ヨブ

なぜと問いたいときがある (詩編131;1-3)

旧約聖書にヨブ記というものがあります。妙な言い方をしますが、神は何を迷ったか、悪魔の誘いにまんまと乗って、悪魔と賭をするようなことになります。全く奇想天外な話です。賭の対象は、この世の善人・ヨブという男。立派な人間だという神に対して、悪魔は、それはヨブが幸福だからだ、それを奪われると神を呪いますぜ、と持ちかける。   果たして、ヨブは全財産を失い、子どもたちを災害で亡くします。しかしヨブは神を呪いはしませんでした。神は賭に勝ったと悪魔に自慢しますが、悪魔は、ヨブ自身の身に及ぶ

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旧約聖書物語 18

神殿建設の再開。 ペルシャの王に仕え 絶大な信頼を得ていたエズラが エルサレムに派遣される。 民の前で律法を読み上げ 乱れていた風紀を正すエズラ。 なおも建設が進まぬのを見かねて アルタクセルクセス王の側近を務めていた ネヘミあが自らがエルサレムで 指揮をとることを志願 エズラとともに民を団結させる。 そして 正しい道を歩んできたヨブに降りかかる 幾多の災い。 神を恨み神になぜかと問う ヨブの不思議な物語。 谷口江里也 構成訳 ギュスターヴ・ドレ 画 ©️Elia Tani

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裸で生まれたのだから、裸で帰ろう!

聖書のヨブ記にこんな書がある。 「わたしは裸で母の胎を出た。裸でそこに帰ろう。主は与え、主は奪う。主の御名はほめたたえられよ」 このストーリーの主人公ヨブは、神に愛され、財産、家族、健康と全て持っていて守られていた! 悪魔は、神にヨブは財産・家族・健康に守られているから神を従っているのだといった! そこで神は悪魔にヨブを試すようにいった。 ヨブから、財産を奪い。 家族を奪い。最後には健康までも奪っていった。 ヨブは財産、家族、何もかも失い、体には皮膚病をわずらい痛み

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一撃

君のためなら死ねる 君のためなら ヨブのように愛が試される ヨブのように愛が クリスマスで少女がトリップ 3億年前の誓いひけらかし 力を抜くだけでどこまでもいける 手を離すだけで魂は鳥肌 熱狂を超えて 美しさのその先へ  時間の長さは関係ない そんなものは認めない 君を谷底に落とすことも厭わない 確固たる信念と視線 さぁ話してよ 君の秘密 僕は大丈夫 しかと見届けるだけ 感じたことをそのまま 重荷をおろして 君の笑顔を見せて 君をあいつに渡

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『ユングの『アイオーン』を読む/時代精神と自己の探究』

☆mediopos-2306  2021.3.10 時代は変わる 「アイオーン」とは「時代」 ユングは『アイオーン』で あらたな「時代」へと セルフ(自己)の統合をめざすための ビジョンを示そうとしたのか 昨年暮れに刊行されていた エドワード・エディンジャー 『ユングの『アイオーン』を読む』は ユングがキリスト教の「神」のイメージの変化を 人間が自己へと統合されてゆくプロセスとして示していることを 理解するための恰好のガイドとなっている とはいえ高額なためもあって残念な

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ヨブについて(2)

ヨブの理性     ヨブが積んできた経験と彼の正しさ、正直さは、彼が財産と子ども達を失った時にもっとも理性的な判断を下し、最も理性的な選択をしたことを意味する。ヨブのそのような理性的な選択ができたことは、彼が日々追い求めていたものと、神が日々自分にどのような業をなしたかを知ったことと切り離すことができない。ヨブはその正直さ故に、全てのものはヤーウェによって支配されていることを信じることができた。ヨブはその信仰により、ヤーウェ神が全てを支配していることを信じることができた。ヨブ

聖書には神の御言葉に限らず、人の言葉も記されています

   牧師と長老たちはいつも聖書に記述された言葉は全て神の御言葉であり、聖書は神の霊感を受けて書かれたものであると私たちに言います。聖書にもこう書かれています、「聖書は、すべて神の霊感を受けて書かれたものであって」(テモテへの第2の手紙3:16)。 これ故に、私たちは聖書に書かれている言葉は全て神の御言葉であるという信念を抱いてきている訳です。しかし、今日、今井姉妹と一緒に聖書の勉強をしていた時、私はこの観念に関して新たな知識を得たのです。     私たちが聖句の中から幾つ

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再生

救われた状態🎶

救われた人はどのような祝福を受けているでしょうか?

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地震後の熟考:人生において、追い求めることに価値と意味があるものとは

    2018年6月18日の朝8時ごろ、私はいつも通りに作業場で仕事を始めようとしていました。その瞬間、いきなり地鳴りがして、地面が揺れ始め、床が陥没し始めたのです。作業場のドアがバタンと閉まるのを見た瞬間、私たちは地震が起きていることに気が付き、同僚と私は慌てて建物から避難しようとしました。やっとの思いで空地に駆けだすと、私は恐怖感に満ちた恐ろしい現状をまざまざと目の当たりにしたのです。日本は地震の多い国だと知っていましたが、まさか実際に体験することになるとは思っていなか

小学1年の無神論者

自分は幼稚園がカトリック系だったので、そこでイエス様を信じた。でも、小学校に上がったら、無神論者の級友に「おまえ、キリストなんか信じてるの? キリストなんて、いなかったんだよ?」と言われ、かえす言葉もなく、その瞬間、簡単に信仰を失った。小学1年のときだ。 でも、スピリチュアルなことへの飢え渇きは持っていたから、そこからオカルト遍歴へ、まっしぐら。。。 ビリー・グラハムの後楽園スタジアムでの伝道集会で回心し、クリスチャンになったのが、中学2年。そのとき、オカルト関連は、ぜー

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