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「毎日新聞」は潰れるのか

「紙」を増やす意欲を失った毎日新聞


新年度、新学期が近くなり、新聞の新規購読を勧めるチラシがポストに入っていた。

私が住んでいるのは神奈川県だが、チラシが入るのは「朝日」「読売」「日経」「東京」「神奈川新聞」だけである。


各紙の勧誘チラシ


「毎日」「産経」のチラシが入ったことはない。今年だけでなく、もう何年もそうである。

古紙回収のときに何となく見ているが、私の近所で購読されている新聞は「朝日」「読売」だけである。

現役のサラリーマンは、通勤中に駅の売店で「毎日」や「産経」の姿を見るかもしれない。しかし、私のような退職老人は、もうまったく見ない。

地元の図書館も「朝日」「神奈川」「日経」しか置いていない。飲食店も今どき新聞など置かない。置いていてもスポーツ紙だけだ。

2強(読・朝)2弱(毎・産経)時代


産経に続き、毎日も地域によって夕刊を廃止した。全国どこでも差別なく記事を届けるという意味での「全国紙」の看板は下ろしている。

「全国紙」でも「地方紙」でもなく、中日・東京新聞のような「ブロック紙」でもない新聞を、何と呼べばいいのか、私は知らない。

そういう、何と呼べばいいのかわからない新聞に、「毎日」「産経」はすでになっている。


業界全体の衰退の中で、かえってあまり指摘されないのは、2強「朝日・読売」と2弱「毎日・産経」との格差拡大である。

23年1月度のABC部数
読売新聞:6,527,381(-469,666)
朝日新聞:3,795,158(-624,194)
毎日新聞:1,818,225(-141,883)
産経新聞: 989,199(-54,105)
日経新聞:1,621,092(-174,415)
※()内は前年同月比

毎日は200万部を切り、産経は100万部を切った(これは広告費の基準になるABCの部数で、実際はもっともっと少ないだろうと昔から言われていた)。

ブロック紙の中日新聞は、22年下半期平均で約187万部であり、毎日・産経はすでにそれより少ない。中日グループは、東京新聞、中日北陸新聞をあわせれば約252万部である。

要するに、部数がブロック紙よりも多い全国紙(2強)と、ブロック紙より少ない「全国紙もどき」(2弱)に分かれている。

また、日経はデジタル購読者が多いと言われる。ABCは紙の部数なのでそれが反映されていないが、それを入れれば、毎日を抜いているかもしれない。

毎日・産経の「2弱」は、地方の印刷で協力するなど、すでに「互助」の関係にある。だから、事態は「毎日の産経化」でもある。

毎日と産経は、オピニオンの違いから関係が薄いように見えるが、実は歴史的に経営的な近さがある。産経の創業者は毎日の取締役会にいたことがあり、福沢諭吉の時事新報の遺産は毎日と産経に分割された。


いずれにせよ、「毎日」「産経」は、もう「紙」を増やす意志がないようだ。

それではデジタルに注力しているのか(製作・輸送コストがかかる紙を廃止してデジタル化できればその方がいい)と言えば、そうも見えない。

しかし、産経の専売店は、近所にまだある。オピニオン上はユニークな存在なので固定ファンがいるのかもしれない。

一方、毎日の専売店はまったく見かけない。

すでに「生存の意志」を半ば失っているように見える。

我々の世代は、つい「ちょう・まい・よみ(朝日・毎日・読売)」と新聞を挙げていくが、すでに「毎日」ははっきり脱落している。

これは、関東大震災以来、基本的に続いていた新聞の「朝毎時代」が、100年たって、完全に終わったことを意味する。歴史の転換であることを歴史家は注視すべきだ。


「商売」のうまさで伸びた戦前の毎日新聞


この機会に言っておきたいが、朝日・毎日・読売は、もともと「ジャーナリズム」が優れていたから生き残ったのではない。

明治期には、福沢諭吉の「時事新報」、徳富蘇峰の「国民新聞」、そして社会主義者たちの「平民新聞」など、ジャーナリズムとしての独立性では、より優れた新聞が存在した。

朝日・毎日・読売が生き残ったのは、そうした独立系の新聞がわずらわしい政府・財界から援助を受け取ったことと、資本主義的な販売競争の結果である。


明治から昭和にかけては戦争が多く、戦争が起こるたびに、資本力のある朝日・毎日・読売が戦争報道で部数を伸ばした。戦争報道はカネがかかるので、資本力のない独立系の新聞は淘汰されていった。そして、国家に協力的だったので、反政府的新聞が潰されていくのを尻目に優遇された。

そして、とくに大阪基盤の朝日・毎日は、関東大震災で東京の読売(報知)が被災したすきに東京を制覇した。

中でも毎日は、朝日が筆禍で休刊すると、抜け駆け的に部数を増やすなど、抜け目のない、旺盛な商売っ気で「大新聞」となったのである。


それは決して悪いことではない。資金力があったから、報道の質も保てたのだ。毎日新聞にはそもそも高邁な理念はなかったが、カネが先にあって、ジャーナリズムが後からくっついた。

つまり、とくに毎日新聞は、「ジャーナリズム」で大きくなったのではない、「商売のうまさ」で大きくなったのだ。


昔、日本のジャーナリズム史のようなものを読むと、必ず出てきたのが、毎日新聞の営業的革新性だ。

毎日新聞中興の祖といわれる本山彦一は、記者ではなく慶応義塾出身の実業家である。その実業家が、大正から昭和にかけて毎日新聞の社長となり、繁栄の基礎を築いた。

それまでの新聞は、社説を書くような「大記者」が社内でいちばん偉く、営業に対しても権力を持っていた。

それに対して、本山時代の毎日新聞は、編集と営業は平等だ、と初めて唱えた。営業の待遇を厚くし、営業に人材を集め、営業の意見を尊重した。そして、「部数」に執着し、日本一になるため執念を燃やした。

それで、営業面で新機軸をたくさん生み出して、収益を伸ばしていく。いわゆる「記事広告」も、その頃の毎日の営業が生み出したものだ。


戦前の毎日新聞の特徴を示すのが、大正時代、初めて皇族を映像に収めて、一般に公開したことだ。

とくに当時の皇太子、のちの昭和天皇がヨーロッパ外遊したときは、随行して撮影し、その映像を映画館でも公開した。大変な人気だったという。

ほとんどの日本人にとって、「動く皇族」を見たのは、それが初めてだったのだ。

その映像班も、編集ではなく、営業部にあった。毎日新聞には、そういう先進的で大胆な商売っ気があった。それが持ち味だった。


経済的独立がなければ、ジャーナリズムやオピニオンの信頼性もない。

経済的独立がなければ、どうせどこかに「買収」されたオピニオンだと思われるからである。

まず自立ーー経済的独立が大事。時事新報同様、福沢諭吉の血筋を引く毎日新聞は、そのことを知っていた。


戦後はエラソーな記者が牛耳る会社に


ところが、戦後の毎日新聞は、不動産や放送利権を手に入れ、我が世の春を謳歌し、事実上の寡占状態にあぐらをかいて、商売の基本を忘れてしまった。

だいたい戦中は、朝日・毎日が戦争を煽ったせいで、何百万人もの人が死に、しかも祖国を敗北に導いたのだ。

ナチス・ドイツの戦争に協力した新聞社は、すべて占領軍に潰されている。日本もそうなればよかったのに、GHQは、こっそり朝日・毎日の戦中の出版物を「焚書」するだけで許した。

「自分たちのせいで戦争に負けてすみませんでした。ご迷惑をおかけしました」

と、本来なら、朝日・毎日の社員全員が毎朝、靖国の英霊と日本国民に頭を下げて謝って、それで何とか生存を認められるような存在のはずである。

それなのに、朝日・毎日は、戦後も意味不明に頭(ず)が高い。

戦犯同様の戦争協力もGHQに見逃され、戦後も繁栄を謳歌する。新聞社は、共産党とともに敗戦利得者だった。


朝日・毎日のおかげで平和や正義が実現したことなどない。むしろ逆だったにもかかわらず、もう昔のことはみんな忘れていると思って、偉そうにしている。

そして、なぜだか、どこかの時点で、自分たちは「ジャーナリズム」で権威になったと錯覚したようだ。

商売を知らない新聞記者たちが、また社内権力を一手に握ることになる。

エラソーな「ジャーナリズムでござい」の殿様商売で、前垂れをかけた商人の精神を失ってしまった。

いまだに西山事件を自画自賛、自己正当化して開き直っている。その姿勢の傲慢さ。(西山事件で潰れたのに、反省しないのだから、また潰れて仕方ない)

読者のために、という精神がない。別組織からカネをもらっているうちに、誰が真のスポンサーか、忘れてしまった。

創価学会と結びつくのも、ジャニーズに媚びを売るのも、自分たちのジャーナリズムを守るためだ、自分たちが生き残るのが正義だ、という手前勝手な自己正当化の論理だけを押し付けてくる。

これがジャーナリズムだ、有り難がれ、そしてカネを払え、という態度である。


これは、毎日新聞にかかわらず、朝日を含めた他の新聞社にもある程度共通しているかもしれない。

池田信夫は、朝日も、テレビ朝日系の利権が安定するまで、自民党をあまり批判できなかったと言っていた。

どの新聞社も、電波利権を確実に手に入れたところで、「ジャーナリズム」を言い始める。

既得権・特権を得て、傲慢になり、好きなように偏向できるようになった。

自分たちは、社会や市場から超越した何者かだと思っている。


人々は、マスコミから必要な情報を得たいだけで、ジャーナリズムという「イズム」が欲しいわけではない。しかし、いつのまにか新聞社の自己宣伝に乗って、「権力批判」だの「進歩主義」だのの「イズム」を買わされている。

新聞社は、自分たちは「権力を監視する番犬だ」と自称する。いや、国民は誰も頼んでないよ。「鬼畜米英」と煽って日本を敗北に導いたあんたらに。

新聞社は、憲法に記された「国民の知る権利」を自分たちは代表していると胸を張る。いや、私企業のあんたらを国民の代表に選んだ覚えはないよ。だって、新聞社は、活動家が給料をもらって政治活動できる場となってしまった。活動家が公務員とともに好む就職先となり、活動家が記者を名乗って記事を書いている。

「国民に選ばれている」と言えるとすれば、多くの国民が喜んで新聞を買っている場合だろう。これだけ部数が減っているのは、国民に選ばれていない証拠である。

とくに部数が減っている毎日新聞は、とくに国民に選ばれていないということだ。


なぜ潰れないのか


毎日新聞は、利権にあぐらをかき、エラソーなジャーナリズムを説いているうちに、新聞の商売の仕方を忘れたのだと思う。

経済的独立がなければ、言論の独立も、報道の信用もない。それを忘れてしまった。

要するに毎日新聞は淘汰されつつある。だが、市場競争力をどう作ればいいかわからない。

だから、報道機関としてのコネや情報を材料にして、政治力や裏取引で生き残るくらいしか思いつかない。

結局、どこかの政治力ある宗教団体にすがるしかなくなっている。


実は、「毎日新聞は潰れるのか」という記事は、すでに何度か書いている。

毎日はいよいよ危ない、という観測も、これまで世間で何度も流れている。


しかし、潰れそうで潰れないのが毎日新聞である。

潰れそうで潰れないから、「どうせ潰れない」というモラルハザードがさらに社内にはびこるのだろう。

なぜ潰れないのか、私もわからない。

毎日も、朝日と同様、東京・大阪・名古屋などの中心部に不動産を所有するらしい。その不動産収入で食っていくのだろうか。

系列のテレビ局、TBSや、MBS、RKBなどは、衰えたとはいえ、いまだに高収入で知られる会社だ。そういう会社の株や「上納金」で食っていくのか。

あるいは、密接な関係の創価学会の資金とか、噂される「チャイナマネー」などで食っていくのか。

創価学会だって、先細っていくだろう。チャイナマネーに頼っても、中国寄りだとバレた時点で影響力がなくなり、中国にとっても利用価値がなくなる。

生き延びるにせよ、人件費を最低限に抑え、繰り返しリストラをしながらでないと、やっていけないだろう。そんな会社に優秀な人材が入るわけはないから、ますます質が落ちていく。左翼と学会員しか入ってこなくなる。


少し前、毎日新聞グループの専務、つまり毎日のナンバー2に、創価大学出身の人が就任していた。業界紙でそれを知ったとき、もう創価との関係を隠さないんだな、と思ったものだ。

もともと毎日新聞には創価大出身者が多いと言われていた。もう社内でも創価や公明党の悪口を言えないだろう。

聖教新聞の部数は、読売新聞につぐ約550万部と言われてる。毎日のグループ企業の印刷会社がその大部分を印刷している。

1970年代、西山事件で一度潰れ、会社再建時に創価学会の力を借りたのは、100歩譲って言えば、いたしかたない、苦肉の策であったかもしれない。

しかし、再建が軌道に乗ったならば、宗教勢力から離れて、報道機関として独立せねばならなかったはずだ。

ところが、創価学会への依存を深めただけだった。

高校野球、サンデー毎日、名人戦、音楽コンクール、映画コンクール、出版文化賞・・毎日新聞は、50年前とまったく同じことを、毎年機械的に繰り返しているだけである。全部、私が子供のころからあった。つまり、50年以上前の人たちが、50年以上前の人たちのために考えた事業である。

サンデー毎日は、ジャニーズを使った「表紙商売」と、「東大合格者全氏名」報道で培ったノウハウで、大学受験情報誌として生き延びていくつもりだろうか。それも変わりばえしない話だ。

都市対抗野球のように、企業の社員を野球大会の応援に動員したり、企業を自治体の代表とみなすなどは、いまどき世界のどこでもやっていない、古い時代遅れの文化である。

読売や朝日も似たようなものかもしれないが、読売は、出版局を切り捨てて中央公論社を買収したほか、サッカー事業に参入したり(撤退したが)、1980年代以降は箱根駅伝をメジャーにしたりした。うちの近所のよみうりランドをリニューアル拡大するそうだし、最近ではWBCを大いに盛り上げている。

朝日はネット事業にいち早く着手したほか、「アエラ」を創刊し、手塚治虫賞などを始めている。

一方、毎日に新しい事業は皆無ではなかろうか。前例踏襲で同じことを繰り返しながら、一度会社を潰し、絶え間なく部数を減らしただけだった。この50年でいちばん大きな変化は、題字を変えたことくらいだろう(読者には関係ない)。「サンデー毎日」をやめられないのも、要するに機械的に同じことを繰り返す以外、能がないからではないか。

毎日新聞は1度潰れた。東京日々も大阪毎日に吸収された時点で潰れているから、2度潰れたとも言える。いずれにせよ、再建できたのは、社会がそれを許したからだ。それなのに、この体たらくは何だ。社会がまた許すと思って甘えているのか。

繰り返しになるが、この間、経営者たちは何をやっていたのだろうか。こんな無能でやる気のない企業を、存続させる理由があるのだろうか。まるでゾンビである。

毎日新聞が既得権のように占有している、記者クラブのスペースや、海外支局を、別の、やる気のある、より有能で、より創造性ある人たちに明け渡して欲しい、といつも思う。


産経が毎日を抜く日


私は以前、「毎日と産経は合併しなさい」と書いた。


私が現役時代は、毎日の記者は産経をはっきり見下していた。だが、いまでは、産経の方から合併を断られるだろう。

そうはいっても、報道機関としての毎日新聞の信用はまだゼロではない。

左傾化して、日本の足を引っ張るのに熱心なのも、いずれどこかに身売りする場合を考え、メディアとしての価値を高く見せておきたい高等戦術かもしれない。

自分たちに「まだ政府を倒す力がある」と見せておきたい。

最近の「オフレコ破り」に見る毎日の破れかぶれは、何とか存在意義を示そうとする最後の抵抗(悪あがき?)かもしれない。


私自身はリベラルのつもりだが、戦後レジームの帰結で、日本は左派メディアが強すぎる。現在も左派が「過剰代表」され、日本の政治や民主主義に悪影響を与えている。

もともと毎日新聞は保守的新聞だった。読売と同じか、読売より少し左、中道左派くらいの位置に戻ってくれればバランスがいいと思っていたが、「アベガー」に狂って以来、朝日、東京(中日)と「どっちがより左か」を競うようになった。

それとともに、毎日の部数減に拍車がかかった。人々は、朝日や東京があれば、毎日はいらないと思うからだ。

私も、今の毎日はなくていいと思う。

一方、産経にはもっと頑張ってほしい、と思っている。

産経の部数がいまの毎日を抜くぐらいが、言論バランスとしてちょうどいいのではないだろうか。



<3月29日追記>

毎日新聞が竹橋の本社ビル(パレスサイドビル)のフロアを2階分に縮小、という情報が流れている。もともとは4〜5階分あったのではないか。最上階も毎日新聞だった記憶。

本社の面積は、部数同様、30年で半分以下になった。それだけ社員が減った、リストラされたということだろう。役員は責任をとって、役員室を廃止し、廊下に立っているべきだ。



<参考>



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