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アドバンス・ド・蜜の味 6


数日後――
南青山のデニーズで真冬とランチしてたら扶桑文書のコピーを預けていたテツさんから解読に成功したとの連絡が来た。

その内容は古代より連綿とつづく扶桑家の歴史をつづったものだったらしいのだが、残念ながら呪いを解除する方法については記載されていなかったらしい。というかそもそもこの扶桑文書は【半分しかない】とのこと。テツさんの話ではこの文書は後半部分が失われている可能性が高いという。

まあ呪いを解く方法が書いてないというのは予想通りだった。なぜならもしそんなことが記載されていたなら扶桑家の先祖の誰かが、とっくにその方法を使って解除しているはずなのだ。その代わり……、というわけではないがテツさんの話では扶桑家の始祖とされるスセリヒメの特徴について言及された箇所があったという。さっそく俺はその内容を教えてもらった。

深碧しんぺきに光る左目を持ち
舌先は蛇のように別れ
睫毛まつげは白く
耳は尖り
狼のような鋭い牙をもち
手の指が6本あった

俺はその特徴を聞いたときすぐにピンと来たのだ。こないだ、喜太がやたら推していたアイドルグループ、アドバンス・ド・蜜の味だ。


目次 
        
10 11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22(完結)

中村春吾「悶々日記②」


たしかあいつはメンバーそれぞれ特殊な個性をもっているって熱く語ってたな。ほとんど内容は忘れてしまったが舌が蛇のように割れている子がいるという話だけは記憶に残っていた。たしかジゼルと言ったっけ……。
さっそく蜜の味についてWEB検索してみるとスセリヒメがもっていた6つ特徴がことごとく蜜の味メンバーの特徴と一致することがわかったのだ。それらはファンの間で聖痕スティグマと呼ばれているらしい。偶然にしてはあまりにも出来過ぎている。

もしかしてテツさんが嘘をついているのか?。いや、ああ見えて東山哲道ひがしやまてつみちは信頼できる男だ。俺とテツさんが出会ったのは小学生のときだった――。

当時、地元には「オタッキー」というゲームショップがあった。小学校帰りに友達とその店へ寄ると奥のガラスに面した試遊台コーナーに必ず陣取っていたのがテツさんだった。
彼はそのときすでに中学生だったのだがオタッキーの試遊台で初代『ドラクエ』をクリアした伝説のレトロゲーマーと呼ばれていた。俺たちはそんな彼のことをリスペクトを込めて師匠と呼んでいたのだった。

しかし事件が起こった……。
テツさんは初代『ドラクエ』をクリアしたあと初代『ファイナルファンタジー』に挑戦中だったのだが、その日はまだ店に来てなかった。すると友達のひとりがふざけて「師匠のデータ、ちょっと進めてやろうぜ」カセットに手を伸ばしたのだ。

俺はすかさず「そういうのはダメだよ」カセットを取り上げた。しかしそいつはニヤニヤしながら「ちょっとだけだから」再び奪い取ってくるので揉み合いになってしまった結果。あっ。宙に舞う白いカセット……。
すぐさま滑り込みキャッチを試みるも届かず、ものすごい甲高い音を立てながらカセットが床に転げ落ちてしまったのだ。

俺たちは急いで拾いあげて確認したのだが残念ながらテツさんのデータは跡形もなく消え去っていたのである。

重苦しい沈黙のあと、な、なにやってんだよ!。もうひとりが怒号を飛ばした。し、仕方ないじゃないか。そいつが言い返す。俺だけは「素直に謝ろう」提案したのだがそいつはぎこちない笑顔を浮かべ「黙ってればわからないよ」と言った。するともうひとりも「そ、そうだな」賛同した。タイミングが悪いことにそこへ何も知らないテツさんがやってきたのだ。

――あれ、俺のファイファンは?。
あ、ここです……。引きつった顔でカセットを渡す。
――おう、サンキュー。

フーフー。カチャ。ファミコン本体の電源が入りタイトル画面が表示される。俺たちはその様子を固唾をのんで見守っていた。足がすくんでその場を離れられなかったのだ。
すると次の瞬間テツさんが「しゃあああぁぁぁああぁぁあぁ~!」この世のものとは思えないような金切り声を上げたのだ。

「消えてる~。俺のデータが消えてる~」

テツさんは絵に描いたように取り乱してしまって電源を何度も入れなおしては顔中をかきむしったり、カセットに書き殴られた「試遊用」という店長の筆跡を確認しては頭を抱えたりして、よく見ると前歯が1本なかった。
俺たちはそんな彼の姿を直視することができず突っ立ったまま下を向いたり意味もなく袖でガラスを拭いたりしていた。

でも彼は決して俺たちを疑おうとはしなかったのだ。それどころか「これじゃあ、ファイナルファンタジーじゃなくて、ネバーエンディングストーリーだよ。トホホ……」巧くとも何ともないことを言って、となりのプレステ2の試遊機を遊びはじめたのだ。

結局、俺たちはその店を出入り禁止になったのだがテツさんは最後まで俺たちを疑わなかった。したがってそんな仁義の男が嘘をつくはずがないというのが俺の結論だ。だが真冬さんにその話をする前に確かめておきたいことがあった。それはこないだ喜太が話していたことだ。

さっそく俺はテーブルの向いでトーストにはむはむかじりついている真冬に質問をしてみることにした。

「真冬さん、池下兄弟のことは憶えてますか?」

すると彼女はこくりとうなずいた。実はこないだ新宿駅でばったり喜太に会ったんですよ。ほら池下兄弟の弟のほうの。あいつがへんなことを言ってまして。つまり学生時代に喜太が君と付き合ってたなんて……。
すると彼女は首を横に振った。俺はホッと一安心してミルクティーをすすった。しかしまだ聞きたいことは山ほどある。

「じゃあMC Dragonとかいう男のことは知ってたりするのかな」

聞くと彼女はくわえていたパンを落として黙り込んでしまった。そんな漫画みたいなリアクションある!?。

マジか。マジなのか……。
すると真冬は何かを決心したように口を開いた。

――春吾さん、今、喜太くんに会ったって言いましたけど、彼は数年前から行方不明になってるはずです。
なんだって?。じゃあ俺がこないだ会った男は誰なんだ。聞くと真冬は申し訳なさそうに話を続けた。

――ごめんなさい。詳しい事情はわからないんです。喜太くんは高校卒業後に上京したんですけどそれっきり地元にはまったく帰ってなくて連絡もつかないんです。噂によるとバイク事故で記憶喪失になったんだとか……。

うーん、そんなことなら連絡先を聞いておけば良かったよ。たしかにあいつの話は支離滅裂でまったく要領を得なかったんだよなあ。そうそう君がイケヤスのことを好きだったなんてことも言ってたよ?。

――それは本当です。

えっ。絶句していると彼女は首を横に振って「冗談です」笑った。胸をなでおろす。真冬さん、ときどき笑えない冗談言うんだよなあ。まあたとえそれが本当だったとしても俺は嫁さんの学生時代の恋心に嫉妬するほどケツの穴が小さい男ではない。
だがそれがMC Dragonみたいなやつなら話は別だ。そんな悪そうな男と付き合っていたのが本当だとしたら真冬さんの貞操は……。

俺は勇気を振り絞ってテーブルの向かいに座っている真冬の姿をマジマジと見つめてみた。まるで濡烏ぬれがらすのような黒々としたストレートヘアに病的に白い肌。顔はほぼノーメイクで唇の色はうすく頬をわずかに赤らめているのみ。そこに飾り気のない黒縁眼鏡をかけているので一見すると本当に地味なのだが、眼鏡をはずすと冗談みたいにパッチリした瞳が現れる。

忘れもしない9年前――。
高二のゴールデンウィーク明けのとある放課後。俺はたまたま真冬と部室で二人きりだった。いつものようにテーブルの向かいに座りお互い黙って読書をしていたら目にゴミでも入ったのか、何かの拍子に彼女が眼鏡を外したのだ。俺はその瞬間を見逃さなかった。そこにはまぎれもない美少女が座っていたのだ。
もちろん双子なので彼女の顔は基本的に夏美とまったく同じなのだが、なんなら校内では美人過ぎる双子姉妹として彼女らはすでに有名人だったらしいのだが、世間話や噂話の類にうとい俺は迂闊にも今までまったく気づかなかったのだった。

俺はあまりの衝撃に「ちょっと外周走ってくる」部室から飛び出してしまった。しかし真冬はそんな俺の突飛な行動にも「いってらっしゃ~い」ニコニコしながら優しく手を降ってくれたのだ。
これなんだよ……。彼女には男がどんなバカなことをしてもすべてを包み込んでくれるような鷹揚おうようさがあったのだ。

これは俺の持論なんだが世の中の99%の男はこういう「すべてを許してくれる系」の女に弱いのものだ。もはや俺には真冬を好きなる以外の選択肢などなかった。

だが運命のイタズラってやつなんだろうか。俺はその後ある出来事がきっかけで夏美と付き合うようになってしまった。その瞬間、真冬は俺のなかで手の届かない存在となり憧れの存在となり永遠のアイドルとなったのだ。
だから夏美と結婚する際に向こうの御両親から「真冬もいっしょにもらってくれ」と言われたとき、俺は買ってもいない宝くじが当たったような気分だった。でもあのときの俺はそんなこと1mmも考えられなかったんだよ。なぜなら真冬さんと結婚するということは俺のなかで「夏美の死」を意味したからだ……。

ぶっちゃけ、いまだに俺は夏美の死を受け入れられていないのだ。
つまり、真冬さんのことも受け入れられていない。

したがって結婚して2年も経つのに彼女と手すらつながないのは「大切にしているから」というのは大嘘だ。本当は脳みそがバグってしまうんだ。真冬さんのことを認識すると脳みそが勝手に夏美だ思ってしまって体がエラーを起こしてしまうんだ。だから俺はこの2年間、真冬さんとなるべく接触しないよう、顔すら見ないように過ごしてきた。
たぶん双子姉妹と順縁婚じゅんえんこんしたことのある人間でないとこんな地獄みたいな気持ちは理解されないのだろう。

するとトーストを食べ終わった真冬が「夏美なの」とつぶやいた。俺は一瞬、何のことかわらからず「な、何がですか?」と聞き返した。彼女は紙ナプキンで口をぬぐったあと語りはじめた。

12年前。中学一年生のとある夏の日――。
学校を休んでいた私は午後から調子が良くなったので、制服に着替えて学校へ向かっていた。真夏の太陽がさんさんと照りそそぐ平和公園のお墓の間を縫うようにすり抜けて大きな交差点に差し掛かったとき、私は暑さにぼーっとしていたのか赤信号に気づかなくて車が行きかっている交差点をそのまま渡ろうとしてしまったの。

次の瞬間「危なねえ!」誰かに腕をつかまれた。
そこに立っていたのは昭和の番長みたいな制服を着た中学三年生の赤松龍之介くんだった。私は何が起きたかわからなくて反動で眼鏡がずり落ちてしまったの。それを見た彼が「あれ、夏美か?」と聞いていたのだけれど、あの、手……。申し訳なさそうに言うと彼は「おっと」ずっと掴んでいた腕を放してくれた。

私は改めて「双子の姉の真冬です」自己紹介して彼に向ってぺこりと頭を下げた。すると龍之介くんは「夏美が双子だったとはなあ。がはは!」豪快に笑っあと「悪かったな、強く掴んじまって」私の腕を心配してくれた。
私は、うんんと首を横にふって大丈夫アピールしたのだけれど二の腕には彼の手のあとが痛々しいほどくっきりとついていたの。それを見た彼は「あちゃー、傷物にしちまった」大げさなジェスチャーを交えて何かを提案してきてくれたのだけれど私は、そのとき急に頭がクラクラしてきちゃって彼の胸に倒れ込んでしまって……。

「待ってくれ」

俺は思わず真冬の話を止めていた。ひとつ確認するのだけれど、それは俺が耐えられる種類の話ですか?。何かロマンス的なものがはじまったりしないですよね?。聞くと真冬はお地蔵さんみたいに固まってしまった。どうやら話を中断させられたのが気に食わなかったらしい。
す、すみません。つづけて下さい。慌ててそう言うと彼女はパァと笑顔になって話をつづけてくれた。

12年前のある夏の日――。急に倒れこんできた私に龍之介くんはうろたえもせず、近くの休憩スペースまで抱えて運んでくれた。そこは公園案内所の横に設けられた屋根付きの建物で石造りのベンチが何台か並んでいるだけの空間だった。彼は私を壁沿いのベンチにゆっくり下ろしてくれた。

「す、すみません。ここで少し休んでいれば大丈夫ですから」
「まあまあ、お茶でもしようぜ。My Winter」

彼はそう言って自販機でお茶を買ってきてくれた。それから彼は自分が赤池龍之介という同じ中学の三年生であること。妹の夏美と付き合っていること。今日はたまたま寝坊したこと。そしてHIP HOPが大好きだという話をしてくれたの。
私はとうとうなっちゃんにも彼氏ができたのかあという感慨と優しそうなひとで良かったなあという安心感と、でもほんのちょっと淋しいなあという色んな感情が押し寄せてきて何だか眠くなっちゃって……。

(なぜ……!?)

それから私がどれだけ寝ていたかはわからない。ポン・ツク・パン・ツク……。そのうち夢のなかで誰かのビートボックスが聞こえてきて、それがだんだん大きくなったところでハッと目が覚めたの。
そしたら、派手なサングラスをした男の子が真ん中のベンチに立ってマイクの玉を握りしめながらビートボックスをやっていたの。その周りには龍之介くんを含む5人ほどの悪そうな男子生徒たちが立っていて、違う学校の制服を着た5人ほどの悪そうな男子生徒たちとにらみ合っていた。

すると私が目を覚ましたことに気づいた龍之介くんが両手を広げながらリズミカルな足取りで私に近づいてきた。
呼応するようにビートボックスがポン・ツク・パン・ツク……。激しさを増してギャラリーたちが囃し立てる。そして場が最高潮に達したとき彼は独特な節回しでこんなようなことを口走ったの。

♪俺のHeartはHeat. たかぶるBeat.
♪墓場Street. お前とJust Meet.
♪CuteなSister(Yo!) 急にAssist(Yo!)
♪調子はどうよ?(Yo!) Hey What's Up Yo!

――それを聞いた周りの男の子たちはうぉおおお!。拍手喝采だったんですけど、私は起きたばかりでぼーっとしながら寝癖を直していていたので状況がよくわからなかったんです。よだれも出てましたし……。

「よ・だ・れ!」

――でもそのときものすごい角度から夏美が「とう!」って、ドロップキックしながら飛び込んできてビートボックスをやっていた男の子が人形みたいに吹き飛んで行ったの。すると夏美はみごとな着地を決めてこう言ったんです。お姉ちゃんをいじめるやつはたとえ龍ちゃんでも許さない!。

「なんで、そいつが蹴られたん。なんで?」

――でも突然の出来事にギャラリーが唖然とするなか、ポン・ツク・パン・ツクって夏美に蹴り飛ばされた男の子がボロボロになりながらも石造りのベンチの陰から這い上がってきてまたビートボックスを始めたんですよ?。

「そいつ頑張りすぎでしょ!」

――そしたら龍之介くんが何事もなかったかのように、♪YO,YO,会いたかったぜ. My Summer. 愛してるぜ. オタガイサマー!。ってまたラップを始めちゃって。それを聞いた夏美はなぜか耳を真っ赤にしてあたふたしはじめたんです。

「さてはそいつらバカップルだな?」

――そのあと急に二人がイチャイチャしはじめたので場がシラけちゃって、そのまま解散になっちゃいました。

「なぜだろう。ぜんぜん嫉妬しない。なぜだろう」

もちろん俺はあいつのことが好きになって結婚までしたわけだが、夏美は周りの人間を誰彼かまわず幸せにしてしまう無差別天使みたいな女だったから、正直言うと俺はたまたま選ばれただけの男だと思ってるのだ。
たまたまあいつが天から降りてきた場所にたまたま俺が昼寝してただけなんだよ。だから俺は真冬さんの話をとおして俺の知らない夏美に出会えたことが今とても幸せなんだ。きっと嫉妬なんかよりも先に心が幸せで満たされてしまうんだよ。まあ裏を返せばそれはまだ俺が夏美あいつを求めているってことなのだが……。

ふと真冬さんのほうを見ると、満足そうにホットコーヒーをふーふーしていた。どうやら話し終わったようだ。
ということはつまりその赤池龍之介という男が後のMC Dragonであり夏美と付き合ってたってことなのですか?。確認するとこくりこくり2度うなずいてくれた。でも連絡先は知らないとのこと。

俺はホッと胸をなでおろしつつ窓の外の虚空を見つめた。
喜太の野郎、デタラメ言いやがって……。じゃあ投稿サイトに小説を載せているって話もウソなのか?。気になった俺はスマホを取り出してそのサイトを開いてみた。試しに「イケヨシ」で検索してみると同名の作者が出てきたではないか……。
おった!。向かいの真冬がビクっと肩を揺らす。さっそく発表作品のページを開くとひとつだけだった。どれどれ「異世界に転生したら不老不死の異形アイドルグループで絶対的エースだった件」だと……!?。

俺は思わず息の呑み意味もなく周りをキョロキョロしてしまった。そこには知らないひとたちがテーブルに座ってわいわい喋りながら食事をしている風景が広がっているだけだった。これはいったいどういうことだ。やつは何を知ってるんだ?。

とにかく読んでみるか……。
俺は恐る恐るページを開いた。
すると内容はわずか1行だった。

「彼女は僕が守ります」



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