による保証も不充分で、将来を絶望して自殺したというニュースを見た。

まだコロナ騒動がここまで拡大化する前、今年の頭に、僕はタイ旅行に出かけた。
コロナ騒動は始まり出していて、多くの旅行者は皆マスクをし、有名な観光スポットも人が疎らではあったが、まだそこには観光を楽しむ人々の明るい雰囲気があった。

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サイキックな彼

サイキックな彼

ここだけの話だが、僕には特殊能力者の友人がいる。

どんな特殊能力かというと、自分から離れた物体を直接手を触れずに、少し動かすことができるのだ。

例えば、その友人と一緒に呑みに行くとする。立ち上がらないと手の届かない所にメニューがある。友人に頼むと、彼はすっと手の平をメニューに向けて、意識を集中する。何も起こらないじゃないかと思った矢先、まあ時間にすると3、4秒、メニューが勝手に動き出して僕の手

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核シェルター

核シェルター

生来の人付き合いの悪さと出不精のせいで、私には馴染みの店などほとんどないのだが、上司が呑むのに付き合っていたら、私にも少し常連ぶれる店ができた。

店の名前は居酒屋「一方向」。
真っ直ぐに店に直行して欲しいという思いで命名したのだそうだ。
「一方向」の売りは何と言っても、マスターが手際よく繰り出す、酒に良く合う美味しい料理達だ。値段、量とも申し分なく、メニューも豊富なので、女性にも好評のようだ。

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