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読売VS朝日 日テレの「ジブリ」買収と、朝日新聞出版がダメな理由

いや、テレビや新聞の経営に、たいして詳しくないし、専門的なことが言えるわけではないのだが。

ただ、昨日の日テレの「スタジオジブリ」買収のニュースには驚いた。


そして、かつての読売の「中央公論」買収を思い出した。それは、私だけではないのでは。

いや、そんな古い話を思い出すのは、もう私のような老出版人だけかもしれない。

でも、いかにも日テレ・読売グループらしい、と感じたのだ。


コンテンツ力で優位に立つ読売


昨日、noteの「『報道』という搾取」という記事で、私はたまたまこう書いていた。


(新聞は)安易にコンテンツを「盗む」ことに慣れてしまった。戦前は、まだ新聞社がコンテンツづくりに励んだ=たとえば遊園地経営や映画製作などをおこなった=のだが、戦後はそれをサボった。そのツケが回ってきている


上の記事で、「遊園地経営や映画製作などをおこなった」戦前の新聞社で、私がイメージしていたのは大阪毎日新聞だ。

大阪毎日新聞は事業に熱心で、「毎日オリオンズ」(現千葉ロッテマリーンズ)という野球チームももっていた。

しかし、毎日は、かつての豊富なコンテンツや事業の多くを失った。


新聞社もテレビ局も、自前のコンテンツづくりをサボってきたと思うが、そのなかで、いま「コンテンツ」をたくさん持っているのは、日テレ=読売だ。

スポーツ事業だけでも、プロ野球チーム(ジャイアンツ)、WBC、箱根駅伝・・・と、「高校野球」一辺倒の朝日・毎日を凌駕している。

そういえば数日前、朝日の編集委員が、「なぜ侍なんだ。百姓ジャパンでよくないか」という変なコラムを書いていたが、読売へのいやがらせなんだろうな。

オーケストラ(読売交響楽団)を持っているのも読売だけ。

「ジブリ」を買収したのは日テレだが、読売はまた一つ、大きなコンテンツを得たことになる。


うちの近所(稲城市)には「よみうりランド」がある。よみうりランドの中には、「日テレらんらんホール」という屋内ホールがある。

「ジブリ」買収で最初に思ったのが、よみうりランドに「ジブリ」が来るな、ということだ。ジブリはすでに三鷹や愛知県などにさまざまな施設をもっているが、それらとともに、遊園地でもジブリのコンテンツを有効利用できるだろう。

(よみうりランドは、温浴施設が2024年にリニューアルされるとともに、2025ー26年にかけて、隣接地に水族館付きの新球場「東京ジャイアンツタウン」をオープンする。そのことも意識されているかもしれない)

朝日は、テレビ朝日との関係で、「ドラえもん」を新聞のキャラクターに利用している(しかし、もともとは小学館のコンテンツである)。読売にはそれに匹敵するキャラクターがなかったが、ジブリを手に入れたことで、新聞勧誘の大きな武器にもなりそうだ。


なぜ朝日新聞出版はパッとしないのか


話を戻せば、1999年の、読売による「中央公論」買収は衝撃だった。

朝日、毎日、読売は、それぞれ出版局を持っていたが、読売の出版局がいちばん精彩がなかった。

新聞の部数では、読売はすでに朝日、毎日を抜いていたのに、「週刊読売」はどうしても「週刊朝日」「サンデー毎日」を抜けず、2008年に休刊する。

読売は、出版は「内製」ではダメだと見切りをつけ、経営不振だった中央公論をのれんごと買ったわけである。

当時は、思い切ったことをするな、と思ったが、新聞社系出版のその後を考えれば、読売の戦略が当たったのは確かだ。

「内製」に早々に見切りをつけ、外のコンテンツをのれんごと買う、というのが、今回の「ジブリ」買収を連想させるのだ。


それと対照的な戦略をとってきたのが朝日新聞出版だ。かつての朝日新聞出版局である。

1990年代から、朝日新聞出版局は、非常な攻勢に出た。文春や河出などから人材を引き抜きまくって、「AERA」や「小説トリッパー」を創刊した。

文春の花田紀凱を引っ張ってきて「UNO」を創刊したのもそのころだ。

出版点数は、それなりに多いのだが、出版界の中で「朝日ブランド」が輝いているか、といえば、それほどではない。「UNO」は3年で休刊し、「週刊朝日」も結局休刊した。

花田紀凱は朝日の社風を「思った以上に官僚的だった」と言っていたが、これもかなり遠慮した言い方だったろう。

べつに「note創作大賞」で落とされたから、はらいせで嫌味を言ってるわけではないよ。

高給で人材をそろえているわりには、出版内容が面白くない。朝日の「社風」がそうさせるのだ。

やはり中央公論のほうがはるかに上だと多くの出版人、読書人は思うのではないか。


ブランド価値を過信する朝日


朝日は、とにかく社員をいったん「朝日人」にしないとすまないようだ。

「朝日人」とは、朝日の社報の名前だが、要するに「朝日」というブランドにこだわる。

「朝日」というブランド価値で、人びとがものを買ってくれると思っている節がある。それは「朝日新聞出版」という名前にも表れている。

しかし、人びとは「朝日」という看板だから、本や雑誌を買うわけではない。アンチ朝日もいるから、むしろマイナスになる。

(個人的には、「朝日新聞出版」「毎日新聞出版」なんて出版社の本は、いかにも退屈そうだと思う。)

それでも朝日は、朝日というブランドで買ってくれないなら、それでも結構!くらいに傲慢である。

「朝日らしさ」にプライドをもちすぎだ。


読売には、そういう傲慢さはない。

中央公論新社を、読売新聞出版に変えることはなかった。

スタジオジブリも、日テレアニメ、とかには変えないだろう。


朝日の新聞勧誘チラシは、朝日だとすぐわかる。「朝日新聞」とでかでかと書いているから。

いっぽう、読売の勧誘チラシは、読売だとすぐわからない。「ジャイアンツ」のほうが大きかったりする。


今年、うちの郵便受けに入っていた新聞勧誘チラシ


つまり、朝日は、自分たちのブランド価値を過信しており、それがさまざまなビジネスや事業について回る。

読売には、そういうところがない。よみうりランドに行くと、ジャイアンツのイメージは一部にあるが、読売新聞色はまったくない。ブランドより、コンテンツ力で勝負している。


読売VS朝日の最終対決?


以前書いたように、東京発祥の読売と、大阪発祥の朝日・毎日とのあいだには、明治以来の因縁がある。

関東大震災で東京の新聞が倒れて以降、朝日・毎日の大阪勢が、新聞業界の主流となってきた。大震災から100年たち、復讐のときが来たのか。読売が「最終対決」に臨もうとしているのかもしれない。


ネット時代にいちはやく適応したのは、朝日だったはずだ。

パソコン通信時代から、「Asahiネット」などの事業を始め、朝日comを立ち上げた。

いちばん遅れたと思われたのが読売で、あくまで「紙」にこだわった。

だが、朝日は、デジタル事業での先行を結局生かせず、「紙」にこだわった読売グループが、ここにきて底力を見せている。


築地の再開発で、朝日新聞東京本社の目の前に、読売は東京ドームを立て直す、といううわさも以前からある。

いよいよ、朝日ののど元に、「王手」をかけるのだろうか。

日テレのジブリ買収で、そこまで考えるのは飛躍のし過ぎだが、ナベツネも歳だから、死ぬ前に勝負に出ようとしてるのかも、と妄想した。



<参考>









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