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文学と尺八📖

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古文書・地誌・狂言・詩集などに登場する尺八、虚無僧をご紹介♪
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雅楽書「體源抄」の尺八☆其の三📖最後のまとめ

雅楽書「體源抄」の尺八☆其の三📖最後のまとめ

これまでの『體源抄』は、前半はインドに始まる尺八の起源、猿の鳴き声に感銘を受けてその音を尺八に写したことや、骨の話。そして猿の鳴き声に関する漢詩。中盤は聖徳太子、慈覚大師円仁、平安時代後期の雅楽家清原助種、室町後期の雅楽家の豊原家、田楽師の増阿、聞阿のことなど、主に日本での尺八奏者の事が書かれていました。

今回は国会図書館所蔵『體源抄』630頁、一休禅師作といわれている詩から始まります。

この

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四代目歌川広重による『江戸府内絵本風俗往来』の普化僧(こもそう)

四代目歌川広重による『江戸府内絵本風俗往来』の普化僧(こもそう)

某日、西荻窪の古本屋で『江戸府内絵本風俗往来』という文庫本を見つけた。

(四代目広重なんて人がいたのねぇ)
なんて思いながらパラパラとめくって見ていると、虚無僧の絵があるではないか。
この風俗絵本には江戸の年中行事から日常風景、商売人や路上の人々がその説明文と共に生き生きと描かれている。
明治38年に刊行された本だ。
時代の激変ぶりに差異がありすぎるかもしれないが、ちょうど今頃に昭和の風俗絵本を

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雅楽書「體源抄」の尺八を読み解く☆其のニ📖飛鳥〜室町時代

雅楽書「體源抄」の尺八を読み解く☆其のニ📖飛鳥〜室町時代

『體源抄』とは、1512年(永正9年)成立された、雅楽書のこと。
都の楽人、豊原統秋(1450ー1524年)が家芸の伝承の為に撰述したとされています。

前回の其の一では、尺八の起源が書かれています。「昔々、インドにいた猿の鳴く声に感銘を受け、その音を尺八に写したと言われている。云々…」

今回は、日本の聖徳太子が吹いていたという話から。

国立国会図書館所蔵の『體源抄』628〜630頁の赤いカッ

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文学篇★旅する巡礼者たち☆六十六部聖と虚無僧

文学篇★旅する巡礼者たち☆六十六部聖と虚無僧

消えた巡礼者たち<其の二>

前回は、東海道五十三次などの浮世絵に描かれた六十六部と虚無僧を見てみました。

今回は文学に登場する六十六部を追ってみたいと思います。

まずは、宮本武蔵の小説から。

『宮本武蔵  諸国漫遊』

「目付きの怪しい六十六部」、

題からしても、この六部が虚無僧に取り代わってもおかしくない、時代劇に登場する代表的な怪しいヤツです。やはり、六部と虚無僧、謎な部分は似ている

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虚無僧と文学☆夏目漱石『草枕』岡本一平漫画

虚無僧と文学☆夏目漱石『草枕』岡本一平漫画

山路を登りながら、こう考えた。

 智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通とおせば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。

 住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟さとった時、詩が生れて、画が出来る。

 人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。やはり向う三軒両隣にちらちらするただの人である。ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国は

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木幡吹月『尺八古今集』名言集☆『尺八の世界性』

木幡吹月『尺八古今集』名言集☆『尺八の世界性』

木幡吹月の尺八哲学とは。

昭和26年(1951年)に刊行された月刊『尺八』に掲載されたコラム、『尺八古今集』というものがある。著者は木幡吹月。10回に渡り連載されたようだ。

それをコピーして一冊にまとめた小冊子が、見出し画像左側で、岐阜の師匠、故藤川流光師に譲って頂いたもの。
(表紙の木幡の名前が小幡になっている汗)

これは竹内史光師が作ったもので、当時の門下に配ったもののようです。史光師は

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 なぜ古代尺八は消えたのか☆『文机談』から読み解く

なぜ古代尺八は消えたのか☆『文机談』から読み解く

『文机談』(ぶんきだん)とは、1272年前後に書かれた琵琶の西流を伝承する藤原孝時の弟子の僧、 文机房隆円が書いた琵琶の歴史物語。

藤原孝時とは、平安時代から鎌倉時代にかけての雅楽師の藤原孝道の子。父孝道は楽器の演奏・製作・修理いずれにも長じ、「管絃音曲の精微を窮す人也」と称されたそうです。孝時は二十歳の年から熊野へ詣でて、「我が芸がもし父の芸に及ばなければ、ただちに命を召しあげてください」と申

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1200年代の舞楽の口伝書『教訓抄』における尺八・短笛・猿ノ骨

1200年代の舞楽の口伝書『教訓抄』における尺八・短笛・猿ノ骨

平安時代、宮廷音楽で使われた雅楽尺八の滅亡後、尺八は六孔から五孔へと変化し、武士、僧侶、猿楽師、田楽師、琵琶法師、連歌師など様々な人々へと行き渡っていった。

そして、1200年代の頃は尺八は「短笛」と呼ばれていたことが、『教訓抄』という楽書に書かれている。

教訓抄とは、

まずは、

巻第四
「他家相伝舞曲物語」の目録
『蘇莫者』に、尺八が登場します。

『蘇莫者』といえば、聖徳太子です。

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古代尺八のその後☆猿楽篇📖 『世子六十以後申楽談儀』

古代尺八のその後☆猿楽篇📖 『世子六十以後申楽談儀』

正倉院にある尺八は、 節が三本あり、前に五つ、後ろに一つの計六孔。
古代尺八、もしくは雅楽尺八と称されている。

その頃の尺八は、盛唐期の宴饗楽・讌楽用の楽器の一つとして我が国に伝えられ、これによって吹奏された音楽は当時の中国音楽・唐楽であり、其の演奏者は大陸からの渡来人や帰化人とその系統の楽人であった。

大陸から遠路はるばる日本にやってきて演奏していたということだ。

古代尺八は、前に投稿した

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文学と尺八☆『源氏物語』

文学と尺八☆『源氏物語』

尺八の日本到来は西暦600年頃。

唐代の宮廷の燕饗楽で使われたという楽器が雅楽として日本に伝わった。

本来尺八はそれぞれが十二律の各々に応ずるように作られた十二本一組の縦笛でありました。

絵画に描かれた古代尺八は、古くは平安時代の舞楽、雑楽、散楽などの様子が描かれた巻物である『信西古楽図』があります。

そして平安時代の文学と言えば、かの有名な『源氏物語』。

その『源氏物語』に、古代尺八が

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吉川英治の名作『鳴門秘帖』を読む📖隠密虚無僧☆法月弦之丞!

吉川英治の名作『鳴門秘帖』を読む📖隠密虚無僧☆法月弦之丞!

吉川英治作、長編時代小説『鳴門秘帖』とは。

大正15年8月から翌年の昭和2年10月まで、354回にわたって大阪毎日新聞に連載された、吉川英治の前期の代表作のひとつ。まだ大衆娯楽機関のあまりなかったその頃、「鳴門秘帖」のたぐいない面白さに、夕涼みのお内儀さんから使い走りの小僧さん、また花柳界の女性まで夕刊を待ちわびて愛読したそうな。

主人公は、多情多恨の青年剣士である法月弦之丞。

あらすじ

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文学と尺八📖『吉野拾遺』

文学と尺八📖『吉野拾遺』

尺八の音色で魚が躍り出てくる?!🐟🐟🐟

『吉野拾遺』とは、

南朝(吉野朝廷)関係の説話を収録した室町時代の説話集のこと。



懐良親王は若い頃、尺八が上手であった。芳野川への外出時に吹いたところ、見慣れぬ魚がたくさん水から躍り出て、それは珍しく類いなき事だった。昔、妙音院殿が、熱田神宮で琵琶を弾いた時に、魚が陸に躍り出たと言い伝えがある。確かに同じような事だと感じます。尺八は以前から

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とりわけ憎んで厭うべし?!虚無僧ならぬ虚無族の実態が書かれた草茅危言を読む📖

とりわけ憎んで厭うべし?!虚無僧ならぬ虚無族の実態が書かれた草茅危言を読む📖

18世紀末頃の普化寺や虚無僧たちの所業の実態について書かれた書物に、中井竹山(積善)著 『草茅危言』(1789年)があります。

中井竹山とは、江戸時代中期の儒学者。大坂の学問所 懐徳堂の四代目学主として全盛期を支えたそうな。
詳しくはこちらをどうぞ↓

『草茅危言』とは、

因に、四字熟語の草茅危言の意味は、

と、言う事で、批判満載の書物なんですね。虚無僧に関してもなかなか厳しい苦言が呈されて

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暮露ってだれ?『七十一番職人歌合』を読み解く!

暮露ってだれ?『七十一番職人歌合』を読み解く!

暮露と文学 其の一!

中世の頃、虚無僧の前身といわれる「ぼろぼろ」「暮露々々」「暮露」という人々が存在しました。

彼らは一体どのような人々であったのか⁉️

『暮露』の名称は以下に記録があります。

 

十四世紀初め『徒然草』では「ぼろぼろ」「ぼろ」(始原として「ぼろんじ・梵字・漢字」)

十四世紀頃の『暮露々々のさうし』では「暮露々々」「暮露」

十六世紀初めの『七十一番職人歌合』では「暮

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