聖書や神話を知らんと理解できんアートが多いのでエピソード別にまとめてみる(旧約聖書篇58) 〜ヨブの信仰
「1000日チャレンジ」でアートを学んでいるのだけど、西洋美術って、旧約聖書や新約聖書、ギリシャ神話などをちゃんと知らないと、よく理解できないアート、多すぎません? オマージュなんかも含めて。
それじゃつまらないので、アートをもっと楽しむためにも聖書や神話を最低限かつ表層的でいいから知っときたい、という思いが強くなり、代表的なエピソードとそれについてのアートを整理していこうかと。
聖書や神話を網羅したり解釈したりするつもりは毛頭なく、西洋人には常識っぽいあたりを押さえるだけの連載です。あぁこの際私も知っときたいな、という方はおつきあいください。
まずは旧約聖書から始めます。旧約・新約聖書のあと、ギリシャ神話。もしかしたら仏教も。
なお、このシリーズのログはこちらにまとめていきます。
今回は「善き人」が苦難の目にあうお話である。
主人公はヨブ。
深い信仰の人である。
そういう人がえらく酷い苦難の目に遭う。
なんか、神に信仰を試された、という意味で、アブラハムによる『イサクの犠牲』の話を思い出させる話だなぁ。
ただ、アブラハムは息子イサクを殺さず済んだ。
でも、ヨブはもう子ども全部殺されるし、財産も全部取られてしまう。
ここまで試すことないじゃんな。。。
ヨブには妻と息子7人と娘3人がいた。
家畜も多く持ち、周辺一の富豪であった。お金があるだけでなく、町で尊敬もされていた。
ある日、天の上の方で、サタン(悪魔)が神に言う。
「とはいえよー、神さんよー、ヨブだって財産奪ったりすると神さんを憎むようになるんじゃねーのー?」
そんなしょーもない煽りなんて無視すりゃいいのに、神はその挑発になぜか乗る。
「何言っとる。大丈夫だ。試しに彼のものをすべて奪ってみるがいい」
へっへっへっ、とサタンは笑って、まずヨブの子どもたちを殺してしまう。さらに家畜もすべて殺してしまう。
でも、ヨブの信仰心は揺るがなかった。
ヨブ「わたしは裸で母の胎を出た。裸でそこに帰ろう。主は与え、主は奪う。主の御名は褒め称えられよ」
サタン「ちっ。ま、この程度ならそうかもなー、でもよー、神さんよー、ヨブは自分の命が大切なだけだ。ひどい病気になったらさすがに神を恨むんじゃないねーかなー」
神「よかろう。試しにそうしてみるがいい」
へっへっへっ、とサタンは笑って、ヨブをそれはそれはひどい皮膚病にしてしまう。
妻はヨブに「こんなに神を敬って生きてきたのになんということ! もう神を呪って死んでしまった方がましよ!」と言われる。
さすがのヨブも「あ〜つらすぎる〜、こんなことだったら生まれてこなければ良かった〜。母の胎内にいたほうがずっとマシだった〜」と嘆き始める。
でも、まだ神を責めることはしなかった
ある日、ヨブの窮状を聞きつけ、遠方から3人の親友が見舞いに駆けつける。
もうヨブはホームレス状態で、ひどい皮膚病。
彼らはヨブの変わり果てた姿を悲しみ、7日間、一言も慰めの言葉をかけることができなかった。
そのうえで親友たちは、心からの言葉を投げかける。
「神は罪を犯した者に対して罰を与える。
ヨブよ、親友よ、いま、こんなにつらいことになっているのは、やっぱりおまえが罪深いことをしたからではないか?
ちゃんと正直に告白して悔い改めてはどうなのだ?」
それは、いろいろ考えた上での「心からの忠告」だっただろうと思う。
でも、ヨブにとっては心外なことだった。なにしろ後ろめたいことがひとつもないのだ。
「そんなことはない!」と、さすがのヨブも言い張る。
「私は正しい! 私に罪はない! なのに神は私を罰する! いったいどういうことだ!」
ここで神が横入りする。
「ヨブよ、わたしが大地を造ったとき、お前はどこにいた?
わたしが人を造ったとき、おまえはどこにいた?
おまえに神のような全能の力があるか?
お前はわたしが定めたことを否定し、自分を無罪とするために、わたしが有罪だと言うのか」
・・・この辺、実は3人の友人とヨブと神の間に哲学的な論争があるのだが、そしてあの短気な神が辛抱強く論争に応じるとかも驚きなのだが、この連載でそこに薄っぺらく言及するといろいろ地雷踏みそうなので、ここでは省略する。ゆっくり考えていきたいテーマとしたい。興味ある人は調べてください。Wikipediaにもそれなりに書いてある。
いま現在ボクがわかったつもりになっていることを書くと、「ヨブが遭遇した災いも神の(人間には想像もつかない)創造の一部である。世界には人の思い通りにならない災いがたくさんあるが、すべては神の支配下にあり、計画下にある」みたいなことか。でもまだ未消化だ。
神は3人の友人にも苦言を呈す。
「お前たちは、わたしについて正しく語らなかった。ヨブよ、もしこの間違った友人たちのためにもヨブが祈るなら、罰を与えるのは見逃してやろう」
ヨブは悔い改め、神に祈り、友人のためにも祈る。
神はここでサタンの試みを退ける。
そして、ヨブを元の境遇に戻し、財産を倍に増やし、再び7人の息子と3人の娘を授けた。(殺した子を元に戻してくれるのではなくて、新たな子を同じ数だけ、だったようだ。それってうれしさ半分以下だよなぁ)
そして、ヨブはその後なんと140歳まで生き、長寿を全うしたという。
ということで、ちょっとストーリーの説明が長かったが、そろそろ絵を見ていこう。
実は、今回は「ウィリアム・ブレイクさん祭り」である。
このシリーズを読んでくれてきた方にはわりとおなじみで準常連級のブレイクさん。
なんでだろう、彼、このテーマを圧倒的に多く描いているし質も高いのだ。ブレイクさん、きっとこのテーマが大好きなんだな。
では、ストーリーとともに追っていこう。
ウィリアム・ブレイクさん。
ヨブと、妻と、7人の息子と、3人の娘。
これはたぶん災いに遭うまえのヨブ家族の幸福な姿じゃないかな。
背景を見ると、左に朝、右に夜。今回のラストの方に、これと対になる絵があるんだけど、それと合わせると、この絵は「これから夜になる(災いが起こる)」前の絵ではないかとボクは思う。
これもブレイクさん。
3人の娘とヨブ。窓の外に、これから起こる数々の災いが描かれている。
ブレイクさん。
神のもとに神の使いが集まって会議みたいのをしている。そこでサタン(中央)が神を挑発する。サタンの下にはヨブの家族たち。
ブレイクさん。
神はサタンにヨブを試すことを許す。
「へっへっへっ」ってサタンがヨブに災いの粉を振っている。
ブレイクさん。
ヨブにサタンの災いが降りかかる。
子ども達も使用人たちも殺されていく。中央で助けようとしている青年は誰だろう?
これもブレイクさん。
「ご主人さま! 天から恐ろしい火が降って羊と羊飼いたちが焼け死んでしまいました!」
でも、これは災いのほんの始まり。その後ろから次の知らせが来る(遠くに見えている)。きっと子どもが全員死んだ、という知らせだろう。
ブレイクさん。
サタンは次から次へと災いを繰り出していく。サタンに寄り添って蛇が見える。善悪の知恵の木の実を食べさせた蛇。人間の原罪の原因をつくった蛇。
ブレイクさん。
子どもも財産もすべて失ったヨブに、今度は恐ろしい皮膚病の粉をかけるサタン。
おお、ようやく別の画家だ。
(ブレイクさん祭りはまだまだ後半で続くよ)
レオン・ボナ。
すべてを失って嘆くヨブの姿。
イヴァン・メシュトロヴィチ(Ivan Meštrović)
嘆き叫ぶヨブ。天の神を仰いで「なぜだーー!」って叫んでいるよう。
マルク・シャガールさんも。
神よ、なぜだ?・・・と嘆いている。天使が可愛く手を上げてるけど、答えになってないよw
ジョウジュ・ラ・トゥール。
「あなた、もう神を呪うべきよ」「いやいや」。
そして、3人の親友たちがはるばるやってくるが、ヨナが苦しむ姿を見て、7日間何も言えない。
クリスチャン・サートマン。
これ、ヨブも友人たちも本当に苦しそう・・・。
イリア・レーピン。
無言のまま時が経つ。背景のパステルグリーンは何なんだろうか。
ジェームズ・ティソさん。
あぁ、なんかみんなで悲嘆しているな。。。
アレクサンドル=ガブリエル・ドゥカン。
で、親友たちは意見し出す。
これ、リアルだなぁ、と思う。大富豪だったヨナが路地裏でホームレスのようになっているわけだ。
ジェラルド・ゼーガース。
親友たち「やっぱ何か罪深いことをしたんじゃね?」
ヨブ「いや、私は正しく生きてきた」
妻「ここまでされてもまだ神を信じるのかいな!」
ギュスターヴ・ドレさん。
「いや、そんなことはない、わたしは悪くない!」
有名なベリー公のいとも豪華なる時祷書。
「いやいやヨブよ、神の知恵は人間の知恵を遥かに超える。そのことを認めるがよいぞ」と友人たち。
さて。
ここから後はまた「ブレイクさん祭り」だ。
ずぅっとブレイクさんで行く。
それにしてもなんでこんなにたくさん描いているんだろう?
これに関して友人が考えを寄せてくれた。なるほどーと思ったので載せておきたい。
「ブレイクは神と悪魔を対等な存在と(どちらのことも幻視、現実的存在として、よく見ていた)し、思想的にも、神とサタン両方が対等である価値観と言うか世界観を持っていたと思う。
という点からすると、このヨブのエピソードは、聖書の中でも、最もサタンが神様を追いこんたエピソードだと思うんだよね。
神がすべてを創造したんだとするとサタンも神の被造物っていうことになるけれど、天使の中で最も有力者だったのがサタン(ルシファー)だし、このエピソードだと、代表取締役社長と有力専務副社長くらいの力関係になっている。そして、義人ヨブの信仰をくじかせようと導いたと見せて、実はヨブは「あまりに義であるために神を批判してしまう」という意味では、サタンの目論見はほぼ成功している。
しかもこれは、人類、アダムとイブが、サタンのそそのかしによって知恵のみを食べた結果としての「自らの頭で考えるがゆえに神に反抗する」という、そういう壮大なプロジェクトの成功、といってもいい。
神様が人間に単に命令するんじゃなくて、論争したり説得したりしなきゃいけないというのは神様も、相当、焦った、大変な事態だった。これはブレイクにとっては、いちばんサタン大活躍、判定勝ちといっていいくらいのエピソードだから気に入っていたんじゃないかと。
では、ブレイクさんの頭の中を見ていこう。
ヨブに3人の親友が意見し始めるところ。ヨブは「なんでそんなこと言われなきゃいけないんじゃ?」と肩をすくめてる。「わたしは正しい」のだ。
そしてだんだん意見が厳しくなり、3人でヨブを糾弾し始める。
ちょっと呆然とする皮膚病ヨブ。
この絵(↓)、いいなぁと思う。
なんか、ヨブと友人たちと(その後の神との)深い論争を思い起こさせてくれる哲学的な絵で、とても気に入っている。
なので、これを「今日の1枚」にしたいと思う。
親友たちの真面目な表情、妻の責める表情、ヨブの呆然とした表情・・・。なんかカインとアベルのときのアダムの表情を思い出させるな。
こっちの絵はもうぐったりしているヨブ。
「なんでそんなこと言われなあかんねん」状態。
親友のうちの一人が、神の摂理を説き始める。
やはりヨブが罪を犯したのではないか? 神の前で胸を張れるか?
で、神が現れる。
「神よ、わたしにはわかりません。なぜこのわたしがのたうちまわらないといけないのですか」
ヨブが神を呼ぶ、というしょーもないダジャレを思いついたのは秘密だ。
神が言う。
「私は人も創ったが、ベヒモス(ビヒーモス)やリヴァイアサンなどの怪物も創った。すべては計画のうちである」
おお、ファイナルファンタジー(FF)の召喚獣たち!
「神よ、わたしはあまりに無知でした。あなただけがただひとりの全能者であることを心の底からは理解していませんでした。わたしは自分を恨み、心から悔います」
ヨブが悔い改めると、神は赦しを与える。
そして、神はヨブを元の境遇に戻す。
子どもたちも、また7人の息子、3人の娘が生まれる。
ただし別の子なので(元の子どもたちは死んでしまっているので)、これをめでたいと呼ぶのかどうかは難しいところだ。
(冒頭の絵の続きだと思う。背景が夜から朝になる)
ということで、ブレイクさん祭りもオシマイ。
まだ天使と悪魔についての知識や、神と堕天使(悪魔)との関係についての知識が足りず、そのへんが未消化だなぁと我ながら思う(というか、その辺だけでも一生かけて考察している人がいる分野だろうけど)。
3人の友人とヨブの「人間側の論争」と神の答えなど、なにかもう少し理解が進んだら、その時点での理解ではあるけれど、また追記・訂正します。そういう意味では宿題が残った回。
最後はシャガールさんの1枚で。
元に戻って幸せになっているヨブの絵。
こういう優しい絵を描かせると、シャガールさんって本当にイイな。
まぁ神の元でいったい何をもって幸せと取るのか、いろいろ考えていくと難しいところなのだけど。
ということで、ブレイクさんだらけの今回はオシマイ。
次回は「トビアスの冒険」だ。
ひとことで言うと「借金無事回収!の物語」で、豪商たちが競って画家に発注したらしいよ。
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このシリーズのログはこちらにまとめてあります。
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間違いなどのご指摘は歓迎ですが、聖書についての解釈の議論をするつもりはありません。あくまでも「アートを楽しむために聖書の表層を知っていく」のが目的なので、すいません。
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