海底結婚式
雨をふくんだしだれ桃の樹木に挟まれた土くれの道を彼と彼女は歩み、山瑠璃草の丘を降りると、白く浮かんだ砂辺にでた。
目のまえにある海の表面に、星々が与えられていた。羊にかたどられた白い星雲が昇っている。その向こうにくらげの星雲、背を向けた赤い巨人の星雲、数々の星雲の下で夜鳥が舞い、道を作っていた。ご機嫌な彼女のくちびるに歌が乗る。
夜鳥たちは微かな朝もやへ消えていった。ふり向くと、山瑠璃草の広がっていた丘の切っ先に、回転を失った風車がそそり立っていた。風車小屋の扉は牡蠣のかたちに閉ざされ、そのわずかな隙間には人影があるようだ。
空は太陽の到来をすでに告げている。目のまえに、海鳥が渡る海面がさざなんでいる。食いちぎられた雲が幾つも広がってドーム状の空に積み重なりながら海をとり囲んでいる。
二人は波打ち際に浸かった。先をいく。段々畑のような海底に群生する海草の灯火の並びを歩んでいる。連帯を組んだ海蛇が泳いでいる。底へと降りていく。海草の灯火が消えかかるあたりで青い森にさしかかった。
頭上の陽光が水銀色にゆれながら森の青い入り口にあかるみを与えている。青の呼吸で森のなかに入り込むと、海の色は濃度を上げて深く染まった。
森のなかに円い広場がある。魚たちが広場を円くかたどりながら廻っている。古ぼけた聖堂と人気のないパサージュが奥にかまえており、広場の陽だまりに立つと、音が聴こえ始める。ガットギターの振動。
陽だまりは、次第に影の色を帯び始めた。水面を見上げると、陽の輪の真んなかを何かが覆っていた。巨人の影のようだ。その不気味な影からはみでた陽だまりで、寄与式は始まる。
妻となる相手の御心があなたの世界のすべてと均しくあることを認めるか?
スカプラリオを纏った司祭の格好の男がいって、彼がそれにこたえる。アイオニアンスケールの音と魚たちの渦にとり囲まれながら、祝福を受ける。
海の底を引き返すことになった。引き潮によって集められた海水が沖で柱とせり上がっている。そのぶんこちらに浅瀬が現れる。刻限を打つ波の音が聴こえだしてくるうちに呼吸が青から浅い緑へ変わり、遂には陸へと繋がった。
一日が始まったのか、他のなにかが始まったのか、むしろなにも始まりやしないのか、わからない二人は、けれども幸福のただなかにいる。
おいうちをかけるように、祝福の手が、迷惑なほどさしのべられる。
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