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短編小説「地下鉄の太陽」

ぼくはミュージシャン仲間に連絡をとった。

鉄男はドラムス、高男はギター、因みにぼくはアルトサックスだ。

ぼく達の計画は、某日、地下鉄銀座線の銀座駅のホームでギグしてやろうというものだ。地下鉄でのギグだから、メトロギグ、ぼく達はその行為をメトギグと仲間内で呼んでいた。

ぼくは、大学生の頃、一年休学して、東南アジアとヨーロッパをフラフラと放浪した。
ぼくの放浪の旅は、結局どこに行こうと、安宿でダラダラするだけで、日本のマン喫での過ごし方とほぼ変わらなかった。

大学生だったぼくは、世界は結局どこに行こうと退屈なんだと、妙に冷めて決めつけていた。

ところが、フランスのパリにいた時、スリが多いと聞くメトロにビビりながら乗っていると、突然、イケてる音楽が聴こえてきた。

白人のアコーディオン弾き、黒人のパーカッショニスト、アジア人のギター弾き、そしてアラブ系の女性ボーカルが、民族音楽のような、ジャズのような音楽を、ある駅とある駅の間で乗り込んで来て、さっと一曲やって、さっと去っていった。

その一瞬のゲリラ行為に出くわしたメトロの乗客達は、それが自然のことであるかのように、驚きもせず、乗客全員が静かにリズムをとり、ミュージシャンの去り際に、ピューと誰かが喝采の口笛を吹いた。

そして、ミュージシャン達が去ると、公然の秘密のように、乗客達は、普段通りのしかめ面をして、メトロに揺られていた。

大抵、世界のどこも、ぼくの生活するパッとしない東京の隅っこと変わらないと思っていたが、この出来事だけは違った。

こんなかっこいいことがあるのか、とぼくはびっくりした。

それから、大学を中退して、ぼくはミュージシャン志望のダメ人間となった。

楽器は一生懸命練習したから、まあ、ある程度はいけるようになったし、Jポップのなんとかって言う歌手の売れないアルバムに演奏参加したり、なんてことは結構やってきた。

でも、ぼくがやりたいのは、あのパリで出くわしたゲリラの再現なのだ。
ぼくにとっては、それ以外の行為は音楽ではない。

「今日、多分、ボーナスで飲んだくれてる奴らが多いから、ノリは悪くないんじゃないか?」

鉄男からのラインだ。

凝り性の鉄男は、ポータブルのドラムスセットを自作した。鉄男は長いことアメリカにいたから、ぼくが無茶なことを言っても、大抵は付き合ってくれる。

「鉄男、また酔っ払いとケンカはやめとけよ、結局、地下鉄の客ってのはただの帰り道なんだから。また警察沙汰はごめんだぜ。」

高男からのラインだ。

高男は、高校の音楽教師だ。ちゃんと現実にも地に足をつけてる奴だ。

「そうだな、揉めるのはまずい。のせられないは俺たちの実力不足だ。10時30分ホームに直接でいいか?ドレスコードは長袖の黒いシャツ、後は自由、ただし短パンはNG、ジャズっぽいの多めでいこう」

ぼくは2人にラインした。

「ラジャー」
「ok牧場」

カクヤスでキンキンに冷えたスパークリングワインを一つ買った。祝杯用だ。
そして、ぼくは銀座駅に向けて自転車を走らせた。

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