【第79期名人戦七番勝負第一局】その瞬間、玉の方が力を持った
第79期名人戦七番勝負は渡辺名人ー斎藤八段という好カードとなった。将棋界における名人戦は竜王戦と並んで最も格が高いタイトル戦であり、プロの中で誰がいま一番強いのかを決めると言ってもいい戦いだ。そんな勝負が面白くないわけがない。
第一局、特に印象的だったのは挑戦者である先手斎藤八段が見せた ”簡単に負けない” 粘りの将棋だった。手数が100手に差し掛かる頃から、形勢は徐々に後手渡辺名人の方へと振れていった。斎藤玉の周りが戦場と化して焼け野原になっていく一方、穴熊に潜った渡辺玉は絶対に詰まない形のうえに手つかずで安泰そのものだった。このまま何事もなく推移すれば、渡辺名人がリードを広げて勝ちきるだろうと素人は予想していた。
ところが、122手目の金打で流れは変わり始める。角金交換の後、斎藤八段は渡辺名人の龍を追い払う2連続金打を繰り出し、それに乗じて自陣の強化に成功した。これによってほぼ決したかのように見えた勝負はもつれてゆく。少し進んだ139手目、触れられることもなく終局を迎えそうだった渡辺玉についに桂馬によって王手がかかるのである。
将棋をやっている方なら分かると思うが、穴熊は桂によって金銀を剝がされる攻撃に弱い。それが1度ならず2度までも繰り返された結果、渡辺玉の守り駒はほぼ馬のみという寂しい状態になっていた。一方、先ほどまで攻め入られていたはずの斎藤玉は銀が更に投入されて、いつのまにか金銀7枚による鉄壁の空中要塞が出来上がっていた。「何が起こったんだ?」と思えるような事態がこの数十手の間に起こっていた。
この段階では守備の面では斎藤八段にやや分があり、渡辺名人は盤上の龍1枚と持駒角桂桂で攻めを継続するのは難しいように思えた。龍を角と差し違えて迎えた153手目、渡辺名人の攻め駒だった成香に斎藤八段は自ら玉を当てていった。本来相手の攻め駒に対して玉が近づくのは危険なため極力しない方が良いとされており、自分にはこれが勝負手に見えた。AIによれば依然として形勢は渡辺名人良しだったので、この手を咎めれば再び形勢は渡辺名人の方へと傾くだろう。
それに対し、渡辺名人は捕えるべき斎藤玉から成香を一路遠ざけたため、一歩後退したように見えた。その瞬間、玉の方が力を持ったのだ。結局、このやりとりを境に攻勢にまわっていった斎藤八段が劣勢を跳ね返して、見事に逆転勝利を飾った。このような高度な攻防や自陣整備、駆け引きが毎局見られると思うと非常にわくわくする内容で名人戦は始まったと言えるだろう。第二局は渡辺名人が戦績をタイに戻すかどうかに注目したいところだ。
このNOTEは自分(最高棋力アマ五段)が棋譜を見て勝手に受けた印象を語った偏見まみれの書き物です。悪しからず。
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