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余興の思い出

私がアルバイトしている職場では、店長を除けば、自分が最も長くこの店で働いている職員になってしまった。

給料は一番安いが、態度が一番でかいのは、恐らく私だろう。最もそんなことなんの自慢にもならないのだが。

春は出会いと別れの季節と言われる。

この季節は、華々しい袴姿と着なれぬ背広姿の大学生達を見かけることも多い。

私は彼らに対して、心の中で勝手に「おめでとう」と呟くと共に、これから必ずや彼らに起こる良くないことへの心配をする。

人生論を語るには、私はあまりに無知で浅はかだが、人に言われてドシンと心の中に収まった言葉がある。

「光のあるところには必ず影もまたある」

という言葉だ。念のために断っておくが、私は別にスターウォーズオタクではない。

前述した職場にKさんという人がいた。

Kさんは私と歳も近いこともあって、自然と仲良くなった。

Kさんは理系のなんでも理詰めで考える頭の良いタイプで、以前は携帯電話のメーカーで働いていた。
その職場がいわゆるブラック体質で、転職した。
私はというと、私大文系をいい加減に卒業して、フラフラするという救い難いタイプ。

Kさんにとっての私の生き方は理解し難いもののようだったが、恐らく彼の周りに私のような人間はいないらしく、職場以外でも、私が好きな映画や本や舞台を彼に教えて、彼はそれが楽しかったようだ。

そんなKさんが結婚することになった。

私はKさんの結婚式で余興をすることになり、Kさんのお母様にもお会いした。
Kさんのお母様は末期癌だった。

Kさんのお母様は何故か私のことをどこそこの俳優と勘違いして、Kさんに私のサインを貰ってくるようにせがんだ。

私のサインなど、何の価値もないが、適当にイラスト入りのサインを作ってお母様に受け取って頂いた。

結婚式場の下見も済ませて、私は大役に備えて、しっかり準備に取り掛かった。華やかな場を私のせいで白けさせる訳にはいかない。

そんな折、Kさんが痴漢の疑いで警察に捕まった。

事実は私には分からないが、どうやら相手に嵌められたようだ。

私の職場は、そのニュースが世間に広まらないように、Kさんについて語ることはタブーになってしまった。

迫っていたKさんの結婚式への参加は皆辞退した。

私は態度のでかいアルバイトなので、そんな職場の空気感など、何にも気にならない。

Kさんが痴漢しようがしまいが、Kさんの結婚式で余興の大役を務める気持ちに変わりはなかった。

結婚式の余興は無事盛況に終わり、こんな状況なのにありがとうございます、と以前より痩せてしまったKさんのお母様にお礼を言って頂き、私も少しはこの結婚式に華を添えられたかなと思えた。

程なくして、Kさんのお母様はお亡くなりになり、Kさんは退職して、奥様の転勤に合わせて地方に引っ越した。
今はお子さんもいるようだ。

これらの出来事が数ヶ月の間にKさんの身に起こったわけだが、Kさんの心労はいかばかりのものだったか。

何の苦労もしていないように見えても、人は必ず何かしら抱えているものだ。できれば厄介なものなど抱えたくはないが。

今ではすっかりKさんとは音信不通になってしまったが、あの時、私がやった余興のことはなんとなく覚えている。

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